第一一一話 奈落ミディアム
「だ、大丈夫ですか!? 総領娘様!!」
釣瓶の降下は私の構えを無視して、隣にいた天子の帽子を凹ませて頭頂部にどかんと当たった。
「い、いったー……ちょっと! あんた何すんのよ!!」
「お前が悪いんだ! 自業自得!!」
釣瓶落としの妖怪と天人がお互いの悪口を言っている模様。
そういえば、エニーに何があったのかな? まさか、今の私の目に触れたから……?
「ちょっと、何を話しているのかさっぱりなんだけど!」
喧嘩腰に吐き出させる二人の口調は、まるで小学生の言い争いだね。
「まあまあまあ。まずは話し合いましょうよ」
「ぐぬ……」
「ぬぅ……」
黙っても、二人の間には赤い火花が散っていた。気持ちは分からなくもないから仕方がないんだけど。
「はい。単刀直入に言いますが、貴女様は何故、総領娘様を襲ったのですか?」
衣玖って場を整えるのがうまいね。いつでも冷静なお姉さんキャラって感じ。
私? 皆が決める事なんじゃないかな?
「だって、こいつが前、大地震起こした犯人だから。ここが崩れたら大変な事になるんだからね!」
「大地震? あー……あの時のね。確かにやったわね、遊びで」
だから、あの時にいきなり活気づいたんだね。勝手に思い込ませる。
それに対して、天子の答えが遊びって……ぼこぼこにされるね。まだ、平然な顔してるし。
「遊びぃ!? ちょっと、人の命の事も考えてよ! 本当に吃驚したんだから!」
釣瓶が怒りと共に激しく揺れている。何処に吊るされているのかな?
「キスメー? 何やってる……お前は!」
「い、いつの間に!?」
何だかいつの間にか逆さまで宙吊りになっている子がいた。元から居たのか、今来たのか、分からなかったね。
「ヤマメー! こいつがあの時の大地震の奴!」
「うわぁ……」
天子が明らかに嫌な顔をした。
「総領娘様……私のいない間に何をなさったのですか?」
何かを察したのか、衣玖は総領娘様である天子に訊ねた。
「いやー……久々に人間達を驚かそうと思ってここの要石引っこ抜いたら、思った以上の酷い大地震が起きて……それで……」
「それは誰もが怒るわね。貴女、地底の者全てを敵に回す気なの? 私にまで被害を及ぶのはごめんよ」
低い声が洞窟内に響いた。相当ご機嫌斜めみたい。
レティは腕組みをして呆れ返っていた。
そういえば、レティの近くにいると寒気がするのは気のせいかな? レティって妖怪みたいだから、何らかの能力の一つなのかな?
「ま、もしそうなろうとなれば、あの天人を盾にするだけよね」
喧嘩を売ったレティ。天子はその喧嘩を買う以外選択肢はなかった。
目付きが天子もレティに負けず劣らず、蛇睨みになった。例えるなら、姉妹喧嘩のレベル。
「私よりも立場下なのによくそんな事言えるわね!」
「巻き込もうとしないでほしいわ」
「一々むかつく事を何度も何度も! 一度、この緋想の剣の威力を受けてみる?もう無駄口立たせないようにしてやるわ!」
「結構よ」
「ぬうぅ……!! なら━━」
「両者とも五月蝿いです!」
呆れた喧嘩から戦闘モードに換わろうとしていたところで釘を打ったはエニーだった。
「エ、エニー?」
「今はハーンさんの所へ行くのが先ではないのですか?」
「……」
あれだけ言い争いをしていた二人も黙ってもしまった。
予期せぬ事態で言葉が封じられた。
「私は昔に何があったかは知りませんが、急いでいるのに喧嘩をするのはよくない事だと思います」
正論を言うのはエニーの癖っていうのは元から知っていたけど、大声を出してまで言った事がなかったから吃驚した。
上へと昇る風が吹き抜けた。
するとエニーは、丈夫に張った糸がぷつんと切れたかのように気を失った。
「セテントライトさん!? 大丈夫ですか?」
衣玖が倒れ落ちそうになったエニーを支えた。
「取り敢えず……行きますか」
天子が暗い表情をしながら言った。相当のショックだったのかな?
「そうね。早く蓮子の所に行かなきゃ! あ、二人とも。ここに私達と同じ人間が落ちたのを見なかったかしら?」
「人間? ……あー、そういえば見たかも」
これは有力な情報だね!
「何処! 何処に行ったの?」
「その人間なら、多分、地霊殿に向かったよ」
「地霊殿……?」
「地底にある屋敷。そこが地霊殿」
地底にそんな場所があるんだ。まだまだ知らない事が沢山あるね!
「……取り敢えず、行けば分かるよ」
「行けば分かるのね。分かったわ」
私達は釣瓶落としとその友達らしき妖怪を後にして、奈落に続く洞窟の奥底を目指して進みだした。




