第九五話 稲荷神との再々会
もう夕闇に染まる時間帯ね。空の星は六時十一分三十二秒って。今は稲荷大社の千本鳥居の中だから分からないけど、やっぱり蓮子の瞳は気持ち悪い。
「えっ! 言っちゃったの!?」
「だって、宇佐見さんっていう事は、ハーンさんなのでしょ?」
「内心で言えないの? それ」
私達以外が聞いても全く意味の通じない話は、鳥居の中でよく響いたわ。特に、私の声が。
「いえ……そんな事はないですけど」
「ばれたら大変な事になりそうだわ」
「本当だよ……」
いきなりこんな話から始まるのはエニーが原因だわ。
エニーは早苗に口を滑らせたと言ったわ。皆の知る通り、早苗は敬語使うのに傷口に岩塩を磨り潰すしような真似をするわ。更には、思った事をそのまま言っちゃう素直な人だし、オカルト大好きだから、プライバシーの多い私達には宿敵なのよ。
「んー……どうしようか?」
「取り敢えず様子を見る事かしらね」
「本当にすいません!」
エニーは頭を下げ、必死に謝った。こういう性格だから仕方がないわよね。
「まぁまぁ、ね? ばれても何もないし、早苗、超常現象とか好きだし……とにかく、大丈夫だと思うよ?」
蓮子はエニーを心配して、さっきと真逆な事を言ったわ。
「はい……」
エニーは肩を落とし、しゅんとした。溜め息も聞こえてきたわ。本当にショックみたいね。
「今日は何しにきたのか? 蓮子、マエリベリー」
突如そんな声が聞こえてきたのは、千本鳥居を潜り終えた時だった。懐かしいわね。
竺紗はもう目の前に居るわ。
「えっと? どちら様でしょうか?」
そうよね、初対面になるのよね。ちょっと緊張するのかもね。
「うん? 私の事知らない人いるの? 有名だと思ったんだけどな」
「貴女が本殿に居なかったからでしょ。てっきり居ないかと思ったわ」
あ、そうそう。今、私達は逆転してないわよ。秘力のおかげでね。
あ、次いでに聞いてみようかしら? 秘力の事。
「じゃあ、何でここまで来るの?」
「何となく」
「ま、いいや。で、そっちの見慣れない人は誰?」
「わわわ私はエボニー・セテントライトです!」
慌てすぎなエニーは、外見以上に慌てて言った。
「へー。友達?」
「まぁ、そうだね。秘封倶楽部の新入部員だよ」
「エボニーね。よろしく!」
「よろし━━」
「それでさ、蓮子とマエリベリーさ、何か違わない?」
エニーのお礼を蹴飛ばして話題を変えた竺紗。エニーはまた肩を落としてしまった。
神も敏感ね。すぐに気付いちゃったわ。これは言うしかない。
「それがね、かくかくしかじか……」
ですよねー。いつものカットよ。
━━━━
「それはね、蓮子。貴女達の予想通り、結縁の言う秘力の効果とは違う」
「やっぱり?」
心が入れ替わった事も全部話終わって、秘力の事も話したわ。結縁の言う事が、本当の秘力の効果とはずれていたからね。
「じゃあ、何なの?」
「分からない」
「「ええぇぇぇぇぇ……」」
神にも分からない事があるのね。溜め息が出る話だわ。霊夢とかに聞くべきかしら?
「ごめん。私、植物専門だし、結縁も縁結び専門だから、分からない事は分からないんだよ」
「うーん……仕方ないなぁ」
「本当にごめんねー」
じゃあ、何で''秘めた力の本質が分かった''なんて言ったのよ。大体分かるけど。
「それで本題に入るけど、大鏡を探してるんだけど、何処にあるか知ってる?」
「大鏡……蓮子達の言うにはその鏡は歴史を明らかに映しだすんでしょ? 残念だけど、私はその鏡を知らない」
「そっかぁ……」
ないのなら別を探すしかないわね。大変だわ。あちこち廻らなきゃいけないかもしれないわ。
「でもね、名前は知らないけど、鏡ならあるよ」
「えっ!? それ本当?」
なんて都合のいい話なのかしら! 私も吃驚よ。
「うん。神界に置いてる間に狂気を出すようになったんだ。貴女達なら覚えてるでしょ? 本殿のあの場所」
貴女達とは私と蓮子を指す。だから、意味の分からないエニーはおどおどとしていた。
「えっと、本殿のあの場所とは何処の事でしょうか?」
「あ、そっか。エボニーは居なかったんだっけね。取り敢えず、行けば分かる」
かくかくしかじかと略すより簡単な方法だわ。そうね、真似してみようかしら?
「そうですか。どんな場所か楽しみです!」
更にはいいイメージまで持たせているわ。そうね……使ってみるわ。
「ま、楽しみにしといて! それでさ、ちょっと思ったんだけど、何で鏡なの? マエリベリーの言ってた夢が例え鏡の世界だったとしても、その行き方は分からなかったわけでしょ?」
言われてみればそうね。夢を見た時からそこに居たから、その世界の行き方は分からなかったわ。
私はうんうんと頷きながら続きを聞く事にした。
「だったらマエリベリー……今は蓮子だね。その蓮子の見える境目からからでも行けるんじゃないの?」
「それも考えたけど、鏡の世界みたいだったから鏡を調べた方がいいのかなって思ったんだよ。境界はそこら中に散らばっているからどれがその世界に通じるか分からないからね」
という事は今、境界が見えているのね。しかも沢山。そう考えてみれば、私も相当苦労したものよね。
普段は私が見えちゃう境界は何処にあるのかしら?
「なるほどね。ま、そりゃそうだねぇ。で、うちの鏡を見に行くのはいいんだけど、どうやってその世界に行くの?」
「あれ? 言ってなかったっけ? 潜るのよ。鏡の中を」
「そんなの聞いてない。って潜る? どうやって」
私達の間では、もう相談し合った事だからあまり驚かないわ。竺紗の質問の答えは勿論━━
「え、普通に」
予想通りの答えすぎて、思わず苦笑いをしたわ。エニーも同じみたい。
「……ま、まぁいいけど。鏡にぶつかるオチは止めてね」
「はいはい。そんな事は百も承知だよ」
「じゃあ、早速行こうか! 狂わないように気を付けてね! 特に蓮子」
「はい……」
私の声の筈だった声は思い出したくない記憶を絞り出されたかのように答えた。
今更、鏡にぶつかるかどうか心配になってきたわ。赤っ恥をかかないといいんだけど……。
今は六時五十二分三十六秒。星が教えてくれたわ。風も吹いてきたけど、エニーにはどう聞こえるのかしら?
今日は私の誕生日ですよー!
夜は祝い、やったぁ!




