第48話 わたしは拒絶する
『いやいや、これは驚いた。しかしな、シアよ。我はこんな事では愉しめないぞ?』
………アタマ、イタイ
『ふむ、お前が不覚を取ったからな。自業自得よ』
わたしは、どうすればいいの?
『フム。そうよな、蓋は緩くしてある故、其方に与えた力を使えばよい。力は使わなくて意味がない」
………ちか、ら?
『そうだ。最初に与えてやった力だ。さぁ、足掻け。足掻いてみせよ。そうして我を愉しませよ』
っ、うう、視界が霞んでる。それに、なんだか、頭が痛い。わたしはどうなったんだ? 後ろから突然、何かで殴られて、それから意識が急に途切れて? あの時、見た人はいったいなんだったんだ!? うう、分からない。ここは、いったい何処だろうか?
「あら、ようやくお目覚め?」
視界がはっきりしてないけど、声のする方を見る。ボンヤリとだけど、黒いローブを着た人物が座りながらわたしを見ていた。そうだ。この人に後ろから襲われわたしは!!
身構えようとしたのに、体が動かない。体が、じゃなくて手足の自由が効かない。唯一、動かせる首だけを動かして状況を確認してみる。わたしの両手は広げた状態で鎖に巻かれて固定されていた。足も同様の状態だった。必死に足掻いてみるもびくりともしない。
「目覚めるまで、退屈だっから十字架に磔にしてみたのよ。似合ってるわよ。どう、気分は?」
「さいあく、だよ。
貴方はだれ!? ここは、どこ!?」
「フフフ、ここは、教会の地下よ。アタシが誰かだけどね、それは言えないわ。でも、こうなる心当たりは あるんじゃない?」
はっきりとしてきた視界で改めて確認する。石で出来た十字架にわたしは磔にされているようだ
というか、磔にされる心当たりなんかない。あるわけがないじゃないか。わたしの様子を見て、ローブの人は―喋り方から察するに女性だと思う―はやれやれと肩を竦めさせてから立ち上がり、わたしの近くまで歩いてきた。その手にはわたしの槍が握られていた
「そ、それ!!」
「ええ、貴女の槍よ。少し借りるわね、大丈夫よ。すぐに返すから」
「……だったら、すぐに解いてほしいんだけど?」
「それは出来ないわね。貴女がアタシのお願いに首を縦に振れば、いいけど」
お願い? この状況だとお願いじゃなくて脅迫の間違いじゃないだろうか? 彼女は槍を持っていない左手がわたしの頬を撫でて、ゆっくりとした動きでそのまま下へと移動していく、首から鎖骨へとゆっくりと指を這わせていき胸の心臓がある辺りで止まった。その時のぞくぞくとした感触に身震いする
「………な、何をするのさ!?」
「あら、そんなに睨んだら可愛い顔が台無しよ? さっきも言ったじゃない、お願いだって」
「お願い?」
「そ、お願い。私達の行っている事を調べようとするのはやめなさい。そうすれば、自由にしたげる」
「断ったら?」
仮面を着けてるから表情は分からないけど、きっと、笑っているんだろう。
「断ったら、何度でも頼むわよ。痛い思いはしてもらうけどね」
「っ!!」
「怖いならすぐに分かるわね。じゃあ、早速。私達の行っている事を探ろうとするのはやめなさい」
……私達の行っている事?
「カインから、聞いてるんでしょ? それの事よ」
カインさんから、じゃあ、この人はマーカスさんの仲間。こんな力づくな方法を取ってくるなんて
「わたし、は。マーカスさんの口から聞きたい。なんでミリアさんを攻撃したのかを、なんで魔物を造ってるのかを」
「………だから?」
「だから、そのお願いは聞けない」
「そう、残念だわ」
彼女は、つまらなさそうに言うと槍を両手で構えてわたしのお腹に突き刺してきた。貫かれた痛みで、一瞬だけ視界がチカチカした。槍が刺さったお腹はそこだけが熱を帯びたみたいに熱い
「あぁぁあ!?」
「痛いでしょ? 痛いのはイヤよね。なら。言うことをききなさい。」
「…ぁ、あ。それは、できない」
「そ。じゃあ、もう一度」
「――――!!」
槍を引き抜き、鮮血が飛び散る。白い仮面にも掛かり紅く染まった。同じく血で紅く染まった刃を見せてくる。そして、また、わたしの体へと迫ってくる。
「我慢しない方が楽なのに、バカな娘」
ポツリと呟かれた言葉は、わたしの耳には届かなかった
「ふむ、成果なしか」
私は一通りの家を調べてから広場へと向かった。この村が廃墟と化した理由は分からずじまいか。ユウキが何かしら成果を上げてくれていればいいが。
そんな事を期待しながら向かった先には広場の噴水の縁に腰掛けたユウキとリリーの二人がいた。シアは居ないのか? てっきり三人で調べているものかと思ったのだが
「あ、リント。何か分かった?」
「いや、残念ながら。そちらは?」
「作物が育たなくてやってけないと書かれた日記があったわよ」
「そうか」
やれやれ、例の魔物は関係無さそうだな。くいくいとリリーが私のコートの裾を引っ張ってきた。そちらに視線を向けてやると小さく手を挙げている
「どうした?」
「シアはいないの? 貴方のとこに向かったはずだけど」
「いや、こちらには来てなかったが。君らと一緒ではなかったのか?」
「私が、リントのとこに向かわせたのだけど。どこに行ったのかな?」
三人で顔を見合わせる。シアは居ないのか。あの娘のことだ。どっかで彷徨っているのかもな。
「で、君達は調べてない場所はあるか? 私はあとはあの教会だけだが」
「こっちも教会だけね」
「そうか、では、行こう」
どうにもイヤな予感がするな。逸る気持ちを抑えて私は教会へと向かう事にした。
教会の中へと入り、周囲を見回し止まる。床に無造作に落ちている荷物が目に入った。ゆっくりとそれを拾い中を漁る。衣類やらがまだ新しい状態で出てきた。これはシア、のか?
「おや、リント。何か見つけたの?」
「ああ、どうやら。あの娘はここに来たようだ」
「そう、それが落ちているということは何かあったのかもね」
「だろうな、固まって探すぞ」
「了解よ。無事だといいけど」
そんな事を言うもんじゃない。私はユウキの頭を軽く小突いた。まったく、無事でいてほしいが
「さて、答えは変わったかしら?」
わたしは、小さく首を横に振る。胸やお腹の辺りを滅多刺しにされて凄く痛い。涙が止まらず頬を濡らして滴り落ちていく。そんなわたしにまた槍が突き刺される。感覚がマヒしてきたのか痛みを感じないけど、血は刺される度に出ていく。
「ふう、これ以上は死にかねないわよ?」
「…………死?」
「ええ、死。こんなに出血してるし避けられないかもね」
また槍を刺そうとしてくる。
それより、死。死だって? いやだ、まだ死ねない。死にたくない。そうだ、死にたくない。こんな事になるくらいなら『僕』は対価を払ってしまおう。蓋は緩くしてあるらしいし。まだミリアさんに会ってないんだ、まだやりたい事があるんだから
父さんが言ってた。『ケンカの時は、使える物は何でも使え。僕は女の子よりも弱いんだから』って、だから、使おう。何かが、また、僕の中から抜けていく感じがした。その後に、身体中に熱が走る。じわじわと熱が伝わってくる。さっきまであった痛みがゆっくりとなくなっていく
「さ、もう一度問うわよ? って、なに、この光は!?」
「が、ああ、ぅう、ウアアァアア!!」
光が、僕の絶叫に答えるように渦巻き、出口を求めて天井を破壊していく。僕を縛っていた鎖が壊れ、十字架も壊れたのだろう。ゆっくりと僕は床に足をつける、これでわたしは自由だ。キッと僕は目の前の敵を睨む。
「これは、何が起きているのよ!?」
「……さっきは、よくも、よくもやってくれたなァアア!!」
ダメだ。許せない。許しちゃいけない。倒さなきゃ、僕は目の前で戸惑っている敵を倒すんだ
「……なるほど、貴女は、小さな石ではなかったわけね。いいわよ、やってあげる」
彼女は、さっきまで持っていた槍を投げ捨てそう言って壁に掛けてあった大剣を握り、切っ先を僕へと向けてくる。
淡い碧色の光は、わたしの周りをくるくると回っている。その数は減る事はなく増えていく
さあ、戦闘開始だ。
少しでも読んでいただけたら、幸いです




