第72話 満たされぬ器
一つの街から今、数多くの悲鳴が所々から聞こえてくる。が、それすらを飲み込み、燃やし尽くさんと走り、天を焦がしていく炎。
その輝きを見守りつつ我らの目的の成就を願う。過ぎ去りしあの日に託された事の達成。その為ならば、自分の命を賭しても構わない。その為だけに、我らは集い、剣を取ったのだから
それが例え、己が愛した少女への冒涜であったとしても
拠点へと帰還し、同志達からの報告を聞いて、思わず、溜め息が漏れた。
この国の状況は此方の予想とは異なり、これといって劇的に変化するといったこともなく、緩やかに時間だけが流れていく。ままならないものだな
はて、あの港町での一件から、この国の対応はどうなっているのだろうか? あそこからは運良く生き延びることが出来た哀れな生存者達は、自身が体験した出来事を既に話して、嘆き、いるのだろうか? もしや恐怖のあまりに口を噤んでしまっているのだろうか? 或いはー
「突然の悲劇に己の不幸を嘆き、自らの命を投げ捨てたか?」
そう言葉にしてみて、それはあり得るだろうかと首を傾げてみる。ふと、あの場に居たシア達の事を思い出す。彼女達は今、何処にいるのだろうか?
交易の要所の一つだと記憶している港町での一件。そこで起きた悲劇。アレは我が団員達の目にはどう映ったのだろうか。
それにしても、あの場で、彼女と逢えるとは思わなかった。しかし、軍がなぜあの場に彼女を派遣したのか。後で、探らせる必要があるな。
突如としてハサンに現れ海を越えていった龍の行方は? 何が目的で姿を見せたのか。それより後にライはカインを見失ったと報告をしに戻ってきたが、奴は何処に隠れた?
考えを巡らせていても仕方ないか。隣で腰掛けて、黙々と己の武器を手入れする友に視線を向ける。それに気付いてくれたのか彼は作業する手を止めた
「んだよ?」
君という男は相変わらず、カリカリしてるなぁ。キチンとした栄養とか、睡眠を取ってるのか心配になるね、まったく。でなくて、彼の意見を聞いてみたいんだった
「デイビッド、君はどう思う?」
「あぁ? チッ、さあて、どうだろな。ただ」
そう言って言葉を区切り、立ち上がり前へと向かって歩き出した。僕はその後ろ姿を眺めていると立ち止ままり振り返ることもなく言った
「ただよ、オレ達はおっぱじめちまったんだ。オメェはソレを分かってんのか? えぇ? おっぱじめたんだぜ? 今迄とちげぇんだ。こっからは退路なんざありゃしねえ。後戻りなんざ出来やしねえんだよ。だったらここで止まってねえで、突き進むしかねえだろ」
そう言い残し、これでこの話は終わりだと言わんばかりに去っていく友に思わず苦笑する。やれやれ、ツレない奴だなぁ。もう少し付き合ってくれてもいいじゃないか。
…ああ、そうだ我々の状況が変わっているのだ。結果が出るかどうかなどは大事でなない。活動はまだこれからも続けていくのだ。結果など後から付いてくるモノを気にするのはまだ早過ぎる。
ならば、今から打てる手を打っておくべきか。悲願を、そして、成すべき事を成す為にも、先ほどから物陰で様子を見ていたであろうもう一人の戦友に僕は声を掛ける
「さて、すまないが、また君に一仕事お願いしても良いかな?」
『シア、我が愛しき人形よ。もう少しだ』
音がする。いや違う。これは、声?
声は、何処か嬉しそうなそんな感じがする
目の前にある大きな水晶は割れていて、天井には何かを絡め取っていたであろう鎖が先が引き千切られた様な状態でぶら下がっており、床には物言わぬヒトのカタチをした何かが倒れ、ソレを中心として赤い絵の具をブチまけている。ツンとくる鉄臭い香りが鼻腔をくすぐってくる。そんな異常で、異質な場所に気が付けばボクはいた。この場所で誰かがボクに囁きかけてきている。
『愛おしき器よ。朗報だ』
この声が誰なのかは、生憎とボクの中にある黒く塗り潰されつつある。嘗ての数少な9なってきた記憶の中には心当たりがない。なら、この世界に来てからの記憶はどうかと思い起こしてみたけれど思い当たる節が、なぜか思い浮かばなかった。
『我は嬉しいぞ、ようやくだ。ようやく、お前と我も器を持って、会える』
声は、そう告げる。その声は何処か嬉しそうに聞こえる。そもそも、誰なのだろうか? ああ、でも不思議なことにこの声をボクは知らないハズなのに心地良く聞こえてしまい、なぜかその言葉を受け入れてしまいそうになる。
『シア、愛おし…我が人形。 我…与え…器に宿るモノよ。良い子だ…ら、そこ…待って…ておくれ』
ハッキリと聞こえていた声が突然、声が小さくなり、聞こえなくなっていく。待って、何の話? アナタは誰? 尋ねたい事があるというのにそれが叶う事はなかった。待って! ちょっと、待ってよ!
『心配…る…。私…そ…らに、向か…て…る』
突如として、揺れ出していき地面が揺れ縦にヒビが走り崩壊を始めていく、上から伸びた鎖が激しく音を鳴らしている。もう完全に声はしなくなってしまった。いったい何がどうなっているのか分からずにボクは只管に声を挙げる
「待って!」
この声に応えるモノは何処にもなく、遂に足元まで来た崩落に成す術もなくボクは飲み込まれていく、眠ったまま動かないモノ達と共に落ちていく、そこでボクの意識は途切れてしまった
「ッ!?」
目を見開き、いつの間にか眠っていた体を起こす。ここは先程までボクがいたあの場所では無くなっていて、オラヴィさんの家で泊まるに辺り使わせてもらっている一室だった。
バクバクと早鐘を鳴らす心臓を抑えるように胸に手を置き、目を瞑り深呼吸する。スーハー、スーハー。何度も繰り返して行ってみてもまだ落ち着かない。ならばと布団から出て、貸し与えられた寝間着から着替えて、障子を開けて、部屋の外の様子を伺い、足元から冷たい感触が伝わってくるのを感じつつゆっくりと歩いていく。
縁側に辿り着き、其処に腰掛けてふと空を見上げてみるも、まだ空は薄暗く太陽は昇りきっていなかった。
昨日はカインさんに担がれたままの状態で戻ると、リントさんにこれでもかとお説教を頂戴してしまったなぁ。
「おや、シア君。もう起きてたのかい?」
と、声をかけられ、そちらを向くとオラヴィさんが歩いてきていた。その後ろでカインさんが大あくびをしていた。
「おはようございます。オラヴィさん、カインさん」
「うむ、おはようじゃな。昨日は楽しかったのぉ」
あ、はは、楽しかったんですか。ボクは自業自得とはいえ叱られたというのに。
「ところで、シア君。昨日、話した件だが」
「はい。どうかしましたか?」
「今から準備をしに行くのだが、君もついてきてくれないかな?」
昨日の件。ボクの魔力や血を調べるという事か。何も言わずに行ったらまた怒られるよね。リントさんに伝えておかないといけないよね。
「構わないんですが、リントさんに話してきてもいいですか?」
「フム、あの男は心配性のようだしのぉ。良いんでないか」
「カインさんも来るんですか?」
「否、ワシは今からまたレジナルドの元へと向かうつもりじゃ。ではの」
言うが早いか、庭に出るなり、地を蹴り塀を飛び越え超えていってしまった。それを見ていたオラヴィさんはやれやれと溜息を吐いた後に、「では外で待ってるから伝えてきなさい」と言って歩いていくのを見届けてから、ボクはリントさんのいる部屋へと向かう。
部屋の前に立つと、ぐごぉとかいう大きな音が響いていた。な、なに? 障子を開けて中の様子を見るとジョセフさんが布団を蹴っ飛ばし、イビキをかいて寝ていた。
そのジョセフさんのお腹を枕代わりにしてスヤスヤとアレンが寝息を立てていた。あれ、リントさんはどこだろう? 部屋の中に入ってみても姿がないけど
ポン、と肩に何かが置かれた。突然の事にビクリと体を震わして硬直してしまう。
「驚かしてしまったか?」
「っ。リ、リントさん?」
「ああ、私だがどうしたんだ、何か用なのか?」
声をかけられ、声の主を確認してホッとする。肩に置かれているのはリントさんの手だった。と、安心してる場合じゃないや、オラヴィさんと一緒に行くのを伝えないと
「あの、実は今からオラヴィさんと昨日の件で行く事になったんです」
ボクの言葉にリントさんは何も答えず黙ってしまう。どうしたんだろうと首を傾げて、見つめているとと肩に置かれていた手が離れてしまった。
「…そうか。それは私がついて行っても問題ないのか?」
「え?」
リントさんがついて来る? ボクは良いけど。オラヴィさんはどうなんだろう?
「多分、大丈夫だと思います」
「そうか。では行こうか」
そう言ってサッサと歩き出すリントさんに呆然と立ち尽くしてしまう。
『ククッ、見いつけた』
何かが頭の中で音が響いた。ハッとなり周囲を見ても誰も居ない。今のはいったい?
「シア?」
「な、何でもないです!」
そう答えて慌てて、リントさんの後を追う。
なんだったのだろうか? 人の声だったような。でも、アレンもジョセフさんもまだ眠っているし。そもそも、男の人の声じゃなかったような。でも、なんでだろう。何処かで、ここじゃない何処かで聞いたような気がする。
「オラヴィさん。お待たせしてすみません」
「いや、構わないさ。君を待ってる間にリリーに家の事を頼んできたからね。」
空は青く染まりつつある中で、オラヴィさんに話しかけるとそう告げられた。リリー、会ってなかったけど起きてたんだ。
「おや、リントさん。どうかしましたか?」
「オラヴィさん。私も同行したいのだが、ダメだろうか?」
「なんだ。そんな事か、それなら構わないさ。さて、では向かおうか」
そう言うとオラヴィさんは歩き出し、その後にボクとリントさんも続いて行く。
その道中で見えてくる家々や道中で置かれていた郵便ポストと思しき物。それらは、ボクの記憶にあるモノに凄く似ていて、それだけで何だか懐かしさを感じた。
そうやって見える物全てを眺めているとやれやれとリントさんに呆れられ、オラヴィさんは小さく笑っていた。そうだ。ボク一人で歩いている訳じゃないんだから、当然、二人にさっきまでの行動は見られていた訳で。それに気付くと顔が熱を帯びてきて思わず、俯いてしまった。
「君は少し落ち着いたらどうだ?」
「あう、す、すみません」
「まあまあ、いいじゃないか。シア君。そんなに物珍しいかね?」
「うう、は、はい」
「ハハハッ、そうかいそうかい。いや、なら僕の仕事場はもっと珍しかっただろう?」
その言葉に首肯で答えると彼は満足気に笑った。そう、オラヴィさんのいた場所にあった自動ドアはこの世界でボクは見た事がない。それは嘗ていた世界では当たり前にあった物の一つだったから
「見いつけた」
そんな言葉がボクは聴こえて歩みを止めた。
それはさっきも聞こえた声。小さな声。風が吹けば掻き消えそうな、そんな小さな声なのに、ボクはハッキリと聞こえてしまった。
そして、ソレはすぐ近くで聞こえてきた。と、背後から何かが抱きついてきた。突然の出来事にボクは振りほどこうと足掻くもソレの白い腕はボクのそんな行いを楽しんでいるのかクスクスと笑い、耳に吐息がかけられる。ぞくりと背筋を震わせて硬直する。
「漸くだな。シア。漸く逢えたな」
「だ、誰!?」
助けを求めようと前を歩いている二人に声をかけようとすると口を手が塞ぎ、妨げられてしまう。そうしている間にも二人は進んでいき、声の主の腕が、ボクの体を弄る。ペタペタとボクの言葉を無視し遠慮無しに。目に見えるこの腕は、髪を、頰を、首へ、緩やか動きで下へと下っていくと。そして胸の、心臓のある辺りで動きが止まった。バクバクと煩くなる鼓動を感じ、ほぉと満足げな吐息を漏らしてくる。
「ああ、聞こえるぞ。感じるぞ。お前の熱を、お前の生命の鼓動を……これ程に嬉しい事は無いな」
「ッ!? 誰なのさ!? いい加減離れて!」
「ああ、ソレも良いな。良い子で待っていた我が愛しき器の頼みだ。良かろう。」
そう言ってボクを離して、その姿を見せた。瞬間、ボクは驚愕する。太陽の光を浴びて煌めく銀の髪、 は腰ぐらいまでの長さで、赤と金の瞳は悪戯が成功した子供の様で、起伏の貧しい肢体。その姿をボクは見た事があった。此処ではない場所で眠っていた少女がボクを見ていた。いや、違う。その姿は似ているのだ。
「漸く我も器を得て、外へと出る事に成功した。」
理解を拒みたいのに出来ない。ボクは相手の姿から目をそらせず。そんな彼女の瞳に映るボクにその姿はよく似ていた。何も言葉が出ずに思わず、その場にへたり込んだボクを見て、彼女は笑みを浮かべて告げる
「コレもお前を直接見て、触れる為。シア。我が愛しき人形よ。初めまして。我がお前の器を造った親だ」
五か月以上も更新せず申し訳ありませんでした。色々とリアルで忙しくなってしまい、頭が真っ白になっておりました。本当に申し訳ありません
少しでも読んでくださると幸いであります。




