第66話 器とは
前へと手を伸ばしたままに、ボクはただまっすぐに歩いていく。ボクの前をふわふわと舞い飛んでいく蝶を追いかけるために。この蝶はどこから飛んできたんだろうか? というか、どこへと向かおうとしているのか? そんな事を考えつつも、ただ歩いていく。だって、あの蝶はこの何もない空間で、唯一の違いなんだから
「ねぇ、ちょっと待って。どこに向かってるの?」
と、蝶相手に尋ねてみるも当然のことながら返事が返ってくる訳がなくて。その事実に何をやっているんだと思わず苦笑いを漏らす。
うん、分かってた。蝶がこの場所に現れたからって返事があるわけない事ぐらいは。でもさ、ちょっとくらい、ひょっとしたらって期待してもいいじゃない。でも、これが現実である。どんな場所であっても蝶は喋らない。うん、知ってた。現実は非情である。
蝶の後に続き歩き続けていると周囲の景色が変化していく。だだっ広く何もないだけの場所から赤い鳥居が建ち並び、ついさっきまで歩く度に波紋を広げていた足元は石畳の道へと変わっていった。突然の変化に、頭がついていかずに思わず立ち止まってしまう。
え、なにコレ? 劇的ビフ○ーアフ○ー? なんということでしょう、何もなかった空間が匠のって違う違う。ここに匠はいない。いるのは今の所はボクと蝶ぐらいだし
仮に居たとしてどこにスタンバイする場所があるんだよ。と、自分で考えたことにツッコミを入れつつも周りを確認する。上を見上げれば当たり前のように空があり、幾つもの雲が浮かんでいて、夕陽が世界を朱く染め上げている。鳥居には提灯が飾られているみたいだ。無數に建ち並ぶ鳥居全てに提灯が飾られている。これって、意識を失う前に和風建築を見た影響だろうか? でも、 いきなり姿を見せた光景を眺めていると何処か懐かしくもあり、寂しく感じてしまう。
ふと気づけば、ボクの頭上をクルクルと蝶が飛んでいた。ひょっとして先に進むことを催促しているのかな?
「ごめんね。うん、じゃあ行こっか」
そう呟き、歩き出すとボクの言葉に満足したのか蝶はまた前へと飛んでいった。どうやら先に進みたかったみたいだ。自然と笑みが浮かぶ
鳥居を潜り、その先へと進むとポツンと神社が建っていた。ボクの左右にはこれまた神社でお馴染みの狐の石像がある。狛犬の所もあるよね、確か。って、何言ってんだか
いつの間にか世界は赤から黒へと変わっている。空も三日月が浮かび星空へと変わっている。
えーと、ここがゴールなのかな? 首を傾げているとボクをここまで案内した蝶は空高く飛んでいってしまった。手を伸ばしても、もう手が届かない所まで飛んで行ってしまいそのまま姿を消してしまった。
どうしたらいいかわからないけど、とりあえずお賽銭箱の前まで進み本殿の中を覗き込んでみる。うーん、何も見えない。ここからどうしろっていうんだ?
『シア』
「っ!?」
声がした。その事に息を呑み周りを見渡しても誰もいない。でも、さっき……?
『シア』
やっぱり声がする。でも、いったいどこからしてるんだ!?
「だ、誰!?」
『シア。おお、シアよ。
彼方に潜むモノが造りし器が持つ特徴をその身に持つ娘よ。しかし、よくよく見ても彼奴が造る器そのものではないか。これは驚いた。彼奴め、まだ存在しておったか』
「貴方は誰なの? ボクに何を言いたいのさっぱりなんだけど?」
『まだ分からぬか? カカカ、やれやれ、すぐに姿を見せよう。よく夜空を目を凝らして見るがよい』
声の主が言うがままに、夜空を見上げてジッと目を凝らしていると何かが動いた。なんだろうと注意深く見てるとソレは凄い速さでこちらへと迫ってくる
「えっ!? ちょ、ちょっと待って!?」
『もう待てぬな!』
慌てふためくボクを他所に愉快そうに応えて境内へと降り立った。凄まじい風が吹き荒れ、足元がフラつき尻餅をついてしまう。地滑りしながら巨躯に見合う翼を広げながら減速しゆっくりと止まりこちらへと歩いてきた
『大丈夫かな、シア嬢?』
さも当何事もなかったかのようにボクにそう尋ねてきたのは漆黒の龍、レジナルドだった。
『お嬢ちゃんの魔力は特徴的で分かりやすかったのでな。魔力を覚えて、どう此処に誘おうかと考えておったら揺らぎを感じたので好機と思いあの場でお嬢ちゃんを揺さぶったのだが、結果は成功だとはな』
「じゃあ、あの時の声はレジナルドなの?」
『そうともさ』
そうだったんだ。くぅ、痛い。ていうかあんな現れ方しなくていいじゃないか、非難の為に睨むもレジナルドは豪快に笑うだけで通用しなかった
『此処へと誘おうと思い至ったのはあの場で言うたが、マクシミリアンの魔力の残滓を感じたのでな。これはもしやと思っておったのだよ。結果は成功。シア嬢は目の前に居る。成る程、彼奴とは此処で逢っておったのだろう?』
「うん、そうだよ」
『カカカ、そうかそうか。しかしシア嬢、それならばそうと何故に言わなんだ?』
「言ったところで信じて貰えないと思ったからだよ」
『そうか。それもそうかも知れんな』
「そうなの?」
『そうともさ。普通ならば、此処に紛れ込むことなど極めて珍しい事だからな』
そう言うものなんだろうか? でも、ボクは割と頻繁にここに来てるけど、これはどういうことなのか?
「ねぇ、レジナルド。さっきボクに姿を見せる前に言ってたこと、アレはどう言う事なの? 彼奴が造った器がとか言ってたよね?」
『……』
さっきまで笑っていたレジナルドが笑うのを止めて口を閉ざし何も言わなくなった。ただボクをジッと見下ろしてくる。レジナルドは『器』って言った。その言葉は前にも言われた。あの黒い靄みたいな奴に。
レジナルドは何かを知っているんだろうか? だとしたら、ボクは知りたい。そのままレジナルドを見上げる続けると、ふぅと小さくため息を吐いた
『さあてな。なんだったかな?』
「レジナルド、お願い。何か知ってるなら教えて。ボクは前にも変な黒い靄みたいなのに『器』って言われんだ。レジナルドはアレを知ってるの?」
『やはり、そうか。……しかし、なんと、彼奴はそのような姿になっておったか』
やっぱり、レジナルドは知ってるようだ。
「レジナルド、お願いだから教えて」
『お嬢ちゃん、彼方はじきに朝になる。そろそろ帰そうかね』
「嫌だ! ボクは知りたいんだ。何も知らないままなんて嫌すぎる。知りたいんだ、だから、お願い」
ここで引き下がったらもう教えてくれない気がして、ボクはレジナルドの脚にしがみつきお願いする
『やれやれ、迂闊に口を滑らした私の失態が招いたことか』
「レジナルド?」
『お嬢ちゃんとは、まだそこまで深い縁で繋がっておらぬ故に言えんのだが、これも因果か』
自嘲気味にレジナルドが笑う。ボクはそんな彼をしがみついたまま見上げると目が合った。その体同様に黒い瞳と。見つめていると吸い込まれてしまいそうな錯覚を覚える
『さて、どう言ったことか。一つ器については言えるのは、遥か昔に私と盟友であった愚か者が行った禁忌の結果によって造られる異常に魔力を多く宿しておるヒトの事よ。だが、大半が自らの内に己の魂を宿しておらず人形のようであった』
「え、そうなの?」
『うむ、肉体はあれど魂が無い。故に眠っておるように動かなんだ。そんなモノどもが十体程寝かされておる様は何とも異様であった。この私ですら、不気味さを感じずにおられなかった』
龍が不気味と感じる。そんな事があるんだろうか。ちょっと想像してみる。部屋の一室に寝かされている身動ぎ一つさせない物言わぬ人達。いくら呼びかけても返事はせず生きているのかすら分からない。それがずらっと並んでいる。思わず身震いして自身の身体を抱く。ダメだ、ちょっと恐い
『あの愚か者は言うておったよ。コレは器。魂は他所から持ってきて定着させる。その魂を受け入れる為の入れ皿に過ぎぬとな』
「そ、それで。それがボクにどんな特徴があるのさ?」
今の所、ボクと共通点があるようには思えないんだけど、どういうことだろうか?
『……コレは、いずれオラヴィにも言うつもりであったが。私は器を何処から持ってくるのか分からなかったが。当時は大規模な戦争が起きておった。その戦場で犠牲となった者達の魂をあの愚か者は利用したのだ』
「えっ?」
戦場で犠牲となった? そんな事があるの? この話にオラヴィさんが何の関係があるのだろう
『嘘ではない。彼奴がそう言ったのだ。死した者を実験台に用いるとな……その結果、魂が宿った者達が目を開けたその瞳だ』
………瞳? え、ボクはレジナルドの瞳に映る自分の姿を見る。見慣れた自分がそこに映っている。今のボクの姿がある。その自分の瞳を見る。青と金のオッドアイで、え、オラヴィさんにいずれ話すつもりとさっきレジナルドは言った。オラヴィさんは金の瞳を持つ人を捜して、え、まさか、いやいや、そんな事あるはずない。あぁ、でも、そうだとしたら
『その者達の片眼或いは両方が金、または銀の瞳を持っておった』
レジナルドは、漆黒の龍は静かに、しかしハッキリとボクにそう告げた
だいぶ間をあけてしまい申し訳ありませんでした。
少しでも読んで頂けたら嬉しいです




