第63話 隠者の声
此処に来るのは、唐突でいつも自分の意思では入ることができない。上を向けば満点の星空が広がっている。天高く浮かぶ月や星々は己の存在を主張するかのように淡い光を放っている。それは、どこか幻想的な夜空だった。思えば、いままでにこんな景色をボクは見たことがあるだろうか? 所々が抜け落ちて頼りない記憶を辿ってみたものの、思い出すことはできなかった。
「いままでのボクのこと、思い出せなくなってる。このまま行けばボクはボクについて思い出せなくなったりするのかな?」
その呟きに答える人は誰もいない。あの特典を使う為の対価を無くしてしまったらどうなってしまうんだろうか? 使えなくなってしまうんだろうか? わからない、そもそも、どうなるかが想像できない。ううん、ちょっと違う。想像したくない
『シア、そこに居るのか?』
考え込んでいたボクの頭の中に直接響くような声がした。ハッとして周りを見渡しも自分以外に人の姿は見えない。
『シア、シアよ』
聴き覚えのある声。この声は確か?
「––マクシ、ミリアン?」
『そうだ。よもや、我の事を忘れてしまったのか?』
いつかのように彼は空からゆっくりと降りてきた。白い鱗を持つ龍、マクシミリアン
『久しいな、無事でなによりだ』
「マクシミリアンっ!」
『ウヌッ!?』
ボクは彼の元まで駆け寄ると、マクシミリアンは身を屈めて頭を近づけてくれた。その頭にボクは身体を寄せてくっつける。突然のボクの行為に特に動じた様子もなく受け入れてくれた
「マクシミリアンだ。マクシミリアンがいる』
『それ以外の何に見える? まったく、何処を探しても、龍を相手に突然飛びついてくる阿呆はお前しかおらんだろうな」
「そう? 探せばいそうな気がするけど?」
『良いか? 元来ならば、人間達にとって我は忌むべき魔物の類でしかないのだ。で、あるからこそ、好き好んで無防備な姿を晒すなど論外だ。命が幾つあっても足らぬ。今後は控えるようにせよ』
「アハハ、うん。考えとくね」
やれやれと嘆息するマクシミリアンを見て、ボクはクスクスと笑う。怒られたけど、止めれるとは思えない。それにマクシミリアンなら、今みたいに許してくれそうな気がする。なんとなくだけど
『して、話しがあるのでな。いい加減離れてくれぬか?』
「あ、うん。わかったよ。それで、何かあったの?」
『用がなければ、其方に呼びかけなどせぬ』
あ、はは。ですよねー。うん、わかってた。つい、マクシミリアンの姿を見て嬉しくなってあんなことしちゃったけど。ちょっとぐらいいいじゃないか。あんな訳のわからない別れ方させられたんだしさ。
『…そうふて腐れるでない』
「別にふて腐れてないし」
『そっぽを向いておるのにか?』
「うん、気のせい気のせい」
気のせいデスヨー。別にふて腐れてないし、ボクは気にしてないし。君の誤解デスヨーだ
『お前が無事の姿を見せてくれて我は安心しておる』
その言葉を聞いてパッとマクシミリアンの方を見て、あ。と声を漏らして固まる。これではふて腐れてたのを認めたようなものじゃないか。クククと笑うマクシミリアン
「そ、そんなことより話をしてよ! 何か用なんでしょ!?」
『ああ、そうであったな。シア、森の外で何やら騒ぎが起きておるようだな? カインが森に戻って来ぬのだ』
……それは、マーカスさんの起こしてることが原因だろう。もし説明して、マクシミリアンなら何か分かるだろうか? 分からなくても何か助言してくれるかもしれない。そんな都合のいい期待をしながらボク口を開いた
「あ、あのね?」
『うん? どうした? 何か知っておるのか?』
『ちょっとだけ、だけど。実は––」
ボクが知ってる事を説明した。マーカスさんが魔物を瘴気を使って生み出している事。仮面を被った人達に妨害を受けた事。彼には鎧を着た騎士か兵士と思える人達を従えている事を。全部を話した。マクシミリアンはボクの話を聞いて、暫しの間無言だった
『そのマーカスなる者はエルフだと言ったな?』
「え、うん。そうだよ』
『……森の民であるエルフが穢れである瘴気を操るとは俄かには信じ難いが。然し、実際に生み出す場を見たか』
「どうかしたの?」
『いや、我は鳥達が騒ぐのでまた戦争が始まったのかと思っていたのだ。そうか、そのエルフはどこでその魔道書の存在を知ったのだ?」
それは、わからない。あの人が何を目的としてるかもわからないのだ
『そう気に病むでない。部下がおるとなれば以前より行動に移すつもりであったのではないか?』
「え?」
『状況は更新されたと口にするのなら、どの段階でかは分からぬが、既に今回の件は計画されていたのだろう。今、話を聞いて我が言えるのはこれくらいだ』
『うん、ありがと。マクシミリアン」
そうなんだろうか? リントさんの作戦行動中のつもりかとの問いに、自分はそのつもりだと答えた。あれ、でも、マーカスさんは軍を抜けてるんじゃなかったっけ? うう、わからない
『シア、その件もだが。あの時に我らを引き摺り込んだ者の事もある。気をつけよ』
あ……そう、あの靄みたいな奴も居たんだった。あいつは言ってた。器が出来るとかまた会おうとか。今の所は何もされてないけど、次はわからない。マクシミリアンの言う通りにした方が良いかもしれない。ボクは頷いた
瞬間、身体が薄っすらと透け出した。コレは
『時間か。では、シアよ。次の機会まで達者でな』
「うん。マクシミリアン。またね」
ボクは小さく手を振ると、彼が笑った気がだけどそれを確認する事は出来なかった。
目を覚ますと何か話し声が聞こえる。それとなんだろう。何かいる? なんなんだろう? 視界がぼやけたままだで。周囲を見回してみる。周囲に見えるのは多くの建築物とそれをぐるりと囲む鬱蒼とした樹々。どこだ、ここ? ボクが眠ってる間になにがあったの?
港町が森になってるんですが、これは? 段々と視界と意識がハッキリしていき周囲に見える人達の姿がハッキリとしてきた。リリーと、男の娘じゃなくてアレンに、ミレイナちゃん。あとビルマさんとカインさん。ついでにオッサンの姿があった。アレ? リントさん達はどこだろう? キョロキョロと辺りを見回して、それと目が合った。漆黒の巨躯に見合うだけの翼を持っている。一見するとマクシミリアンに似ているが、別物だ。
「シア、起きた?」
「あ、起きたんだ。やっほー、久しぶりー」
「ん、ちょっと待って。シア、固まってる」
リリー、アレン、ミレイナちゃんがボクに話し掛けてきた。それでも、ボクはソレ、黒い龍と目が離せなかった
『どうした? お嬢ちゃん。なんか用か?』
いえ、特に無いです。むしろ、貴方は誰ですか? と尋ねたかったが。ボクは固まったままで
『ああ、心配するな。お嬢ちゃんを取って食いやしない』
「ア、ハイ」
「そのドラゴンはカインの知り合いだそうだ」
と、すぐ近くでリントさんの声がした。どれくらい近いかと言われたら本当に近く。そういえば、ボクはさっきから何にもたれ掛かっているんだろうか? ゆっくりと視線を下ろしていく、髪の毛、誰かの背中、そして、リントさんの声はすれど顔が見えない。つまり?
「起きたか? なら、下ろしてもいいかな?」
正解はリントさんにおんぶしてもらっていた、でした。
「ひゃぁ!?」
「こら、暴れるな。今、下ろす」
「す、すみません!」
「いや、気にするな。眠ってる君を運ぶにはこれしかなかったしな」
「うう、すみません」
「気にするな。私は気にしていない。いいな?」
「…はい。えっと、その龍はカインさんの知り合い、なんですか?」
『うむ、名乗るのがまだだったな。ワシはレジナルド。カインのみでなく、そこのリリーとも縁がある』
え? リリーをチラリと見る。
「知り合いなのは事実だよ。で、手紙の人の寄越してくれた迎えでもあるけど」
『ウム、そう言う事になる。お嬢ちゃんが眠ってる間に着いたがな』
え、レジナルドの言葉を聞き、ボクは改めて、周囲を見回す。よく見れば此処は広場のようだ。ここを中心に点在する家々。その奥には朽ち果てた白い建物が見える。そして、取り囲むように生えている樹々がある。
「ここが、私が連れてきたかった場所。私の故郷だよ」
そう彼女、リリーは言ったのだ。何処か、ここじゃない遠くででガラスが割れる音がしたような気がしたのはボクの気のせいだろうか?
遂に出来た。ワレの器が、ナガカッタ。幾度と失敗したダロうか? ああ、だが、ソレモ、全てはこの日の為の礎と思えば感慨深くもある。
まだ、器が我に馴染まぬ為に動けぬが、それも、まあいいだろう。ククク、シアよ。いずれ、会いに行くぞ
少しでも読んでいただきましたら幸いです
一部修正しました。




