第69話 また借りていくぞ
後からやって来たオラヴィさんに案内された部屋で、敷いてあった座布団の上に座りボクは何があったのかを説明した
ガルシアさんの襲撃のこと。その時に投げられた部屋に飾ってあった刀を使ったこと。『力』を使ってガルシアさんを殺したら、別の場所に五体満足のガルシアさんが立っていて、『また会おう』と言って去っていたこと
「……シア。君は確実にそいつの首を吹き飛ばしたんだな?」
「はい、そうです。ボクは確かに殺した、ハズだったんですが」
「が、首のない死体と、そいつは何事も無かったかのように居て。首のない方が霧散していったか。俄かには信じ難いな」
リントさんはボクの説明を聞いて、そう言った。彼が消えた後にボクは自分の体や服についた返り血が消えているのに気づいた。どれだけ確認しても綺麗さっぱり消えていて戸惑った
オラヴィさんがボクの話を聞いて腕を組み、黙っている。どうしたんだろう? リリーはちらちらと自分の隣に座るオラヴィさんを見ている。
「フム、ワシが居らぬ間にそのような事が起きておったとはな。しかし、ガルシア、と言うたか」
突然、カインさんの声が聞こえてきた。声のする方を見るとカインさんがいつの間にか居て、座布団の上で胡座を掻いていた。
「おや、いつの間に来たのかな?」
「今し方じゃよ。そうしたならば、ヌシらが何か話しておったのでな。聞き耳をたてさせてもらったのじゃよ」
オラヴィさんが、カインさんに尋ねるとそうあっさりと言い、カッカッカと笑った。
「で、貴方はガルシアと言う男について何かご存知ですか?」
「ビルマ。アレとは腐れ縁じゃよ。彼奴とは幾度となく対立しておる。しかし、彼奴め、また今回もコソコソと動き回っておるとのぉ」
ビルマさんの質問にそう答えて、腕を組んで天井を見上げた。幾度となく対立、かぁ。あの人はいったい何者なんだろう? そういえば、何が目的なのかとか知らないや。でも、ボクの知らない事を知ってると言っていたし
「私はアイツ、嫌い」
リリーが、はっきりとそう告げると立ち上がり、スタスタと歩いて行き、障子に手を掛けて止まった。どうしたんだろう?
「アイツは自分が楽しければいいんだと思ってる。初めて会った時に言ったの。『つまらなくて最悪だ。どこかで退屈を凌ぎ、渇きを癒す事象が起きればいい。そうしたら、停滞していて退屈なこの世界も少しはマシになるだろう』って、そう言って、アイツは笑ってた。得体の知れなくて、怖くて不気味なヤツ。それがアイツ」
言い終えて、障子を開け放ち出て行ってしまった。リリーがあそこまで拒絶するのはここに来るまでの間でボクは見た事がなかった。それだけにリリーの去っていく後姿を見送るしかできなかった
「…リリー?」
「嬢ちゃん」
「なに、ジョゼフさん?」
「お、ようやく名前で呼んでくれやがったな。じゃなくて、そっとしといてやんな。色々とあんだろうさ」
……オッサンことジョゼフさんが、そう言って首を横に振った。そっとしておく、か。その方がいいのかな? でも、まさかジョゼフさんからそんな言葉が出てくるだなんてちょっと意外。ボクの両隣に座るミレイナとアレンが顔を見合わせて笑ってるし。その二人の様子を見て頬を掻き、ゴホンと咳払いしだした
「あー、んで、大将よ。その野郎はまた来んのかよ?」
「であろうな。シアにまた会おうと言ったのじゃろう。なら、いずれ姿を見せに来る」
「ゲッ、マジかよ」
「マジじゃ」
「カイン殿。それでどうすればいいのだ?」
「さて、な、何せ何時かは彼奴しか分からぬ」
「そうですか」
いつ現れるかはガルシアさんの次第、か。用心するに越したことはない、よね
「あの光はシア君が起こしたのか。では、何かしら特別な力なのか? だが、あの光は純粋な魔力の放出だったような? ガルシアは、アレについて何か知っているのか? まさか、アレが昔噺などに出る超常の力なのか?」
なんだか熱くなっているオラヴィさんに、ボクはなんと答えたら分からずに苦笑いを浮かべる。うーん、どうしたらいいのかな?
「うーむ、気になるな。興味が尽きない。だが、塀の方を確認して修理を依頼ししに行くのが先か」
「ごめんなさい」
ボクはその言葉に謝罪の言葉しか出なかった。と言うか、知らないうちに人様の家の一部を壊してしまうだなんて、なんて事をしてしまったんだ!?
「うん? ああ、構わないさ。だが、代わりと言ってはなんだが、明日になったら僕と一緒に研究所に来てくれないか? それが詫びという事で」
研究所? ああ、オラヴィさんと最初に会った場所だよね。それくらいだったら
「断る」
「えっ!?」
リントさんがボクが口を開くより先に拒否してしまった。えっと、リントさん、どうしたんですか!?
「リリーの都合に付き合って来ただけだ。それも貴方と会った段階で済んだものと認識している」
「なるほど。だが、僕はシア君に聞いたのだが?」
「そこのお人好しならきっと二つ返事で引き受けるだろうな。そうだろう?」
「あ、はい。そうしようかなぁと」
ボクの返事にやはりな、と言って肩を竦める。でも、穴が開いてたならそれはボクのせいな訳でして。どうしてダメなのかな? そう思ってリントさんを見ているとため息を吐かれてしまった。う、なんで?
「あのな、彼は研究所に着いた後のことを話していないんだぞ? それなのについて行ってどうするんだ」
「あ…それは、そうですけど」
何かされるかもと疑いはしたけど、さすがに何もお詫びもせずにいるのは失礼かなとも思ったわけでして
「して、オラヴィよ。どうなんじゃ?」
「…これはすまなかった。実はシア君の魔力の測定や血液検査をさせて貰おうと思っていたんだ」
カインさんが尋ねると、静かに一呼吸吐くと、そう白状して頭を下げるオラヴィさん。魔力測定とかそれだったら、いいよね? チラリと見るリントさんが腕を組んで考え込む仕草を見せる
「だったら、最初からそう言えば良かったのではないか?」
「そうだね。申し訳ない。この通りだ」
「あ、あの。引き受けますから。頭を上げてください」
「シア」
リントさんがボクの名前を呼ぶ、きっと甘いと叱られるだろうけど、これでいいと思って選んだんだ。これでいいはず
「やれやれ、仕方ない子だな。君は」
「でも、いざとなったらリントさんがいますし」
そういうとキョトンとし、フッと微かに笑いゆっくりと立ち上がりボクの前まで歩いてくると軽く小突いてきた。少し痛い。思わず頭を抑えてしまう
「少しは自分で用心することを覚えるんだ。いいな?」
「うう、はい。わかりました」
「また、お父さんがお父さんしてるよ。ミレイナ」
「うん、お父さんがお父さんしてる」
「誰がお父さんだ」
「それはもちろん、リントさんですよ」
「くっ、からかうのも大概にしてくれ」
アレンとミレイナの二人にからかわれて、そっぽを向くリントさん。と、カインさんが立ち上がるのが見えた。どうしたのか気になってじっと見ていると目が合った。
少しの間、そのまま固まっているとカインさんが手招きしてくる。されるがままにボクはカインさんの側まで近づく
「ワシはこれから、レジナルドの所まで行こうと思っておるがオヌシはどうする?」
え、レジナルドの居る場所へ?
レジナルド。ボクに、あの靄が言っていた『器』について教えてくれた黒龍。ボクがヒトに似た何かであると告げてきたその彼の場所へ行く? どうしよう、どうするべきだ?
「無理強いはせぬ。もとより、ワシ一人で行くつもりであったしな」
そう言って、ボクを視線から外し空を見上げた。それに吊られてボクも空を見上げる。まだ空は青く、陽は高い位置にあった
「帰る頃には陽が傾いていよう」
「カインさんっ」
「なんじゃ?」
グッと胸の前で握り拳を作り、ボクは決める
「ボクも連れて行ってください!」
カインさんが、振り返る。その瞳はどこかいたずらっ子のように見えた。あれ、なんだろう。なぜかイヤな予感がするんだけど…気のせい、だよね?
「そうかそうか! うむ、では善は急げと言うしな。では、行くぞい!」
と、言うが早いかボクの腰を掴み担ぎ上げてしまう。アレ、なんだろう? これ、前にもあったような気がするんだけど
「では、ヌシら。ワシらは暫し出掛ける。追えるものならば追ってくるがいい。さらばじゃ!!」
「ちょっ!? ちょっと、カインさん!?」
「ヌーハッハッハー!! 待っておるぞ!!」
ボクを担いだまま、カインさんが突然に走り、塀を飛び越えてそのまま森の中へと疾駆する。あの部屋にいた全員が固まっているのが見えた。
ああ、そうだ。そうだよ! これって前にもあったじゃんか!! ていうか、降ろして!!
少しでも読んで頂けたら幸いです




