第一一六話 コロシアイ
背筋が寒いどころか、立ち上がった足すらも凍りついていたわ。
「何故、私の花を捕っているのかしら?」
私の花を捕らえる。私はそう聞こえた。相当花を大事にしている人が言う言葉だわ。
嫌な予感しかしないわね。
「私のお姉ちゃんに……あげようと思ったの……」
こいしちゃんは優しく怖い人に怯えて震えている。また、優しく怖い人はその鬼のような恐ろしさの顔を歪めない。
「正直に言ってくれたのはありがたいわ。まぁ、どちらにせよ結果は一緒だけどね」
「えっ!?」
怒りが増してきている気がする。その怒りは手までに行き渡り、日傘を持っていた方の手を私とこいしちゃんの方に向けた。
背後の人は花を愛し人だった。多分、このコスモス畑の管理者だと思うわ。コスモスの花を摘んじゃった無意識なこいしちゃんは後悔をしていると思うけど、私は後悔よりも恐怖の方が上よ。それほど怖いのよ。笑顔なのにね。
「死ぬ? 一度、一度だけ死んでみる?」
言葉に圧が掛かりすぎて何も言えないわ。どんな人でも屈するくらいだわ。
「誰であろうと、マエリベリーお姉ちゃんに手を出す奴は許さない!」
後ろにいたこいしちゃんは私の前に立った。だから、指された日傘は見えなくなっちゃったわ。
「あら、別に手で殺らないわよ?」
「そういう''手''じゃない! ''攻め''の手!」
「左手じゃなくて右手で殺るの? なら大丈夫かしら」
「あーー! もう! 話が噛み合わない!」
この感じ、完全に馬鹿にされているわね。まるで左手でゆったり団扇を仰いでいる様ね。しかも普通の顔で。
「こうなったら手を出させないようにするっ! マエリベリーお姉ちゃんは下がってて!」
「大丈夫なの!?」
こいしちゃんは見た目幼い子供。それに対し、あの人は強い印象があるわ。それを見て心配せずにいられないわよ。
「大丈夫だって! 安心してて! 表象『弾幕パラノイア』!」
「なっ!」
スペルカードが発動した途端に、あの人は無数の弾幕に囲まれちゃって見えなくなったわ。
「これで動きを制御出来た! 攻撃なら今だー!」
こいしちゃんはそう言ったけど、私、弾幕なんて撃てないわよ?
「突撃ー! いけー!」
こいしちゃんから放たれた丸い光の弾幕は徐々に広がっていき、弾幕の籠に向かっていたわ。大丈夫なの? 弾幕通し、壊れちゃったりしないのかしら?
そういえば、スペルで''パラノイア''って言ってたかしら? 確かパラノイアの意味は……私の想像が間違っていなかったら、あの籠は壊れないのかしら?
思わくは正しかったみたいで、丸い光の弾幕は籠を壊さずに通り抜けていった。
「何? 弾幕が弾幕を通すの? そんなの初めて聞くわよ?」
「お姉さんは''パラノイア''の意味知ってる?」
得意気に話を進めるこいしちゃん。勝ちの笑みで溢れていたわね。
「何それ。少なくとも、私の知る言葉じゃないわ」
「''パラノイア''はね、自分の強い思い込みの事。自己中心的な妄想しちゃったり、被害妄想しちゃったりするの。ま、精神病の一種って考えていればいいよ」
詳しすぎるわね。私の思惑よりも難しく、分かりやすい説明だった。
妖怪は見た目と年齢は正しく一致していないっていう事、ここで今初めて思ったわね。
籠の中で目を見開くあの人の姿が想像がついた。
「なーるほどね。因みに中からの攻撃で壊す事は出来るのかしら?」
「そんなの試さないと分からないよ?」
「貴女の仰る通りよ。ね試してみるわ」
これには私も興味を示したけど、あの人の攻撃がどんなものかにも興味があったわ。見た目が恐ろしいんだからやっぱり攻撃も激しく強力なんでしょうね。
刹那、スペカと同じくらい強そうなレーザーが貫いた。空を飛ぶ雲に穴が空いて、その隙間から時間が伝わるわ。今は十時二十分八秒。朝、起きるの遅すぎわね。
「うわー、今のに当たったらどのくらい痛いのかなー?」
痛いどころか、かするだけで大怪我しそうなほどだったのだけれど。
「随分と丈夫なのね。でも、これで許すだなんて一つも思ってなんかいないわよ?私 は花を傷つける者って大っ嫌いなのよね。だから、殺るまで引き返さないわよ!」
あの人がそう言った直後、スペカの効果が消えて、あの人の日傘の先がこちらに向けているのが分かったわ。目の前にはこいしちゃんはいない。絶体絶命の危機よ!
「まずは、八つ当たりをしてみましょうか。うふふ!楽 しみなものだわ!」
「ちょ、ちょっと待ってよ!!」
「待たないわ」
「何でよ!」
あの人は優しく怖い微笑みを向けてきた。ここまでくると、ただのドSにしか聞こえないわね。でも、今はそんな場合じゃないわ。
「貴女はあの花の命を元に戻す事が出来ないんでしょ?な ら尚更よ」
「……」
命は戻す事が出来ないのは当たり前。どうしようもないわね。
「そういえば思い出したけど、貴女って宇佐見蓮子って言うのよね?」
「私はマエリベリー・ハーンよ」
反射的に出ちゃったわ。
その時、あの人に変な目で睨まれたわ。
「……まぁいいわ。私は不思議な力を外来人って聞いてたけど、何も出来ないのね。殺るのには好都合よ」
「ちょっと!ス ペルカードルールは!?殺 るって言ってるけど━━」
「何を言ってるのかしら?こ れは殺し合いよ。殺って何が悪いのかしら?」
「殺し合い……」
再び背筋が凍ったわ。それにもう駄目かもって思ったわ。
「それなら殺されないようにするだけの話!マ エリベリーお姉ちゃん!」
こいしちゃんは焦って私の方に駆け寄った。何かを持ってるわ。
「何?」
「これ、あげるから手伝って!」
「これは……?」
こいしちゃんは持っていた何かを渡した。カードみたいなものね。白紙だけど。でも何となく分かる気がする。
カードみたいなものを両手で持っているこいしちゃんの手には萎れたコスモスはもうなかったわ。
「これはスペルカード。大丈夫!マ エリベリーお姉ちゃんなら出来るから!」
「え、ええ……」
私はこいしちゃんが『これで攻撃して!』って言っているように聞こえたわ。
出来るの?私 が?
「ちょっとやるだけでいいから!」
「お喋りは終わりかしら?」
ずっと前から構えていたあの人は一歩も前に出ていなかった。私達はあの人が籠で攻撃が抑えられた隙に後ろに下がっていたわ。遠距離攻撃するのに丁度いいくらいよ。
「うん!終 わったよ!」
「なら、殺りましょうか。殺し合いを」
このカードで何かをする自信はないわ。でも、やらなきゃ駄目なのね。
カードを真剣に見つめるけど、反応なんてある筈、あるわけないわよね。ただ白かったわ。
メ「ねぇ、蓮子?」
蓮「何?」
メ「前回の最初に言ってた''昼の光が真っ盛りの時刻''って何時よ」
蓮「それはメリーのご想像に任せるよ」
メ「ちょっと……私、殺されそうなんだから早く来てよ」
蓮「大丈夫大丈夫。メリー達は殺されないから」
メ「何で分かるのよ」
蓮「えっ?だって小説とかアニメとかってそんな感じじゃないの?」
メ「随分と……テンプレね」
私がドラマを見てる時に、お父さんが蓮子のような感じの事を時々言ってきます。
反論に困る理屈すぎて辛い。




