第一二七話 同居人
「ただいまー」
「あ、おかえりなさい! 宇佐見さん! ハーンさん!」
つい先週からこの返事が返るようになったんだよ。
「ただいま、エニー」
「お風呂にしますか? 食事にしますか?」
リビングに通じる扉からエニーがエプロン姿で飛び出してきた。
「あのねー……凄く悪い冗談だから止めてくれる?」
同居人はこれだけじゃないよ。しかも人じゃない。
リビングに入ると二人の神がいる。
「おかえりっ! 蓮子、メリー」
「あ……おかえりなさい」
島根にいるはずの結縁と最近、ある理由で大人しくなってしまった竺紗だよ。この二人が来たのは先月、幻想郷から帰ってきてからすぐの話なんだ。正直、食費がかかって面倒。五円を磨く神はいるし、没頭している神はいるし。
あ、その竺紗のある理由っていうのが━━
「竺紗、今日も囚われているように見つめてるね」
「いやさぁ……すっごく気になるんだもん。あの植物」
昔に庭に植えた火星で拾った実の植物があるからだよ。そのせいでムードメーカーが減っちゃった。一体どうしちゃったんだろう。
「その気持ちは分からなくはないけど……今日はお風呂と食事の前に相談があるんだ」
「何でしょうか? 宇佐見さん」
エニーもようやく真剣になってくれた。
エニーが来たのは先週。神二人が同居してる事に気づかれてしまってそのまま同居。市役所にも住所変更したって言ってたし、本気で同居するんだと思う。当然の事、お金はちゃんと出してもらってるよ。
「実はかくかくしかじかっていう事があったんだよ」
久々の使用。皆にとっては今年初かな?
「なるほど……そりゃ変わった夢ねぇ」
「夢で助けを求められるとかよくあるのではないのですか?」
「……」
こんな時に限って竺紗は話を聞いてくれないんだ。全く……。
私は窓に額と鼻をくっつけている竺紗の耳元でちょっと驚かせようと思った。
「竺紗? 聞いてるの?」
「あ……うん。ごめん、暫く見つめさせてよ」
「出た。竺紗のぼっちにさせてタイム」
「何でも言っとけ」
結果、思うようにいかず。しかも、これは駄目だね。こうなっては何を言っても反応しないから、竺紗抜きで話していこう。
外から風が叩きつける音が聞こえた。
「ほら、音が『話を聞くべきだ』と仰っていますよ。季節さん」
「あー……分かったよ。それで、マエリベリーが大学で子供に会う夢を見て? 次は?」
「話ちゃんと聞いてるじゃん……」
ぼーっとしてるのに話が聞けるなんて、流石神だね。関係ない? そんな事は気にしない気にしない。
竺紗が窓から離れたのを確認して私の意見を喋り出す。
「まぁ……それでね? 皆が考える通り、メリーの能力は強くなってきてるんだけど、私の考える限りだとあの夢は他人の夢だよ」
大抵夢は、見る人が主人公になるんだ。私だって夢ではいつでも主人公だよ。それで、メリーの夢の話を聞いて考えてみるんだけども、どうもメリーが主人公に聞こえないんだよ。その夢に出てきた子供が主人公に聞こえる。となると、その夢はメリーの夢じゃないように私は感じるんだ。
「なるほど……その仮定もありかもしれないわね」
「じゃあ、ハーンさんが他人の変な傷が見えるというのも……」
「関連性はあるだろうね」
一度になったからね。考えられない事はない。いや、別々の話だっていう考えをする事をする方がおかしいと思う。何たってこの小説は重要部分だけしか言わないからね。
「(あの蓮子がここまで熱心に考えてくれているとはね……)珍しいわね」
メリーがぼそぼそと呟いた。心の言葉が口に出ちゃったのかな?
「何か言った? メリー」
「いや、何でもないわ。こっちの話だから」
「そうなの? まぁ、こんな感じだけど、改めてどう?」
「いいと思いますよ」
「そうね、悪くない考えよ」
「……いいんじゃない?」
竺紗が相変わらずだけど、それには慣れてるからあまり触れない。
取り敢えず、皆が賛成してくれたのはいいけれど、これからの事を考えていない。
「それで……どうするの?」
それをメリーに突かれた。今考えてるの!
「うーん。取り敢えずはその夢に出てきた子供探しだね」
「それなら私も連れてってよ」
「何で?」
ダイニングチェアに座っている結縁はダイニングテーブルに頬杖をついた。
「その夢の話に出てくる子供の事も気になるし、心の傷って奴にも興味があるからね」
「本当はただ単に外を満喫したいだけなんでしょ」
竺紗はジト目でダイニングの結縁に目を向ける。結縁は前からずっとまだかまだかと言い続け、断られては悲しみと怒りをぶつける、子供のように喜怒哀楽が激しい神なんだよ。
「それを言うなよ! 竺紗!」
ほら来た。喜怒哀楽の''怒''。
「結縁の考える事はほぼばればれだから言わなくても皆分かると思うよ」
「え……皆、そうなの?」
私達はちょっと動揺しながら頷いた。そしたら結縁は涙目になった。これで二つ目の''哀''。
「あぁ……まあまあ。別にいいよ。常識ってのをよーく理解してくれてるのならば」
「信じない人間には私達は見えないと思うけど?」
「試してはいないでしょ? ならそうとは言い切れないよ」
「ま、それもそうだね」
二人はこの一ヶ月間一度も外に出させた事はないよ。私達以外、ここまで来るまでの間に一度も人に会ってないって言うから見えない根拠もないし、世間知らずの常識知らずだし。だから色々な場面で危ないからね。神って身近にいると悩まされるものなんだね、と思い知らされる一場面。
「じゃあ……連れてってくれるの?」
「うん……そうなるかしらね」
「いよっしゃー!! やったどー!! 私は人間に信用を貰ったぞー!!」
はい。お分かりの通り、喜怒哀楽の''喜''です。これで喜怒哀楽は終わりかな。じゃあ''楽''は何処か? 明日だよ。結縁が舞い上がって外を走り回ってるのがよく伝わるね。
「じゃあ、服。着替えしましょ」
「へ?」
今の結縁の格好は黄色いリボンで髪の毛を結ばれていて、赤いマント、白い服、そして五円。私達にとっては神だというのも分かりやすいけど、普通の人から見ればただの変人。そんな人……いや、神が外に出せるわけがない。
「『へ?』じゃない。もし見えるとなったら目立つでしょ? それ」
「えー? 別にいいじゃない。目立つなら尚更よ」
「それが逆に困るの! 私達はここ最近、色々と噂されてる不良サークルなんだから!」
「だから何!」
「その格好で外に出てもらったらますます噂が酷くなるの! 今じゃ新聞部にも目をつけられているんだから!」
「貴女達も大変なのねー」
「他人事みたいに言わない! 信者どころか信仰も減るわよ」
「えっ! それは駄目駄目。えーっと、服服」
結縁はやっと納得(やや無理矢理だけど)してくれた。すると、ダイニングから飛び出してタンスを一段ずつ引いていった。
「うーん……中々ないわね……私に似合った服が……」
「あまり変なの選ばないでよ?」
「大丈夫よ。信仰のためだから」
結縁は真剣になった。これで暫く大人しくなるだろうね。
「あら……竺紗」
「どうしたの? メリー」
「いや、竺紗にも変な傷があるの。ほらっ、あそこよ」
メリーが竺紗の左胸辺りに指差して私に伝えた。だけど、秘力を使っている私には何も見えない。こんな時に限って見えないんだね。今日は偶然が重ならない日だね。いつもだけど。
「何処……? 触るよ?」
「ええ。ほら、あそこよ」
メリーの目を触ってようやく見えた。薄い皹が確かに竺紗の左胸にある。
「私にも見せてくださいよー」
エニーまで入り込んで、メリーは私とエニーのサンドイッチになった。少し顔が赤く見える。照れてるのかなー? あら可愛い。
「なるほど……あれですか」
エニーがすぐさまメモ帳に力強く書き込んだ。何を書いているのだろうと思って覗いてみると、小さな一ページ丸々使ってその様子が描かれていた。竺紗がいて、薄い皹があって。雑だけど上手いね。ちらちらと竺紗の方を向きながら描き込んでいく。
「へぇ、上手いね」
「昔は下手でしたが、自然と描けるようになったのですよ」
「へぇー……」
ふと、忘れかけていた結縁の方を見てみると、高い所にあるタンスの引き出しをふわふわ浮かびながら引いている。聞けば、あの赤いマントがないと飛べないらしいよ。だったらマントを外して出てもよかったんだけど……やっぱり心配でね。
しかし、竺紗にこの傷があるって事は何かあったって事だよね。
「ま、そんなのは知らないけど……んー」
地味に病んでるね、これ。絶対に。
「終わりましたっ! ではさっきの続きをさせていただきます!」
「さっきの続き?」
「何をとぼけているのですかっ。お風呂にしますか? それとも食事が先ですか?」
すごろくで例えれば、振り出しに戻った気分。溜め息がついちゃうよ。でも、これに答えないとしつこくなるから早く返答しなくちゃ。
「んー、ならご飯かな」
「分かりました! ただいま準備して参ります!」
エニーは急いでキッチンへと向かった。そういえば最近はエニーに料理を任せきりだね。たまには自分で作らなきゃ。腕が衰えちゃう。
エニーが料理を持ってきてくれて、やっと楽しく食べれそうだね。
でも、これ以上同居人が増えるのはごめんだね。今いる同居人は四人。スペースが足りないから悩まされてる。うーん、折角の料理が美味しくなくなっちゃう……。
初投稿から六ヶ月もたちましたよ!
自慢ですか? いいえ、自己満足です。




