第67話 そこにあったのは
レジナルドは告げた。ボクに器と呼ばれた存在についてを。
禁呪により造られ、ボクと同じ、金の瞳か銀の瞳を持ち、異常な量の魔力を持ったモノだと
禁呪とは何かが分からないけど、危険なモノなのだとは想像はつく。
『彼奴がシア嬢を本当に器と言うたのなら、お前さんはヒトに似た別のモノということになるとだろうな。然し、器を造るには多くの死体が必要の筈だが』
彼が渋った事実を聞き出したのはボクだ。
だから、今、ショックが大きくて身体が震えてしまって崩れ落ちるのはやってはいけない。やってはいけないと思う。そもそも、ボクが望んで彼に言わせたことじゃないか。
唇を噛み締めて震える手を握り拳を作り、ぐっと堪える。俯き、下を向いてしまっても、ただ、堪えなきゃ
何か、何か言わなきゃいけないと思い口を開くも、言葉が出てこない。
『嘗ての大戦から幾百もの時が流れていったのだ。今更、器を造ることが可能なだけの死者がおるとは思えぬ––」
「––レジナルド」
『ぬう、どうした?』
「ヒトに似た別のモノって言ったよね?」
『そうだ。あの様な外法を用いて生み出された存在をヒトと呼ぶことは出来ぬ』
……そっか。死体が必要で、死者の魂を定着させる為の入れ皿が、この身体。魂を閉じ込める肉の檻。それが器なのか。レジナルドの言葉を遮り、尋ねる。彼の言葉を聞いて、不安になって、その不安を払拭したくて言葉にする。
「じゃあ、ボクは、人間、なの…かな?」
『分からぬ。先も言うたがヒトに似た別のモノだ。私が言えたものではないが、アレらは本来なら存在せぬモノだ』
「そっか。そうなんだ。ヒトに似たナニカなんだ」
あはは、と乾いた笑いが出てくる。そうだ、そうじゃないか。そうじゃないか、あの喋る水晶の樹だって言っていたじゃないか。あの黒い靄みたいな奴とボクは似た存在だって。なら、ヒトじゃないのは当然なのかもしれない。でも、それでもショックなのは変わりない
『だが、アレらが伝承の中に出てくるとあるなら、人と交わり子を為すことも可能なのかもしれんな』
「……それは、フォローなの?」
『む? なにやら間違っておったか?』
「ええと、ちょっと変だと思うな」
『そうか。励ますのは私の最も不得意な分野でな。何せ、私は生まれ出でたその日から大戦までの間は戦いしか知らなかったのでな』
「そう、なの?」
『そうとも、私に親と言える存在は居らぬ。生まれ出でたその日からこの姿だったのだ』
えっ? 生まれ出でたその日から? レジナルドを見上げる。彼は変わらず、ボクを見下ろしていた。驚きに瞳を見開くボクの姿が映っている
『己が何者かは分からぬ。分かるのは幾つかの禁呪と、戦場の事のみ、私に挑む者の悉くを慈悲もなく散らしていった。その最中に愚者と出会い、マクシミリアンと戦い、敗れ、逃げた。逃げ延びたこの地にて傷を癒しておる内に魔族を称する人間と出会い、今に至る…だが、私は自身については分からぬままでいる。そういうモノであると思っておるのだ』
「レジナルドは、強いね」
『さて、どうだろうな。私は悩む事をしなかった。どうであれ、今、此処におる私は確かにおるのだ』
「……そう。やっぱりレジナルドは強いね」
レジナルドの様にただある事を受け入れれることは、出来ない。
『さ、思ったより長居させてしまったな。そろそろ還そう』
「あ、うん。わかった」
『シア嬢。その内に、彼奴が何かしらの接触を図ってくるやもしれん。気をつけるのだぞ』
「えっ?」
どういう事だろう。首を傾げるボク。レジナルドはそれ以上は何も言わず、ゆっくりと瞳を閉じ、翼を広げて、天高く飛んで行った。
思わず、手を伸ばすも届くはずがなく、虚しく空を切るだけで終わってしまう。手を伸ばしたまま、見上げるその姿は小さくなっていき、見えなくなると景色が歪み、周囲の物が崩れ落ちる
「ちょっ、ちょっと待って!?」
足場が無慈悲にも崩れ落ちてしまい、そのまま落下していく。還そうって言ったのに、落ちてるんですが、何コレ!?
黒く埋め尽くされていくボクの視界。落下し、バシャンと音を立てて沈んでいく。体に服が張り付いてくる。いつの間にか現れた水の中にボクはおちたのか!? 息が出来ず、口を開くと口からゴボゴボと泡が出ていくのと水が口の中へと入ってくる
ジタバタと足掻くも浮上することもなく、沈んでいる。どれだけ足掻いても無意味だった。
冷たく、視界を埋めていく黒の海の暗さに冷たさを感じ、段々と、ボクはボク自身の意識が沈んでいくのか?
『イズれ、其方のモとへト向かウ。待っテオれ』
誰かがボクにそう囁く声を最後に聞いて、ボクは沈んだ
目を覚ますと、見慣れぬ天井がまず映った。
戸の隙間から漏れる光に気付き、いつの間にか掛けられていた布団から出て、立ち上がり、頭がボーッとするせいか、よろけながらも光が漏れる戸に手をやり開く
そして、陽の光がボクの視界に鮮烈な光を当てて、思わず目を細める。
「…まぶしっ」
光に目が慣れていき、映る景色をボーッと眺める。
遠くから子供達の笑い声が聞こえてくる。木が植えられてて、奥に塀があって、向こうにある小さな建物は離れかな? だとするとここは庭、なんだろうと思うけど
ええと、ああ、そうか、ボクは還ってきたんだ。
あの時に倒れて、レジナルドと出会って、それから、そうそう還すと言われたのに落ちて沈んだんだ。ていうか、アレが還すなら冗談じゃない。あんな目に遭うのはもうゴメンだ。
「でも、最後に聞こえたあの声はなんだったんだろう?」
どこかで聞いたことがある様な、ない様な気がする
いずれ此方に来る。ボクは待っていなきゃいけない
……待つ。なんで?
ソレは声の主が言ったからで。
でも待つ必要があるの?
わたしは待つべきだと思う
ボクはそうしたくないのに?
でも、なんでだか、そうすべきだと思ってしまうの
……バカバカしい。ボクは、イヤだ
…そう。そういうものなのかな?
「……っ。今、ボクは何を考えた?」
ズキリと軽い痛みが頭に走り、眉を顰める
なんだったんだ? 何か、イヤな感覚だった。なんだか、この場にボク以外のダレカがいて、そのダレカと会話してたかのような。いや、そんなことある訳ないじゃないか。それに、今のところボクしか、この場に姿がないんだし。そうだ。寝起きでまだ頭がハッキリしてないのかもしれない。たぶん、そうなんだろう
「おやおや、眠り姫がようやくお目覚めか」
後ろから、いきなり声を掛けられた。思わず、びくりと身体を震わしてしまう。そんなボクの姿が面白かったのか。後ろにいる誰かが笑った
「ククク……ああ、君はやはり面白い。実に面白い。予定にない事をしてみた甲斐があったというものだ」
言い終えて、静かに笑う。この声は、確か、いや、でも、意識を失う前にこの声の主はいなかった。勢いよく振り返るもそこには誰もいない。気のせいだったのかと首を傾げると彼はいた
ボクの目の前に、音も無く、それは唐突に、楽しげに口角を上げて笑みを浮かべて、ボクを見つめていた。思わず、後退り距離を離す。それすら、彼には面白かったらしく、静かに声に出して、笑った
「ククク、久しぶりだね。シア君」
「……なんで、貴方が居るんですか?」
「クク、ククク。さあ、なんでだと思うかな?」
「はぐらかさないでください」
やれやれとため息を吐き、大げさに肩を竦ませてみせる男。あの時、最後に出会った時はラフな格好をしていたが、今は背広姿でそこに立っている
「やれやれ、いいだろう。教えようじゃないか。君があの様な見苦しいモノと遊ぶ姿を見ていたら我慢できなくなってね。こうして思わず、私も君と戯れに来たと言うわけさ」
「……戯れに?」
「そうとも、寝起きにすまないとは思うが、構わないだろう? シア君」
何も答えずにボクは、身構える。彼は今まで出会った時に見た以上に笑う。狂気染みた笑顔で口を開く
「さあ、私、ガルシアと遊ぼうか?」
また間が空いてしまい、申し訳ありませんでした
少しでも読んで頂けましたら幸いです
一部、修正しました




