第55話 落ちて沈んで
高密度の魔力の波が、一直線に進み海上に佇む船を貫き船体を大きく揺らすのを、私は見た。空を見上げれば碧く輝く魔法陣が、碧い燐光を降り注ぎながら地上を見下ろしている。また、光の奔流が走る、今度は船体を呑み込み破壊し、沈めていった。発生源たる『彼女』を見れば、先程よりも強く金の瞳を輝かし、彼女の前に立ち、事の成り行きを唖然と見守っていた男を睨んでいる。
それよりも、あの状態の彼女は私と同じ人間とは思えない。何処か無機質的な冷たさを感じてしまう。
シアの周囲に浮かぶあの光は、彼女の指示を今か今かと待っているように思える。何なのだろう、シアは? あの人が言っていた存在なんだろうか? そうなのかどうかは、あの人の元まで連れて行けば分かるか
「なかなかどうして。興味ありだね」
「リリー、何か言ったか?」
「なんでもないよ、ジョージ」
「そうか、立ってる奴の数が減ってきたからって気を抜くなよ?」
「むぅ、言われなくても分かってる」
さて、こちらも終わらせないと。見れば、ユウキにリントも戦ってる敵の数が二、三人といったところだし。さあ、始めようか
海賊は、沈んでく船を見て、立ち尽くす者、怯える者、などと、様々な反応を見せた。僕の前にいるオルドレイクは、拳を握りしめて構えてくる
「さあ、来なさいな! 生きるか死ぬかのこの稼業をしてるんだから、覚悟ぐらいはな、とっくに出来てんだよッ!」
怒声をあげて、僕に迫ると拳を振るおうとしてくる。それを光が反応し薄く広がり壁を作り出し攻撃を遮った。バチバチと火花を散らしながら拳の勢いを削いで防いだ。拳は障壁を貫くことなく止まっている
「ぐッ!? 何なのよ、アンタ。面白いじゃないの!!」
それから何度も、何度も障壁に攻撃を阻まれると分かっていながらも、攻撃を続けてくるオルドレイク。歯を食い縛り何度も振るわれる拳は火傷したみたいに赤く腫れてきているのに、まだ止めない
「……なんで、止めないの?」
「ハッ! 分からないの? なら、教えたげる。アンタ。アタシは殺し合いしてんの。分かる? 止めたきゃ、アタシを殺してみなさいッ!!」
そう吼えて、オルドレイクはニィと獰猛な獣のように笑った。そうか、なら僕もやらなきゃいけない。許さないと言ったのは僕じゃないか。なら、やるべき事は一つだ
宙に漂う光を見る。クルクルと舞いながら僕の指示を待っている。
「行って!」
その言葉に応えるように、光がオルドレイクに襲い掛かる。それを舌打ちをして躱していくオルドレイク。縦横無尽に攻める光はアイツの頬を、腕を、横腹を、脚を掠めていく。攻撃を躱すオルドレイクと僕との距離は段々と離れていく。右手を突きだし、光をまた集める
「チッ、また妙なことしようってか!?」
障壁となっていた光も消え、また宙に浮いていく。それを見ていたオルドレイクが走り距離を詰めようと、走る
「当たれええぇえ!!」
光は、僕の咆哮と共に僕の手から離れ、ただ真っ直ぐに駆ける。そのまま迫ってくるオルドレイクを呑み込んだ
「うあぁああ!!」
絶叫。光が過ぎ去っていくと倒れたオルドレイクがいる。指がまだ動いている。光をぶつける度にうめき声をあげる。よろよろとふらつきながらも、立ち上がり、ゆっくりと構えを取ろうとする
「ぐ……効いたわ、よ……はっ、悪かない。悪かないわ、アン、タ。最高よ」
「そう。僕は最悪だよ」
右手を天高く掲げる。空に描かれた魔法陣が碧い光を放った。それを確認し、掲げた右手を降り下ろす。すると魔法陣の中心から光の柱が現れ、オルドレイクを呑み込み地面にぶつかると衝撃で地面が揺れた
「がぁあああ!?」
光が治まり、魔法陣が消えていく時にはさっきまで立っていたオルドレイクが膝をついて僕を見ていた
「……ふふ、イヤになっちゃうわ。アンタみたいのに……熱くさせられて……このザマだ、なんて」
ぼくは、ただオルドレイクを見つめる。彼と目が合う。フッと一瞬だけ、笑うと倒れた
「終わったな」
突然、掛けられた言葉に驚きながらも声のした方を見るとリントさんがそこにいた。見た限りではケガはしてないみたいでよかった
「はい、リントさんは大丈夫ですか?」
「ん? かすり傷を少々もらったが、なに、大したことないさ」
「そうですか、よかった」
ほんと、よかった。一安心すると誰かがぼクに抱きついてくる。勢いのままに倒れてしまった。う、頭ぶつけた。痛い。
「シア~♪ 私も無事だよ」
「ゆ、優希。いたい」
「気にしたら負けよ。それとも、イヤかな?」
うっ、イヤかと言われたら別にイヤじゃないけど。だからって、そんな上目遣いとか反則だ。イヤだなんて言えないじゃないか。ぼくは、優希の髪に手を伸ばすとそっと触れて、微笑む
「ううん、イヤじゃないよ」
「そう、ならよかったわ」
チラリとリントさんを見る。微かに笑っているように見えるのは気のせいだろうか? 気のせいじゃないといいな。こっちに近づいてくる足音が聞こえる。上体を起こして確認するとミリアさんが、祐輔を連れて近づいてきていた。
「船長。気を失ってる奴の拘束は完了したわ」
「おう、そうか。こっちもなんとか終わったとこだ」
祐輔がぼくを見て、こっそりと手を振った。それにぼくは、手を振り返す。瞬間、僕の意識は途切れそうになった、視界が昏く黒く霞んでいくのを堪える。優希がぼくの顔を覗きこんでくる。彼女の瞳の中に映る自分と目が合った、気がした。また沈んでいくのか、僕は?
「シア、大丈夫?」
「おい、大丈夫かよ?」
優希と祐輔が声を掛けてくれた。それに答えなきゃいけない。また、視界が昏くなった
「っ、はは、ちょっと疲れたみたい。ぼく、ちょっとダメかも」
優希が、僅かに表情を動かした気がした。僕の頬に手を置き、額を僕の額に当てると目を閉じて、そう。と呟いた
「……ゆう、き?」
「じゃあ、ちょっと眠っちゃいなよ。ユー」
「……あは、はは」
視界が端の方からより深く黒に塗りつぶされていく。ダメだ、これ以上はもたない
「シア、お休みなさい」
微笑む優希、そんな彼女の言葉を聞いて、僕は抵抗するのを止めて意識を手放し深く深く沈んでいった。
水が滴り落ちる音がして、頬に何か冷たい物が当たった。わたしは、目を開けて現状です確認しようとする。頭がボーとする。立ち上がって周囲を見てみるか、視界は霞み、まだ意識は完全には覚醒してないようだ
「あ、れ。わたしは……たしか」
優希に促されるままに意識を手放して、それから? どうしたんだっけか?
「………ああ、またここか」
ようやく視界がハッキリしてきた。どうやらまた、ここに来てしまったようだ。前回はたしか、誰かの部屋だったけど。今回はどこなんだろうか?
目に映る物は、天を突き刺すように高く伸びる水晶が無数に存在する場所だった
「ここ、前に来た場所?」
そうだ、喋る樹がいる場所だ。でも、前回とは違って目の前に聳え立つ建物は初めて見た。前に進むしかないのかな
「遺跡、いや、神殿都会? とりあえずなにもしないよりは幾分かマシ、か」
建物の中に入ると、中には左右対称に羽根の生えた女性の像が置かれていた。そのどれにも手には水晶を持っていて、水晶が眩い光を放っている。その光が周囲を明るく照らしている。どうやら奥にまで道は続いているみたい
辺りを見回しながら、進んでいく。水晶は建物の中のあちこちにまで存在している。ここは、いったいなんなんだろう? 悩んではみても何も浮かばない。
「………とりあえず、先に進もう」
どれくらい進んだだろうか? カツンカツンと自分の足音だけが響く。どれくらいの時間が経ったのかすら分からない、目の前にやっと変化が訪れた、大きな扉が見えてきた
思わず駆け足で、近寄りその扉の前に立つと扉はギギッと音を経てて一人でに開いていった
「出迎えられてる?」
まさか、ね。中の様子を伺うと一際大きな水晶が中心に存在していた。その前には、大きな祭壇が置かれている。それ以外には、本が乱雑に置かれている。鎖が天井から所々から延びており、その鎖に何かが巻きつき吊るされている水晶の中に黒い影が見える
ごくりと唾を飲み、前へ前へと脚を進めていく。心臓がバクバクと早鐘を鳴らしている。さっきは遠くてよく分からなかったが、鎖により吊るされているのは、わたしと同じくらいの背格好をした人間のようだった
「っ!?」
思わず、後退る。吊るされているのはどれも白い布を被っているだけのようで他には身につけていないし、そのどれもが、性別もバラバラだった。目を閉じていて、まるで眠っているように動かない。中心にある水晶の中に見える黒い影も、どうやら人のようだ。女の子だろうか?
ゆっくりと近付き、水晶に手を伸ばし触れる。中にいる女の子は蹲り周りに吊るされている人のように目を閉じている
ここは、いったいなんなんだろう? 初めて来たはずなのに、どうして、こんなにも懐かしいと感じてしまうんだろう?
まさか、わたしはここに来たことがあるのか?
少しでも読んで頂けたら、嬉しいです!




