第71話 黒龍と異端者
歓迎すると言った彼、レジナルドに ボクは近づき彼の巨躯に体を預ける。黒い鱗に覆われたその体はボクの予想とは違い、冷たく熱が感じられず、ボクの身体から熱が吸い取られていくみたいな錯覚を覚えて。それなのに、心地よく感じてしまっている自分がいて。それに恐怖を感じたりなんかしなくて、逆に安心感を覚えてしまう
『おやおや、シア嬢。如何したのかね?」
困ったように彼が漏らした言葉にハッとなって彼が慌てて離れる。な、何をやってるんだボクは!? 上目遣いにレジナルドを見ると黒龍は面白い物を見たと言わんばかりに目を細めている。ううう、やってしまった。つい衝動的にレジナルドに抱きついてしまうなんて
「…シア。何をやっておるのだ。お主は?」
『ククク。世界広しと言えども龍に無防備極まりない姿を見せてくれるのはお嬢さんだけだろうな。』
一人と一体の龍に言われた言葉を聞いてボクは恥ずかしくて俯いてしまう。
分かってる、分かってるつもりなんです。でもですね、ついやっちゃったんです。後、マクシミリアンにも言われた言葉をレジナルドに言われてしまうだなんて思いもしてなかったよ。穴があったら入りたいくらいだ
『……だが、悪い気はしなかった。まさか、器とは言えヒトとあの様な形で触れ合うことができたのだ。あの愚者ですらしてこなんだが、いや、我らは互いを利用し合うだけであったな。……嗚呼、マクシミリアンが羨ましいな』
「レジナルド?」
『なに、気にするな。ただの独り言さ』
レジナルド? 俯いていた頭を上げてレジナルドを見ると彼は、クククと笑うだけ。どうかしたんだろうとボクは首を傾げるも何もわからない
「ワシを無視するとは悲しいのお」
『ほお、カイン坊。お前さんが何を悲しむと言うのかね?』
「カカ、それはこっちの台詞じゃよ。何やら物悲しげに言いよって、らしくない」
『そうか?』
「そうともよ。らしくないぞ」
『フム、それも、そうかもしれぬな。それで、お前さん方はいったい何の用で、陽が傾き我ら、魔の活動し出す時間へとなろうとしているのにここまで来たのか教えてはくれないか?』
ボクはレジナルドに聞きたいことがあるんだけど、どう切り出したらいいんだろうか? あれ、そういえばカインさんはどうして、レジナルドの所に行くと教えてくれたんだろ?
「レジナルドよ。気になるかの?」
『いや、これと言っては気にならぬ。お前さんの事だからな、予想がついている』
「つまらん。レジナルドよ。こんな所に引き篭もっておる故か実につまらんぞ」
『この地に留まっておるのはそれはそれで快適さね、お前さんの様にフラフラとほっつき歩くよりな』
大袈裟にやれやれと肩を竦めてみせるカインさん。と、チラリとボクを見るカインさん。なんだろうと思いつつもボクはカインさんを見る
「シアよ、ワシは何の用でここまで来たと思う?」
あ、ボクに聞くんだ。これって、知らないですって答えたらダメなのかなぁ。うーん、ダメなんだろうなぁ。気になるのは気になるけど
「カインさんは何かレジナルドに用があるんですか?」
「そんな物はない! ただの思いつきじゃ!!」
腕を組み、はっきりとそう断言して、彼は笑いだした。え、何それ? ただの思いつきでボクはあんな運ばれ方をさせられたの? 呆然とする
『やはりか、お前の行動に何らかの意味がある方が少ないからな』
「カッカッカ。お主とただ駄弁りたかったというのもあるのじゃが。ま、それはそれとして、レジナルドよ。先程も言うておったが、主がシア嬢に対して言う『器』とは何なのじゃ?」
カインさんがレジナルドに尋ねる。カインさんが発した言葉にビクッと身体が震え、バクバクとうるさい位に心臓が高鳴る。
器、ヒトに似た別の存在。レジナルドにカインさんは尋ねた。レジナルドはどう答えるつもりなんだろうか? 教えるのだろうか、それとも教えないのか? ボクは恐る恐る、レジナルドを見ると黒龍は、カインさんを暫くの間見据える。
『気になるのかね?』
「無論、と言うたら答えてくれるのかの?」
レジナルドが問う。ああ、なんだってこんな事になったんだ? ボクはカインさんに背を向けて、その場から動く事もなく固まったまま立ち尽くす。何か言おうとしても、口を開閉させるだけで言葉が出てこない。
「シア、どうかしたのか?」
「……あ、え、えっと」
「どうかしたのかの?」
カインさんが、ボクの変化に気付き尋ねてくるも、どう返したらいいのか思いつかず言葉を詰まらせる。と、いきなりボクの視界が暗くなっていく。いきなり何が起こったのかと振り返り目に映ったのは黒だった。レジナルドがボクのすぐ後ろまで迫ってきていた。
『シア嬢。お前さんは何を思いここまで来たのだ?』
レジナルドの問いにボクはすぐには言葉を返せなかった。でも、そうだ。ボクはレジナルドにあの靄の正体について知りたくてここまで来たのだ。だから
「レジナルド。ボクも、知りたい。あの黒い靄。貴方の盟友の事を」
『……知っても何の得にもならぬかもしれぬが?』
「それでも、それでも知らないよりはマシだと思う」
『器について知られる事になるが良いのか?』
その言葉に、ボクは俯きそうになるのを堪えて頷く。
『そうか、カイン坊よ。これから話す事もマクシミリアンに伝えるかどうかはお前さんに任せる。』
「何故に、彼奴の名が出るか分からぬが。その話の中に、ワシの疑問について含まれるのかの?」
『然り』
「そうか。ならば、教えてくれぬか?」
『やれやれ、致し方ないか』
レジナルドは、これは面白くもない話だがと前置きをしてから話し出した
『今より遥か昔のことだ。当時の私は己の内から湧き上がる衝動のままに、ありとあらゆるものを破壊し、蹂躙していた。ヒトが集まる場所あれば其処へと向かいその場に居合わせた生命の悉くを刈り取っていたよ』
「ほほぉ。昔は随分とヤンチャじゃな、お主」
『そう言ってくれるな。あの時は暴れておらねば収まらなかった。そうしていた時だよ。一人の男が現れた。
其奴は言った。『強き龍よ、私と手を組め。多くの敵を、お前のその力の向ける相手を与えよう』とな。出逢った当初は、非力な人間の戯言と判断して、その男が殺すことも考えた。だが、奴はこうも笑いながら言った。『ここで私一人を殺してもその渇きは癒されぬだろう? それでは詰まらないだろう? どうせなら多くを殺した方がお前の渇きは癒されると思うのだが?』とそれを聞き、その男に興味を持った私はその男と、その男の属する国に加わったのだ』
なんてそいつが、あの黒い靄の正体なんだろうか。ボクの考えてる事を察したのかレジナルドは告げる
『そうだ、シア嬢。それこそがお前さんの知りたがっている者の嘗ての姿だ。何処にでもいる、いや、普通の人間ならば考えない事を考え、実行に移す狂人であった。必要なら、味方もろとも私に焼き払わせさせたりな。とは言え、私はその愚者と共に敵を殲滅していた。さて、大規模の戦争の只中であった。あの愚者の属する国は、戦況は芳しくなく、その状況を打破する為に私を利用した。私は衝動を収める為に愚者を利用していた』
「して、その者は何者なんじゃ?」
『自らを宮廷魔導師だと言っておった。人知れず禁術の類に手を出していたがな』
「なんともまぁ、恐ろしい女じゃのお」
カインさんの言う通りだ。挙句には禁術を使い、ボクみたいなヒトを造るんだから。まともではない
『敗戦の色が濃くなってきた折だ。ある時に彼奴は私に部屋の一室で眠っておる者達を披露して告げた。禁術を使い、出来上がったモノをな。死体を使って出来たが故に内に魂を宿さぬ人形。魂を定着させる為のモノ。それが器だ』
「死者を弄んだというのか!? 其奴は己が何をしたかわかっておるのか!?」
『そうだ。あの愚者の事だ。分かっていてやったのだろうさ。そして、別の禁術を用いて魂を定着させた。その者達の共通点がある』
ああ、告げられる。告げられてしまう。カインさんはそれを知り、どう思うのだろうか?
『其奴らの瞳は、片方ないし両方が金か銀の瞳なのだよ』
「なんじゃと? では、まさか?」
『そうだ。シア嬢も器だ。彼奴がシア嬢にそう告げたらしい』
カインさんが驚愕の表情を浮かべ、ボクを見る。ボクの事を軽蔑するだろうか? 今更ながらに怖くなる。拒絶されるんじゃないかと怯えて震える身体を抑える事が出来ない
「…そうか。ふむ、そうか」
『幻滅したか?』
「さて、な。正直、驚いておる。が、なんじゃそれだけの話であろう?」
思わず、ハッとなりカインさんを凝視してしまう。カインさん何でもないように言い放った
「え? でも、ボクは」
「だいたい、その程度でワシはお主を軽蔑はせぬぞ? 言うたらワシなど、ほれ正体不明の身じゃしな。魔族なのか、この世界の人間なのかも分からぬのじゃ。それに比べれば、主は自身が何か分かっておる分、良かろうに」
だから、何でもないのだと言うカインさん。え? あ、いや、そう言うモノなんだろうか? こんな展開は予想してなかったのでどうするのがいいのかわからない。ボクに近づき、ポンと頭の上に手を置き、笑っている
「あ、えっと、ありがとう、ございます?」
「器については分かった。で、元凶たるその馬鹿者はどうなったのじゃ?」
『私が戦いの最中で見たのは彼奴の居た場所に突如として瘴気が発生し、その場にあったモノを全て飲み込んでおった故に安否は分からなかったが、シア嬢の話からして肉体を失い、異形の身へと堕ちて尚、存在しておるようだ』
「それは、生きておるのか?」
『存在はしているらしいな』
カインさんは、腕を組み考え込みだした。どうしたのか気になり、顔を覗き込むと、彼は空を見上げだした。同じように空を見上げると、陽は沈み出し、空はゆっくりと朱から黒へと変わろうとしていた
「むっ、早く戻らねばマズイか。では、レジナルドよ。ワシら帰る」
『そうか。また来るがよい』
「そうさせてもらうとも、ではなさらば!!」
カインさんは、来た時と同様にボクを担ぎ上げると、地を蹴り跳んだ。ちょっと、またこのパターンなんですか!?
夢を見た。懐かしい夢を。嘗ての自分が過ごしたあの日々を、しかし、それらを懐かしむ事など既に無意味だ。
ああ、愛しき我が器よ。漸く、お前に逢えそうだ。慣らしに時間が掛かってしまったが、もう大丈夫だ。お前の驚く顔を見せておくれ
大変遅くなってしまいました。申し訳ありません
少しでも読んで頂けたら嬉しいです
1/8 誤字、脱字を修正しました。




