第58話 困惑する状況で
目的の町が目の前に見えてきた。潮の香りが届いてくる。海か、ああそういえば。昔、作戦行動の一環で移動中に、『彼女』が海岸を眺めていたので、どうしたのか尋ねたら海で遊びたいと私に提案してきた時はどうしたらいいのか困惑したことがあった。最近まで思い出さなかった懐かしい記憶が浮かび上がり、口が笑みを形作るのを自覚する
「………何を笑っているのですか?」
隣を歩く青年、ハルトが私に訝しげな表情をして私に尋ねてくる。ああ、そうだった。今も私は作戦行動中だったのだ。気を緩めてはいけない。そう己を叱咤し、気を引き締める
「いえ、つい昔を懐かしんでいたのです。さて、ハサンに着きます。私達の目的は覚えていますね?」
「………」
私の言葉に、部下が一瞬だが顔を反らす。しかし、すぐに私を見る。どうしたものか
「……各地で確認されている現象の調査、であります」
やれやれ……まあ、いいか。事実、私達の目的はそうなのだから。
「ええ、その通りよ。つけ加えるならば、その現象に関わりがあると予想されている少女との接触よ」
「そのような事はおっしゃられていなかったではないですか?」
「そうね、確かにその通り。ただ気になる噂を聞いたものだから、一応の確認よ」
「そう、でありますか」
「ええ」
そう、噂。ここに来るまでに経由した村や町で聞いた噂。両の目が、金と青と異なる少女が、例の発光現象の発生に関わっているという噂。
「………龍だけではないのね、貴女が関わりがあるのは」
ポツリと呟いた言葉は、この部下の耳には入らなかったようで首を傾げている。そうしているとまだまだ未熟な新人みたいで可笑しく、つい小さく吹き出してしまう。
「なにか?」
「いえ、何でもありません。さ、行きますよ。ハルト 」
「はっ、承知しました」
まずは、見つけるか。その間に、吹き出してこの部下の機嫌を宥めるのも悪くないか
「? いま、声がしたような?」
わたしは立ち止まり、空を見上げる空は生憎の曇り模様。頬を撫でる風は少し強めだ。気のせいなのかな?
「どうした、シア?」
「リントさん、さっき声がしませんでしたか?」
リントさんが怪訝な表情をして、辺りを見回す。わたしもそれに倣うことにする。人が行き交っている。
「これだけ人がいれば、声ぐらいするさ」
それはそうなんだけど、やっぱり気のせいなのかな? いま、誰かの声がしたような気がしたのに。ポンポンとわたしの頭に手を乗せてそのまま撫でてくる。最近のリントさんはわたしのことをまるで子供扱いだ。実際のわたしなら………はて、実際のわたしはなんだったんだっけ? わからない、思い出そうとしても思い出せないなんて。これもあの力の影響か
「気にするな。勘違いは誰にでもあるさ」
「……はい」
「さて、今日はユウキが説得に行っているがどうなるやら……ん?」
リントさんが撫でる手を止めた。どうしたんだろう? リントさんと表情が険しくなっていく。わたしはゆっくりとリントの向いている方を向く。そこにはこちらに片手を挙げて、歩み寄ってくる人がいた。笑みを浮かべながら
「……まさか、あちらから接触してくるとはな」
リントさんの口から零れた言葉にわたしは頷いた。なんでいるんだろうとか色々な言葉が浮かんでは消えていく。そして彼はゆっくりと口を開いた
「やあ、久しぶり。元気だった?」
「マーカス、さん?」
わたし達の旅団の旅団長のエルフ、マーカスさんが現れるなんて思ってもいなかった。立ち尽くすわたしとは違い、リントさんが駆ける。マーカスさんに迫り拳を振るうも、それを躱す。今度はお腹へと蹴りを放つもそれを掴み、防がれてしまう。マーカスさんが足を離し、溜め息を吐いた
「うお、ビックリした。やめたまえ、リント。こんな衆人環視の場で。まずは、話し合いにしないかい?」
「ちっ、貴方が現れたので、ついね」
「おやおや、条件反射で攻撃だなんて寂しいじゃないか? ねえ、シア君?」
話を振られて、思わず身構えてしまう。そんなわたしを見て、嫌われたものだと笑い、くるりと背を向けて歩き出す。
「仕方ない。まずは、相手の提案に乗るか」
そうだ、マーカスさんには確認しなければいけないこともあったんだ。ならこれはチャンスじゃないか。リントさんとわたしはその後に続いてき辿り着いたのは港にある倉庫のようだった。その中に入っていく、リントさんと顔を見合わしわたし達も中に入った。
中には、マーカスさん以外にも人が二人いた。二人ともフルプレートの鎧を身に付けて、剣を手に持っている。
「さて、何から話す? 僕にも話せる事と話せない事があるけど」
「なら、コイツ等は誰だ?」
「ああ、彼等は僕の同志さ。いわば仲間だね」
「仲間だと? 貴方は今、何をやっている? デイビットの言った、『状況は更新された』とはなんだ!」
そう、デイビットさんが言った。これは何を意味するんだろう? マーカスさんが顔に手をやり、静かに笑う。まるでわたしの知らない人のように見えた。一頻り笑い終えると、わたし達をそれぞれ見て、口を開いた
「文字通りの意味さ」
「作戦行動中だとでも言うつもりか!?」
「そうだ、我々はそのつもりだ。シア君、君は何かないかね?」
普段と違い、鋭く冷たい眼差しでわたしを見る。う、言わないと
「マーカスさん、教えてください。ミリアさんから聞きました。どうやって魔物を造ったんですか? 何が目的なんですか!?」
「その質問には答えれないな。で、ミリアは元気かい?」
「なんとか」
わたしの言葉に、そうかと呟き、わたし達の横を素通りし扉の前に絶った。話す事はないと言う事なんだろうか?
「シア君」
「なんですか?」
「境界の彼方より出でた者よ、我々は君には屈しない。無論、カインにもだ」
何を言っているのかわからず、首を傾げるわたし。そんなわたしを見て、ニッコリと笑い去っていく。ただそれを呆然と見送るしかできなかった。
「やれやれ、敵認定か。もとよりそうなると思ってはいたが」
「リントさん、どうしますか?」
「どうもこうもないな。一旦戻るぞ」
訳が分からなかった。マーカスさんは何を言っているのか、境界の彼方ってなに? わからない。マーカスさんに会えば、何か分かると思っていたのに、わからない事が増えただけ。いったいどうしたらいいの?
倉庫から出ていくリントさんの後を追い、宿屋へと戻っていく道中の事だった。優希が走ってくる。どうしたんだろう? 普段と違って慌ててるように思えるけど
「シア、リント。どこに行ってたの!?」
「えっと、マーカスさんがいて、話をしてたんだけど。何かあったの?」
「マーカスが? それは一大事ね、じゃなくて、軍が来たのよ!」
軍が? ああ、海賊の身柄を引き取りに来たんだ。それならどうして、こんなに慌てる必要があるんだろう?
「ユウキ、何が言いたいんだ?」
「ハルトよ! ハルトは軍としてここに来たの。よりによって、あの人を連れて―」
「―よりによって、とは。酷い言い草じゃないですか、ユウキ?」
優希が止まった。ゆっくりと優希が声がした方を向く。あれ、この声、聞き覚えがある。でも、あの人がここに来るだろうか?
「……バカな」
リントさんが呟いた。ありえない物を見ているように驚愕に目を見開いている
「リントさん?」
「シア、私は言ったな。上官は修道服を好んで着る変わった女だと」
確かに言っていた。でもあの人がそうだなんて思ってもいなかった。修道服を着たエルフの女性、シンシアさんがこっちに来て、わたしに気付くとにこりと微笑んだ。その隣に並んで立っているハルトとも目があったが、顔を反らされた。え、なに? なんで、そんなリアクションされたの!?
「久しぶりね、シア。それにリント」
「まさか、貴女が二人の上官だとは思いもしませんでした。上官殿」
まさか、本当にシンシアさんがリントさんの上官、え、でも、なんでハルトも、優希を見ると、無表情で敬礼をしていた。
「シンシアさん、貴女はいったいなんなの?」
わたしの言葉に反応し、彼女は答えた。
「ごめんなさいね。私の本当の職業は修道女ではなくて、この国の軍人なの」
「ええぇ!?」
宿屋でわたし達の泊まっている部屋へと案内し、シンシアさんがここ、ハサンに来た目的を語ってくれた。最近、発生している原因不明の発光現象の原因解明が目的らしい。それってまさか、わたしが原因ですかね? あはは
「そして、現地で聞いたら貴女に一致する少女の噂があったのよ。ここにいる冒険者や住人が貴女が引き起こしたと言っていたけど、どうなのかしら?」
「……それは、その、ええと」
リントさんと優希を見るも、二人して肩を竦めてきた。リリーは、隅でわたし達の事の成り行きを見守っているし、どうしよう? どうしたらいい?
「それは、事実ですけど。わたしだって、必死で!?」
と、外から悲鳴が聞こえた。悲鳴の他にも怒鳴り声に、金属音や何かが爆発する音。リントさんとシンシアさんがいち早く動き、窓の外の様子を伺っている。何が起きたんだ?
「見た限りでは、鎧を着た集団が襲っているようだ」
わたしも窓へと近付き、そっと様子を伺う。騎士甲冑を着た集団が逃げ惑う人達、或いは勇敢にも立ち向かう人達を殺していき、一ヵ所に集めていた。あれは、いったい何をしているんだろうか? わからないけど、いいことではないのは分かる
「見て、マーカスよ」
優希が指差した場所に、マーカスさんが居た。右手に本を持っている。あれは、魔導書?
「さて、始めよう。開け、深淵より出でし闇よ。死者を飲み込み、世の理を乱し死者の嘆きを満たす器を与えよ!」
マーカスさんの言葉に応えるように魔導書が妖しく輝きを放ち出すと、それは起こった。地面から黒い靄が現れて死体を飲み込んでいった。そして、死体の肌が膨らんでいき、異形な姿を現した。
「グルォオオォオオ!!」
異形の魔物が、その産声をあげた
お久しぶりです。少しでも読んで頂けたら幸いであります




