第52話 私の話
「そうだね、大したものではないが……私が王都に行かないのも、いや、マイクに会おうとしないのも全ては私がまだ受け入れられていなからだが」
そう言って、リントは自嘲気味に笑う。瞳はじっとわたしに向けられたままだ
「私とマイクはね、今から八年前までは軍に所属し、同じ部隊に配属されていたんだ。そこで知り合い、気が合ったのだろうね。非番の時は大体は一緒にいて、町によく繰り出したものだ」
「へえ、そうなんですか……って、え!? リ、リントさん、軍に居たんですか!?」
「そうだと言ったろ? なんなんだ? その意外そうな顔は?」
「えっと、その、だって、そうは見えないですし」
「そりゃ今は軍服じゃないからね。それに私はあまり真面目な方ではなかったし当然だな。マイクは真面目な男でね、真剣に国に忠誠を誓っていたようだった」
リントさんやマイクさんが、元軍人? ちっともそうとは思えない。でも、だとしたらなんで辞めてしまったんだろうか?
「……所属した部隊は非正規の部隊で、上官はエルフの女だった。名前はわからない、彼女は我々に名を明かさなかった。私達が知る必要ないの一点張りでね、修道服を好んで着るような変わった女だった。
私達は彼女から手取り足取り、敵を確実に倒す技術を教わったよ。王都や周辺に現れる犯罪者などの撃退、ならびに抹殺が主な任務だった」
「抹殺? えっと、魔物の討伐はしなかったんですか?」
「しなかったよ。それは別の部隊の仕事だ。まあ、襲われたらその限りではなかったが」
「じゃあ、リントさんがさっき言った技術って」
フッと笑われた。ゆっくりと立ち上がり、私に背を向けて窓の前まで歩き、立ち止まった。そのまま振り向かずに言う
「そのままさ。私が学んだのは人を上手く殺す方法だ。」
そう、だったんだ。軍人だったんだし、当然の事なのかもしれないけど。リントさんは咳払いし、話を続ける
「さて。マイクは私はそんな部隊に所属して、四年が経った時だったか。
ある時、マイクは一人の女性と結婚して家族を作った。ハルトの母親となる人だ。私ももちろん、マイクの幸せを祝ったよ。」
いい話のように聞こえるのだけど、何かあったのかな? 後ろ姿からは何もわからない。
「その同じ年の冬の事だ。任務で近くの森に潜伏しているとされる賊を始末しろと命じられた。私とマイクにほかに上官のエルフの三人だけで任務へ向かった。アジトに速やかに潜入し淡々と任務をこなしたよ。ある者は命乞いし、ある者は逃げ出そうとする。そいつらを逃がさずに殺した。」
「……そうですか」
「そう。その帰りに追われている一人の女性を見つけた。そいつは此方に気付くなり、我々の方に向かってきて助けを求めてきた。話を聞いても、助けての繰り返しで、やむを得ず上官と私が追手の男二人を撃退し、保護した」
懐かしさを含んだ声。ゆっくりと振り返り、またさっきまで座っていた椅子に座った。
「保護した女性の名前をレベッカと名乗った。何処の出身とも何も語らない彼女を上官は監視と保護を兼ねて私に命じた。そうして、私はレベッカと暮らす事になった」
レベッカという人と、暮らすと言った時だけちょっと悲しそうに見える。ふぅーと深く息を吐いた
「レベッカは、月日が経ってもあまり自身の事を語らなかったが、私はそれならそれでいいと思った。時々見せる優しさや無器用なところに、共に暮らすうちに惹かれていってしまっていたんだろうね」
「えっと、それからどうなったんですか?」
「ああ、そうだな。それから、レベッカと私は夫婦となり、子供が産まれて、女の子だった。ルナルスと名付けて私は大切にしたよ。実に満たされた気持ちだった。あの時ばかりは神に感謝したよ。この幸せが続けばいいと思っていた」
いた、過去形。つまりはリントさんの幸せは長続きしなかった
「ルナルスが五歳になった時の事だ。軍を抜ける切っ掛けになる事件が起きていた。王都の中で殺人事件が起きたんだ。狙われるのは軍関係者とその家族だった。犯行は軍に恨みを持つ者が行ったのだと予想された
我々も協力していたが、進歩はなかったが……家へと戻ると家中が荒らされ、レベッカが、娘が倒れていた。そして、レベッカは息も絶え絶えに私に言った。自分のかつての仲間に襲われた。娘を守ろうとしたができなかった。ごめんなさいと」
「どういうことなんですか? どうしてかつての仲間だって、それになんで殺人なんかを」
「彼女の話だとね、旅団にいたらしいが過激派な者がより稼ぐ為に人身売買の依頼を引き受け、それに堪えきれなくなって逃げたのだそうだ。
で、たまたま任務で潰した奴らや撃退したのはその仲間で、連中からしたら報復行為のつもりらしい」
自分勝手な報復行為により、リントさんの幸せな突然に奪われてしまった。その時の怒りや悲しみはどれ程のものだったのかは私にはわからない。
「君が悲しむ必要はない。私はそれから怒りに身を任して探し回り、一週間くらいして、ついに見つけたよ。マイクの家でね。中でマイク、彼の妻に襲い掛かった奴らを容赦なく殺した。」
「マイクさんや奥さんは、大丈夫だったんですか?」
わたしの質問にリントさんは首を縦に振り、肯定する。よかった。
「これは、ハルトから聞いた話だが、マイクは幼いハルトと妻を、彼女の実家に帰したそうだ
それから私は軍を抜け。王都から逃げた。怖かったんだよ、あのまま、あそこに留まっていたらどうにかなってしまうそう感じた。それから暫くしてあの男、マーカスに誘われて現在に至るといったところか」
終わり、なんだろう。リントさんがじっとわたしを無言のまま見ている。リントさんにわたしが掛けれる言葉があるんだろうか? わからない、なんて言っても薄っぺらい気がしてしまう。情けない、何一つ言葉が浮かばないなんて、なんて情けないんだろう。悩むわたしの頭にリントさんの手が置かれ、そのまま撫でられた
「そう悩むな。過ぎた話だ、自分の中で清算は済んではないがもう済んだ話なんだよ」
「う、でも」
笑っているリントさんを見上げる。なんだかわたしがあやされているみたいだ。抗議のつもりで睨んでみるも効果はないようだ。というか本当に効果はないみたい
「甘いな君な。まあ、シアらしいか」
「バカにしてます?」
「いや、誉めてるつもりだ」
「むう、バカにされてる気がする」
「……さて、話は終わりだが、まだ私の頼みが残っているのだが」
あ、そうだった。お願いがあるって言ってたっけ。なんだろうか? わたしでも出来ることなんだろうか?
「さて、簡単なお願いだよ。私を支えて欲しい」
「えっ!?」
「何か誤解してないか?」
でも、支えて欲しいって言ったし。いったいどういうつもりなんだ!?
「君を、私の仲間としてこれからも側にいてもらいたい。それだけだ」
あ、そうだったんだ、誤解するなんて恥ずかしい。そうだよね、あり得ないよね
「あ、そうですか。それなら、喜んで」
すっと差し出された手を握る。その時だった。遠くで何かが爆破する音が聞こえた
「今のは、いったいなに!?」
「……やれやれ、まさか。厄介な連中が出たようだな」
呆れた様子でリントさんが窓を見る。わたしもそれに続いて外を見ると海に浮かぶ船が見えた。あれはいったい?
ドタドタと騒がしい音がして、扉が開かれた。優希が珍しく慌てた様子で入ってきた
「二人とも、ちょっといる!?」
「優希、今のは、なに!?」
優希が言おうとした時、また、爆発音がした。何かが当たったのか港の方で煙が立ち上っている。
「シア、いいか。出たのはね」
「あ、はい」
「………海賊だ」
はっ? わたしはもう一度海に浮かぶ船を見た。その掲げられた帆には白いドクロが描かれているのだった
少しでも読んで頂けたら、嬉しいです。




