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この世界で  作者: 甘栗
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第56話 不安だけが顔を覗かせて

 わたしは、ここに来たことがある? いや、そんなハズはない。わたしは知らない。知らない、じゃあ、なんで来たことがあるだなんて感じてるんだ? そもそも、だ。この世界、メガリスに来て最初に記憶しているのは自分の姿を見て驚いたあの川だ………なんで驚いたんだったっけ? 今は、関係ないや。関係ない、よね?


『おヤオや、こレハ珍シいな。こんなトコにお客さんガ要るじゃないか』

「ひっ!?」


小さな悲鳴が盛れてしまった、わたしは恐る恐る振り返る。いつの間にかそこには、あの時出会ったあの黒い靄がそこにいた。顔も何もない黒い靄はただ、わたしを見ている。


『ようこそ、シア。我が城ニシテ貴様の器ノ生まれた場所へ。時間がどれほどアルか分からぬが歓迎しヨウ』

「わたしの生まれた場所?」


この場所をわたしは知らないのに、そう言われるとそうなのかもしれないと思ってしまいそうになる。わたしはいったいどうしたと言うんだろうか?


『その通りダとも。フム、ヤはり。実物が動いてイルのヲ見るのは感慨深いナ』

「………」


黒い靄は、あの時にわたしが何者なのかと質問したら、父であり母でもあり、わたしを造った者だと言った。その意味は今も分からない。


『ツイ最近まデは、その中央に居タノが懐かシク感じるナ』

「そんなこと、わたしは知らない」


黒い靄が小刻みに揺れる。顔がないから表情に分からないけど、まるで笑っているようだ。


『クックック。デアロウな、お前を出すソノ瞬間まで、その肉体はタダの空の器デしかナカッタのだカラ』

「それは、なんの話なの?」

『そう睨ンデくれルナ。お前に与えたその器ノ事ダが。オや、忘れたカ? 此方で活動スル身体がお前には必要だったダロう、アマミヤユウト?』

「!?」


靄の言葉を聞き、頭に強い衝撃を受けたような気がした。『アマミヤユウト』と靄が言った

それが人の名前なのは分かる。分かるけど、なんでわたしに向けて言ったんだ!? どうしてわたしは、こんなにも動揺しているんだろう? アマミヤユウトだなんて、そんな名前、分からない。わたしは、知らない


「ッ、だ、誰の事だよ。わたしは、違う……わ、わからない。そんな、そんな名前―!?」

『ヤハリか、これは愉快愉快。アァ、そうデアったな、そう言う対価デあったな』


何を言っているんだ、コイツは? ダメだ、考えても分からないし頭がズキズキと痛む。後退り、背中に水晶にぶつかる。ッ、頭が痛い。アマミヤユウト? 知らない。分からない。だと言うのに、なんでこんなにも懐かしい響きがするんだ!? 痛む頭を抱えて、膝をつきわたしは、その場に蹲る。痛い、頭が痛い。何かをわたしは、忘れている!?


『少しからかい過ぎたカ?………マあ、ヨい。我の器モ近々、仕上げトなる。去るがヨイ、今度、出会うのを楽しみにシテいる』


黒い靄の言葉に顔を上げる。黒い靄の中に金に輝く瞳が見えたと思った次の瞬間、視界が真っ暗になりわたしの意識は沈んでいった


『待ってオれ、今度は彼方の地デな

そして、貴様に与えタ『力』、ソノまマ行使し続けるがいい。我と貴様の為にも、ナ』


ふと、そんな言葉が聞こえた気がした。いったい、なんのことなんだろう? そんな疑問が浮かんだのを最後に完全に闇へと飲み込まれて落ちた



ガバッと上体を起こして、肩で大きく息をする。なんだったんだ、さっきのは? あの場所に懐かしさを感じたり、あの靄の言葉に取り乱したりするなんて


「は、はは。だめだ、さっぱりわからない」


わからない。本当に? わたしが忘れてるだけじゃないんだろうか? でも、だとしたら。わたしはいったい、なんなんだろ?


「あれ、シア。起きたの?」


優希の声が突然した。声のした方を見ると窓際に置かれた椅子に腰掛けて、グラスになみなみに注がれた赤い液体を飲んでいた。


「……何してるの?」

「さあ、なんでしょう?」


ふふ、と微笑みグラスを傾ける。あれはなんだろう? お酒?


「どうしたのかね、シア君。気になることがあったら言ってみたまえ」

「じゃあ、それはお酒?」

「さあ、どうでしょう?」


はぐらかされた。言ってみろと言うから尋ねたのに。わたしは、ベッドから降りて優希に近付く。優希はグラスをテーブルに置き、わたしを手招きしてくる。その手招きに誘われるままに更に近付くと両手が延びてきてわたしの頬に重ねられた。優希の突然の行動に驚いてしまい、言葉が出ない


「おりゃ~」


間の抜けた声とともに、頬に重ねられた両手で頬を引っ張られる。


「ゆ、ゆうひ!?」

「やーい、やーい、引っ掛かった引っ掛かった。何もされないんじゃないかと油断した君の負けだよ。お嬢ちゃん♪」

「はなひて、はなひてよ」

「何を言っているんだか分からないな」

「ひゃから、はなひてって」


クスクスと笑い、一向に放そうとしない優希。うう、どうしてこうなった? 優希はなにがしたくてこんなことするんだ?


「シア。降参かな?」

「こうひゃん。こうひゃん。だから、はなひてよ」

「そう。だが、断る」

「ゆ、ゆうひ!?」

「………やれやれ、仕方ないお嬢ちゃんだ」


やっと開放された。酷い目にあった。優希からちょっと距離を置き、非難の意味をこめて睨む


「だいぶ、うなされてたけど大丈夫?」

「え?」

「悪い夢でも見たのかな?」


さっきまでとは一変して心配そうにする優希。ひょっとして気を遣われたのだろうか?


「ちょっと、ちょっとだけ恐かった。恐い夢だったよ」


わたしの口から自然と零れた言葉に、そう。と言って立ち上がりわたしを抱きよせて頭を撫でてくる。


「そっか。恐かったの、ごめんね。無神経だった?」


わたしは無言で首を横に振る。頭を撫でる手が暖かくて目を閉じる。


「君は強い力があるくせに脆いなぁ」

「そう、かな?」

「うむ。あ、いやむしろちょろい? 悪い人に騙されないか、心配だなぁ」

「だ、騙されないし。それにちょろくないし」

「おや、こうやって甘えてきてる子の台詞かね?」

「こ、これは優希が勝手にやってるだけだし」

「はいはい、そうだったねえ」


優希は笑いながら、わたしを離した。顔を直視出来なくて視線を逸らす。何か言わなくては


「あ、あのさ!」

「なにかな?」

「わたしが眠ってから、あの後どうなったのか教えてよ」

「しょうがないな、シア君は。海賊は生きてる奴は全員、降伏してお縄についたわ」

「そっか、町の被害とかは?」

「この町で宿泊してた冒険者とかが鎮圧に手を貸してくれたおかげで、被害は一部で済んだわ」


そっか、よかった。ほっと胸を撫で下ろす。


「あ、そうそう。捕まえた海賊は軍に引き渡す手筈になってるはずだから、その時にはハルトが来るんじゃないかな?」

「ほんとに?」

「たぶん、だけどね。その間にリリーの用事を済ませたら済まそうってリントが言ってたっけかな」


チラリ、と優希がドアの方を見たのはなんでだろう? ドアの方を見てみるけど何もないことに首を傾げてしまう。


「さて、じきに夜も明けるだろうから船着き場で朝陽でも眺めると洒落こみましょうか」

「え?」

「さあ、着替えて着替えて」

「ええぇっ!?」

「おや、私とはイヤかな?」

「………イヤじゃない」

「そう、ならよかった。では、君の着替えを私が選んであげよう♪」


こうなったらなるようになれだ。それに、さっきは慰めてくれたんだ。それくらいなら付き合わないといけない。あ、そうだ。伝えてないじゃないか


「優希」

「ん、なあに?」

「さっきはありがとう」


そう言ってわたしが笑うと優希は少しだけ、ほんの少しだけ止まってしまり、


「どう致しまして」


と、笑い返してくるのだった





王都に戻るなり俺に下されたのは、『上官の指示があるまで寮にて待機』だった。上官か、小隊の上司はユウキだがその上となると、いや、しかし、あり得るのか? だいたい、あの人が自分から動くような人だっだろうか? そもそも、俺達にユウキを押しつけたのはあの人じゃないか


「ハルト・バークマン。入りますよ?」


と、扉の向こうから女性の声がした。来た、か


「どうぞ、開いております」

「では、失礼します」


中に入ってきた相手に思わず目を見開き、絶句する。その人物はエルフの女性だった。だが、普段と変わらずに修道服に身を包んでいるが、本当に出てくるとは思っていなかった相手だけに驚かずにはいられなかった


「ハルト、貴方は私と行動を共にし港町ハサンまで向かいます。異論はありますか?」


上官は、淡々と指示を伝えてくる。ん、待て。ハサンと言ったか?


「何故、ハサンへ?」

「先程、情報が入りました。ハサンに海賊が出現するも、これを冒険者らが鎮圧。海賊の身柄を引き取りに向かいます」


な、海賊が出ただと。ユウキ達は無事なのか? しかし、確認に向かうのは構わないが


「………それと、高密度の魔力と思われる光が現れたとのことです。これは以前に別の方面にて観測された光と同一の物と思われるでしょう。現地にてその調査を行うのが我らの任務です。理解しましたか?」

「……了解」

「けっこう、ならば向かいますよ」

「ハッ!」


………なぜだ、目的地に向かえるというのに良い予感がしない。それもこの人が来るからか? この人――近隣警備隊隊長であるシンシア隊長が一緒に行くからかなのか?


胸騒ぎを抑えて、俺は先に行く彼女の後に続くしかできなかった

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