第一〇九話 無意識助太刀
「いやーーーー!!」
またこんな目に合うなんて思ってなかったわ! しかもさっきまで平地だったのに、急に地面がなくなるのはおかしすぎるわよ!
そんな事を悲鳴を上げながらも平然と考えていられるのが不思議だったわ。妙に、落ち着きがあるっていうか、何ていうか……って、落ち着きのある悲鳴って何よ。
「そこの人間っ! 止まりなさいっ!」
私の上から声が聞こえてきたわ。そちらの方を見てみたら、今までに会った事のない人が私を追いかけていたわ。ここは幻想郷だという事を知るのは彼女が空中で止まった時だったわ。また、彼女が止まった理由を知るのは、急に周りに現れた壁を見た時だったわ。
「貴女が止まってどうするのよ!?」
「後でまた来るから、絶対に死ぬんじゃないわよ!」
何それ。追いかけられている獲物に待てって言っているようなものじゃない。
私は何処に落ちるのかしら? あの人の姿はもう見えなくなっていたわ。でも、まだ落ち続けるわ。
「わわわわ!!」
声が再び聞こえてきた時には、もう、意識が飛んでいたわ。私、助かったのかしら?
━━━━
呼吸音が聞こえるようになった頃。やっと、目を開ける事が出来たわ。
「こ、ここは?」
「あ! 起きた! おはよー! ここはねー、ちれいでんだよ!」
私が起きたとたんに、急に顔が私の視界に入ってきたわ。例えるならば、エニーの話し方が一番近いかしら? あの人ったら、興奮している時はいつも顔が近いのよ。
私は布団に潜っていたわ。
「地霊殿……?」
「そう! ちれいでん!」
聞いた事ないわね。あ、ここは幻想郷だったわ。幻想の地の地名なんて分かるわけなかったわ。
「ねぇっ! 貴女何て言うの!?」
「え、あ……」
どうする? 考えていなかったわ。真実を言うべき? 偽りを名乗るべき? 何も考えていなかったわ。
「どうしたのー? 名前がないの? なら私が━━」
口が開いたわ。もう決めたわ。
「あ、あるわよ。私の名前はマエリベリー・ハーンよ」
真実を選んだわ。理由は単純よ。
蓮子って言われたくなかったから。
ほら、単純だったでしょ?
「マエリベリー? そう! マエリベリーなの! そうだったんだ!」
そうだった……? 何か突っかかる言い方ね。私、貴女に会った事なんて、あったかしら?
そういえば、幻想郷にいる人は皆、私の名前が言えるわよね。蓮子だけが言えないのかしら? 私の周りの人達は、何だか敬語ばっかりだから、苗字で言うし……。
そう思えば、幻想郷の人は自由なのね。これも、あそことここの差なのかしら?
視界に近づいていた子は、より近づいたわ。
「え、ええ。近いわ……」
「あ! お姉ちゃんに言わなきゃ! マエリベリーお姉ちゃん、待っててね! 後、黒い帽子はそこにあるからね!」
私から離れた子は、消えてしまった。しかも種も仕掛けもない部屋で。私のすぐ目の前で。
「あ、ありがとう……」
今はいない子が指差した方向を辿ってみたら、ちゃんと蓮子の帽子が置かれていたわ。それを取って、寝ぼけた頭にしっかり被らせた。
薔薇と死体の部屋と言えばいいのかしら? そう思ったのは、暖炉の上にある大きな額縁の中身のせいかもしれないわね。
額縁の中は死体と薔薇が無差別に張り付けられていたわ。これが、この部屋のイメージとも言っていい程ね。
「今更だけど、この世界に居たら秘力はそのままなのよね」
逆転には困らないわね。さ、今何時かしら? 窓一つや二つはあるでしょう。
ベッドから降りて扉の対象にある壁を見たわ。あら、窓、ないじゃないのよ。そこにあったのは薔薇の茨が張り付いている壁だけだったわ。これじゃ、今の私の能力の意味がないじゃない。
なら時計は? ここ、誰か(多分、あの子)の小部屋みたいだから、時計はあってもいいんじゃないかしら?
「あら……」
だけど、その予想は大外れ。なかったわ。幻想郷では時計が普及されてないのかしら?
本当にないのか確かめるために色々と周りをきょろきょろしていたら、扉が開き、二人の少女と猫と烏が入ってきたわ。一人と二匹は初見だったけど、一人は知っていたわ。
「お姉ちゃん! ほら、見てっ!」
窓があると思っていた壁の方を向いていたから、振り返ったら、さっきの子が飛び付いてきたわ。
「マエリベリーお姉ちゃんだよ! あ、私はね、古明地こいしって言うの! で、で! あっちがさとりお姉ちゃんで、お燐とお空だよ!」
はしゃぎながら紹介してくれるこいしちゃんはとても無邪気な子に見えたわ。
お燐とお空って言うのは多分、猫と烏の事だと思うわ。
「む……貴女、内と外が違うわ」
「!?」
何だか。見透かされているの?
さとりって子のもう一つの目が見開いていたわ。そういえば、こいしちゃんにも同じようなものがあったわね。
「どういう事? お姉ちゃん」
「簡単に言ったら、この人間の体は別の人のもので、心は自分って感じかしら?」
「全然簡単になってなーい。もっと簡単に!」
こいしちゃんが顔を膨らませたわ。分からなくもないわね、その気持ち。
「人の体を借りているのよ」
さとりの説明より抽象的になっちゃったけど、大丈夫かしら? こいしちゃん。
「人の体を借りる……なるほどね!」
「わ、分かったの?」
「何となくー」
適当に言ったつもりだったのにね。まさか分かるなんて思ってなかったわ。
「そうなの? で、でも、何で分かったの?」
「私、覚妖怪だから」
覚妖怪? 心が読めるとでも言うの?
「ええ、そうよ。私は心が読めるのよ」
「!?」
え……じゃ、じゃあ、ここは何処なの?
「ここは地霊殿。地底にある私達の家よ」
地底……?
「地底は貴女達、地上の者に嫌われた者が住み着いた場所なの。私のような人がね」
嫌われ者って事は何か嫌なものを持っているのよね?
「まぁ、そうね」
「ねぇ? お姉ちゃんまた読んでいるの?」
「あ、ごめんなさい。言葉で話してくれるかしら?」
「いいわよ」
それでも、地文に何かを書いている度にそれを読まれちゃうのよね? 変な事考えないようにしなきゃ。
「それで、ずっと地底の事を話していても話が進まないから、そっちの事情から話してくれるかしら?」
さとりは私の思った事の返事は返さなかったわ。
「分かったわ」
私は色々思いながらも、ここに来た経緯、何故この地底に落ちた理由。それらを話していったわ。
「なるほど。それで、その貴女だった筈の''宇佐見蓮子''って人間と、貴女達の友達の''エボニー・セテントライト''って人間を探してほしい、という事で間違いないかしら?」
「ええ。お願い出来るかしら?」
無茶ぶりなお願いよね、私ったら。
何処にいるかも分からないのに頼んじゃって。多分、バラバラに落ちたのだと思うわ。私は追いかけてきた人の方を向くまで、頭から落ちてきたの。だから、よく分からないけど。
さとりによると、一人で地底を通って地霊殿まで行くのは危険性があるから、助けに行く事は難しい、との事よ。
「勿論だよ! ね、お姉ちゃん!」
「え、ええ。そうね」
「なら行こう! マエリベリーお姉ちゃん!!」
「え、えぇ? ちょ、ちょっと!?」
こいしちゃんは立ち上がり、私の腕を掴んでそのまま壁に向かって走り出した。
ちょっと! そのままだと! きゃっ!!
━━━━
「こいし!? ……行っちゃったわ……」
お燐とお空は少しざわざわしているわ。その子達の心は十分に伝わるわ。
「こいし……能力の効果は貴女だけの筈じゃないの?」
こいしは外来人を連れ去って消えてしまったわ。
「さとり様! 私、探して来ましょうか!?」
「お燐、いいわ。あの子はそういう事によって、自分が縛られていると感じるのよ」
「ですが! ……分かりました」
「いい子ね」
私は心配そうに貴女を見つめたわ。
メ「全部話したわ!蓮子、お茶ー」
蓮「最近口悪くなったね、メリー」
メ「そんな事ないわよ?」
蓮「序章を読みなさい、序章を。ほらっ、全然違うじゃん」
メ「そうかしらー?」
蓮「そうだって。私達のイメージを悪くさせないでよ。評判が下がっちゃうよ」
メ「んー……って、私を探しなさいよ、蓮子。私、攫われたのよ?」
蓮「誰に?」
メ「本編見なさい、本編を!」
蓮「あー……今から見に行くから、ちょっと待ってて」
メ「早くしないと……妖怪になって蓮子を食べちゃうわよ」
蓮「はいはいはいっ!」




