第65話 隠者の言葉
オラヴィさんは告げた。ここは魔族を自称した異界人が作った村だと。質問したオッサンは挙手したまま、時折、口をパクパクと開閉させている。リントさんは、口を開けたまま止まってしまっている。ボクはどうだろうか? 驚きは、している。でも、そうなんじゃないかと思っていた。カインさんが言っていた。『魔族は結界を作り、その中で暮らし他種族との関わりを避けている』と。そこがここで、そこで暮らしているオラヴィさんやその娘のリリーはつまり……?
「ま、魔族の村だと?」
「その通り。付け加えるならば、此処で暮らす僕も魔族の一人になる」
「リリーも?」
「うん、私もそう」
ビルマさんの呟きにオラヴィさんは応える。やっぱり、魔族なんだ。でも、魔族と言っても何処にでもいる普通の人と見た目が大して変わらないような?
ああ、今になって思えばここに来るまでに見た物は、自分の薄く朧げになってきた記憶の中にある物と似ているような? 異界人だからだろうか? ボクがそんな事を考えているとリリーはふぅと小さく為を吐き、ゆっくり、ゆっくりと前へと歩いて行きオラヴィさんの隣に立ち、ボクを見て薄く微笑む。
「とは言え、我々は君達と何ら変わらないがね」
「な、なら教えて欲しい。魔族はなぜ、自分達を魔族と名乗り姿を消したのだ?」
「ふむ、僕も親達から伝え聞いた程度なのだがそれでよければ教えよう」
そう前置きしてオラヴィさんは語った。曰く、自分達の世界で魔族達は生きていた者達の集まりで、その多くが各分野に置いて何かしらに秀でた才能があったと。ある者は科学に、ある者は魔法にと言ったように。しかし、それはあくまで個としてであったのにそれに気付かずに、自らの才能に自惚れて、身勝手な振る舞いを続けていた。自分達の愚かな振る舞いに気付いた時には既に手遅れで、集団に攻められ、個でしかない彼らは集団には敵わず、己の暮らす世界を逃げ出したのだと。当時の中心人物が自分と同じ境遇の者を集めたのが始まりであると
「自分達は間違えたのだ。同じ過ちを繰り返す訳にはいかない。自分達は辿り着いた世界に暮らす者達にとって異分子でしかない。そう判断して彼らはこの世界に来て何者かと問われた時に、自分達が名乗れるモノとして魔族を選んだのだそうだ」
そうだったんだ。そう言う理由で魔族を名乗り、関わりを拒絶して、ここでひっそりと暮らしている。
「教えてくれてありがとう」
「ま、面白くない話だっただろう? 」
「いや、そんな事はなかったわ」
「その際に、何名かは自分独りで生きると言って此処を去っていったらしいがね」
ああ、それの一人がカインさんの師匠なんだ
「……その魔族が、シアに何の用だ?」
「いや、その子にという訳でなく、たまたまその子が条件と一致してるだけで」
「どういうことだ?」
必要だから捜していると言われたらしいけど、何なんだろうか? その為にここに来たんだし、教えてくれるはず。まさか、ここまで来て教える必要はないとか言われたらどうしようか? その時はぶっ飛ばす?
「どう説明したものか……ああ…ちょっとした興味がきっかけでこの世界に伝わる昔噺などについて私は調べているんだ」
そう言うと、目を細めさせてボクを見てくる。思わず、後退りしてしまうと肩を竦ませる。
「ただ、その中で金の瞳を持つ者達がいて、何かしら超常の力を持っていたらしいんだよ」
超常? ボクが持っているような力を持っていた人がいたんだ。どんな力だったとか知りたい気はする。自分の持つこの力についてわかるかもしれないし
「で、その者達について調べていく内に興味が沸いた僕はリリーに捜しに行かせたという訳だよ」
「では、なにもシアである必要はないのか」
「うーむ。現段階ではなんとも言えないね。ま、今はこれくらいにしようか。我が家に案内しよう」
言うが早いか、オラヴィさんはボク達に背を向けて部屋を出ていく。
「どうしたんだい?」
「いえ、あのここに来る途中でカインさんと別れたんですが」
「カインと? 彼なら心配いらないさ。この村については彼も知ってるし問題ないよ」
「そうなんですか」
「ああ、彼はここにちょくちょく来てるしね」
だから問題ないと語るオラヴィさん。うーん、さっきの話について教えて欲しい事とかあったんだけども
「シア、とりあえず行きましょ?」
「あ、うん」
ミレイナちゃんの言葉に頷き、ボク達もオラヴィさんの後に続いて行くと来た道を歩いていき外に出た。先程までは居なかった人の姿がある。ボク達の前を走り抜けていく子供達を見て首を傾げてしまう。おかしいな、さっきまで誰も居なかったのに
「どうかしたかね?」
「あ、あのあの子達は?」
「子供だね。どうかしたのかね?」
「いや、道中で誰ともすれ違わなかったので気になって」
ああ、と呟きオラヴィさんは空を見上げる。空はいつの間にか青から茜色に染まっている
「この村の奥地にレジナルドが寝床にしている場所があるのだが、そこで遊んでいたんだろうね。ここの大人連中は自分の親達から引き継いだ物の研究とか、それぞれの仕事をしてんじゃないかな?」
そういうものなんだろうか? 広場の方に、カインさんが何やら村の人たちと話しているのが見えた。見た感じは親しげに見える
「さ、行こうか。こっちだ」
オラヴィさんに案内されて辿り着いた大きな屋敷があった。夕日に照らされてる和風の家で、なんとなく懐かしく感じている。
あれ、ボクの昔、住んでた家ってどんな感じだったっけ? そもそも、何を思って懐かしいと感じるんだ? ううん、それよりもかつての自分はどんなだったんだ? ああ、ダメだ。思い出せない。ズキズキと頭に痛みが走っていく。ダメだ。これ以上、考えるのはいけない。そうと分かっていても、ボクは考えることを止めることが出来なくて。痛みは激しくなっていく。ボクはなんだ? ボクはシア・ポインセチアで…違う。それは今の名前だ。昔は違った………はず。
「シア、いつまでそこ突っ立ているんだ…どうした!? 酷い汗だぞ!」
リントさんが何か言っているが、なんと言ってるか分からない。ズキズキと痛む頭を抑えてしゃがみこんでしまう。どうして、思い出せない。いや、原因は分かっている。自分のあの力を使う時に支払う対価で? 誰がそれを教えてくれたんだ? これを教えてくれた人物はどんな人だ? 分からない。でも、この事はこの世界に来てから教わったはずだ……震える身体を両手で抑えても震えは止まらない。痛みはより激しくなってボクの意識を黒く深い闇へと落としていく。
『シア、いけない』
だれ? だれかがボクに優しく告げる。
『今は何も考えず、おやすみ』
誰か分からない声の主の言うようにボクは瞼を閉じて、そのまま意識を手放した。何故か、これが正しい様な気がして
白い空間にいた。またここ? 何もない寂しい場所にぽつんと立っている自分。なんでここにいるんだっけ? 理由は覚えて、いる。考えないようにしていた事について考え込んで、誰かの声が聞こえて、たしかそのまま
「うーん、我ながらなんて情けない。みんなに心配かけちゃいけないのに」
うーん、やっぱり考えないようにしないといけないな。意識を手放して、ここに来てしまって、リントさん達に心配させてもいけないし。
「と、とりあえず起きたら。謝って。オラヴィさんに色々と質問しよう」
これからどうするか口にしている時だ。ふと、自分の視界の端からひらひらと一頭の蝶が飛んできた。青い蝶。唖然としてそのまま蝶のを眺める。蝶はクルクルとボクの周りを飛ぶと真っ直ぐ飛んで行く。その蝶を見て、手を伸ばすのも空を切り、何にも触れる事はない。自然とボクの脚は前へと進んでいく。まるで、そうするのが正解であるように誘われるように
少しでも読んで頂けたら幸いです




