第53話 海賊
海上、それは海上を駆ける荒くれ者たち。海賊、それは、未だ見ぬ新天地を目指す冒険者。海賊、それは人から財産を奪い己の欲を満たす者。
「シア、なんか変なことを考えてる?」
「うっ、アハハ、何でもないよ。気にしないで」
「そう? なら、いいんだけど」
ふう、危ない危ない。つい、おかしな方に脱線してしまった。海賊が襲撃してきた、とさっき優希は言った
改めて、あの海に浮かぶ船に帆に描かれているドクロを見れば、なるほど、海賊が出たんだなと思う。目的はこの町での略奪行為だろうと予想する
「ユウキ、海賊の中に町に着いている者はいるか?」
「海賊船から小舟が何隻か出てたから、いてもおかしくはないかもしれないわね」
優希の言葉にリントさんはそうかと呟き、革製の鞘に納められた短剣を懐から取り出してわたしに差し出してきた。どういうことか分からなくてリントさんと短剣を交互に見る
「今の君は得物を持っていない。これを持っておくんだ。得物があると無いでは違うからな」
「え、いいんですか?」
「ああ、逃走を図ってもいいが、この町にはミリアがいるしな。それに」
「それに?」
「この町でハルトと合流する事になってる、でしょ?」
「その通りだ、仕方ないが撃退するしかない」
そうだ、この町には祐輔やミリアさんがいるんだ。ミリアさんは大丈夫かもしれないけど、祐輔が戦えるとは思えないし、戦わなきゃダメだ。わたしはリントさんから差し出しされた短剣を受け取る
「ねぇ、リリーはどうしたの?」
優希がこの部屋に来た時に、リリーの姿がなかったのに気になって尋ねてみる
「ああ、リリーは最初の砲撃があった時にあのジョージさんのとこに向かうって言って行っちゃったわ」
「そっか、なら早く合流しないとね」
「そうね。じゃ、行きますか」
宿屋から出た時に、また大きな音がし何かが崩れる音が聞こえた。
「港へ向かう。行くぞ」
リントさんの言葉に頷き、港へ向かう最中に逃げ惑う人達の姿を見て、沸々とわたしは怒りを覚える。とてもじゃないが許せるものではない。酷すぎる、絶対に止めなくちゃ
「シア、怒るのはいいけど。だからって、貴女一人が無茶してはダメよ?」
「優希、でもこんなのは酷すぎるよ」
「そうね、だから、お仕置きしに行くの。私達で、ね?」
優希はそう言って、笑って見せた。何か言わないとと考えてみるも何も言葉が浮かばず、わたしは頷くだけしかできなかった。そんなわたしに優希はそれでよし、と言って頭を撫でてくる。なんだか小さな子供をあやすみたいで気恥ずかしい。俯いたわたしの耳に優希の笑い声が届いた。うう、恥ずかしすぎる
「おい、お前ら。そこで止まれ」
港まですぐそこまでといったところで野太い声がした、声の人物を見るとごつい男たちが立ち塞がっていた。数は五人。わたしたちを見て、ニヤニヤと笑みを浮かべている。その男たちの手にはカトラスが握られている。その奥ではジョージさんとミリアさん、リリーが襲い掛かってくる海賊と相手しているのが見えた
「何か用かね?」
「ああ、用だ。まずはテメエらの有り金全部を置いていきな、そしたら命だけは助け―」
男の一人が言い終わる前に、その眉間に一本の短剣が突き刺さっていた。驚いた表情を浮かべたまま硬直している。他の四人の海賊も笑みを浮かべたまま止まった。そんな中、男の眉間に短剣を投げたリントさんだけは動き眉間に刺さった短剣の柄を握る
「一つ言わせて貰おうか、君達という奴等はどいつもこいつも同じ言葉しか言わないな。いい加減飽きたんだが、他に言う言葉がないのか?」
そう言い終えると、思いきり引き抜いた。引き抜かれた眉間からは血が湧き出ていく、返り血を浴びながらリントさんが男を蹴り飛ばした。蹴られた男は無抵抗に転がっていき、動かなくなった。顔に浴びた血を腕で拭いながら、特に気負った様子もなく
「さて、まずは一人。次は誰だ?」
そう言った。その言葉に海賊たちは怒りに肩を震わしている
「ふざけンなよっ!!」
「上等だゴルァ、やっちまえ!」
「どのみち、男は生かすつもりはねえ。命乞いしても許すなッ!」
「泣いて謝ってもタダじゃすまさねえ!!」
リントさんをそれぞれが手に持った武器で襲い掛かる。それらを落ち着いた様子で苦もなく躱していく、降り下ろされる刃を避けては相手の腹に蹴りを放ったり、短剣を投げ、それを弾かれると、その時には相手の真下に潜り込み垂直に伸びた足が顎に当てている。
優希は、ふぅ、と溜め息を吐くと天高く左手を掲げる。
「やれやれ、仕方ない~。リント君は……炎のよ、我が敵をその炎を持って飲み込み、滅せよ『フレイムエッジ』」
優希は詠唱すると、それに呼応するように優希の腕に赤い魔法陣が現れ、それを降り下ろした瞬間、上空から紅蓮の炎が降り注がれ、リントさんの背後を取った海賊の体を焼き貫いた
「ひぎゃあァアあ!?」
炎に体を飲み込まれた海賊は、必死に炎を振り払おうと藻掻き、バランスを崩し倒れこむと手足をばたつかせている。チラッと優希を見ると冷たい眼差しを向けたまま、何かを呟いている。一瞬、ほんの一瞬だけどわたしの方に視線を向けると苦笑いを浮かべ、すぐに無表情になり、足下に浮かぶ黄色の魔法陣、そして―
「『ライトニングボルト』」
無慈悲にも、魔法を告げると、幾つもの雷撃がその場にいる海賊たちに向かって襲い掛かった。
「「「あぎゃああァア!?」」」
何かが爆発する音と共に周囲に漂う生魚を焼いたような匂いがした。リントさんの背後を取った海賊がいた筈の場所には黒いシミと幾つかに別れた海賊だったモノが転がっていた
「……」
「やれやれ、仕留めれたのは一人だけ………ま、でもこれで私たちの相手は三人か」
優希は、冷たい氷を思わせるような声でそう言った。わたしたちが相手している海賊は片膝を地につけながらもまだ生きていて、こっちを睨んでくる。
「……ちっ、あの小娘、魔法を使いやがるぞ」
「ああ、舐めやがって、クソが……ぶっ殺してやる」
「ちきしょうが、このままで済むと思わすな!!」
海賊は悪態をつくと、立ち上がると二人は優希とわたしに、一人がリントさんへと迫ってくる。それを確認し、意識を戦いに切り替えなくちゃいけない。わたしは一度だけ深呼吸して、リントさんから受け取った短剣を鞘から引き抜いて構える
「シア」
優希を一瞥だけし、わたしは優希の前に出て駆ける。互いに走っている為、距離はすぐに縮まっていく。
「オラァア!!」
まず一人が、わたしにカトラスを横凪ぎに振るおうとしている。わたしは脚に力を込めて鼻っ柱に向けて蹴る
「グガッ、ッ、テメエ」
すぐに真横まで迫っていたもう一人がわたしに向けて腕を伸ばしわたしの胸ぐらを掴むとそのまま持ち上げられてしまい、わたしの体は宙に浮いた
「ヘヘっ、捕まえた。さて、どうしてくれようか、なァ?」
「っ」
バタバタと足をばたつかせるも無意味、鼻っ柱を蹴った方もわたしを見るやニヤリと笑みを浮かべて近寄ってくる
「さっきはよくもやってくれたなァ? 痛かったじゃねえか、オイ」
ぺちぺちとわたしの頬を軽く叩いてくる、く、しくじった
「シア、ご苦労様。ちょっと痛いわよ………『ライトニングボルト』」
背後から優希が魔法を唱え、雷撃がわたしを掴む海賊と近寄ってきた男に浴びせられる。その雷撃はわたしを掴む男の腕を通してわたしも受ける。視界が一瞬、だけ白黒に反転する。
胸ぐらを掴んでいた手が離されたのだろう、わたしはふらつきながらも地に足がつき、そのまま仕返しとばかりにわたしを捕まえた方の背後に回り込むと短剣を喉元に押し付け、そのまま引き裂いた。瞬間、引き裂かれた喉から鮮血が飛んだ。喉を引き裂かれた海賊は倒れこみ、口から泡を吹きながら痙攣し、やがて動かなくなった。リントさんの方も片がついたのかこっちに来る。残った一人を見る
「な、なんだよ。テメエ……んだよ、その眼、光らしたって怖かねえぞ!?」
そう言って、がむしゃらに武器を振り回してくる。わたしはそれを短剣を使って防いでいく。
「こんのクソが、くたばりやがれ」
「……いや、くたばるのは君だ」
「へ?」
背後に立っていたリントさんが、肩を掴み、振り向かせるとぶん殴り倒れさせると転がっていたカトラスを頭に刺した。
「まったく、君は。ヒヤヒヤさせるな」
「ごめんなさい」
「シア、大丈夫?」
「うん、なんとか」
「なら、いいけど。あらま、瞳が光ってるねえ」
「え?」
光ってると言われても、わたしは首を傾げる。瞳が光ってる? そっとわたしは光ってるであろう右目を覆う
「ユウキ、リント、シア、無事?」
リリーがわたしたちの側まで歩み寄ってきた。見ればその隣にはジョージさんとミリアさんがいた
「ああ、我々は無事だ」
「リント、それにシアちゃんにユウキまで!」
「まあ、なんだ。見た限り大したケガもねえようだし、やるな。海賊アイテニよく無事だったな。無事でなによりだ」
「ジョージさん」
「ん?」
「祐輔は無事ですか?」
ジョージさんは顎髭を撫でると、ニッと笑いわたしの頭をワシャワシャと撫でた
「他の奴らと一緒だ、だから、心配すんな」
「そう、ですか。よかった」
よかった。祐輔は無事なんだ。ホッと胸を撫で下ろす。
「あんら~、こりゃ随分とハデにやられてんじゃない」
そう言う男の声が聞こえた。その声のした方を見て固まった。たぶん、みんなもそうだろう。カツカツと靴音を鳴らしながらこっちにやってくる男がいた。黒いロングコートを羽織って、その下には白いワイシャツを着て、黒いズボンを履いていた。やや細身で筋肉質だった。
「まさか、アタシの子分を倒すなんてやるじゃないの」
みんな、沈黙している。そんなわたしたちを見て、現れた男は気を良くしたのか笑顔だ
「はじめまして、アタシが今、この港町を襲撃しているオルドレイク海賊団の船長、オルドレイクよ♪」
少しでも読んで頂けたら幸いであります




