第47話 不覚
「へえ。じゃあ。シア君はアスビスを離れたのかい?」
そう僕が、尋ねると彼は、この新しく手に入れた拠点の一室に置かれたイスにどっかりと座り、机の上に足を乗せて、天井を眺めながら肯定を示すかのように右手だけ挙げてくる
「そうか。それで、そんな事を報告する為だけに戻ってきたのかい?」
天井をボンヤリと眺めながら無言。行きはノリ気だったくせに帰って来てから『彼』は、ああやって腑抜けている。腕が鈍ってしまったのかねえ。それとも、歳か?
やれやれ、僕は側まで近付き、顔を覗く。が、ダサい仮面を被ったままで表情が窺えない。被ったままだったのか、そうならそうと言ってよぉ~。ま、聞いてくれないだろうが
「………ずっと前からさ、俺達の戦争は、もう終わってんだよな。マーカス」
「そうだ、あの戦争は終わっている」
「そっか、じゃあさ―――」
当たり前だ、ルミナとみんなで駆け抜けたあの戦争は、とうの昔に残念だが終わりを告げている。何を当たり前な事を言ってるんだ? じっと仮面の奥の瞳を見る。『彼』の、黒い瞳と目があった。ルミナと同じ色の瞳と
「――じゃあさ、俺達は何をしてんだろうな? 答えてくれや、戦友」
「…………」
「教えてくれ、マーカス。俺達は居間、何を成そうと動いてるんだ?」
「……それはな、戦友
悲願だ。あの頃を取り戻す為のね。今更、降りれないぞ?」
「だな、そうだったよな。ああ、もうそれしか出来ねえもんな
途中下車は出来ないんだ、降りる方法は死ぬほかにねえよな」
「分かってるなら、行動に移すんだ。ほら速く行きな」
ゆっくりとした動きで、彼がイスから立ち上がり頭を掻きながら部屋から出ていく
「ほらほら、いってらっしゃいな。僕らのこの手に輝かしい勝利を、ってね」
僕の何気なく発した言葉を聞いて立ち止まってしまった。どうしたかね?
「ソレ、懐かしいなぁ、久しぶりに聞いたぞ」
「あれ、そうだっけ?」
「そうだよ、久しぶりだって。んじゃ、行ってくる」
「はいはい、いってらっしゃい。無事の帰還を願うよ」
「ああ、行ってくるよ」
彼の背中を見送り、独りになった部屋で僕は懐から取り出した本の表紙を優しくさする
「彼でも、大丈夫だろうけどね。先に行って相手してきてくれないかね?」
「……あんな娘が、我らの目的を妨害できるとは思わないが?」
僕の呟きに応える声が、一つあった。居たのは知ってたから驚く必要もないので、そのまま僕は続ける
「でも、僕らに疑惑の目を向けてるのはカインと彼女達だけだし。小さな石だとしても排除しないと」
「珍しく慎重だな。わかったよ。幸い、あの辺りなら一つ心当たりがあるしな」
「頼むよ」
さて、どうなる? どうなっても僕のやる事は一つだが
「まだだ。まだ狩り時じゃあない。待っていてくれ、戦友よ。まだ時間が掛かりそうだ」
僕の言葉を聴くモノは、この瞬間、この場所には誰も居なかった
さて、アスビスを出発して三日が経ったけど。私たちは港町に向かっている訳だ。目的地は、まだ遠い。急いでも仕方ないとリントには注意を受けてしまったけど、急がないと何があるか分からないんですが
「だがな、シア。目的の為に焦り目先の問題を無視しては思わぬところで躓いてしまうんだぞ?」
「あ、焦ってるわけじゃ」
「そうか? そうは見えなかったがね」
頭に手を乗せ、よしよしと言って撫でてくる。まるで小さな子どもに対する扱いじゃないか
「リントさんっ!」
「ハハッ」
見上げながら、非難の視線を向けるも笑って流されてしまう。なんか、再開した時から子ども扱いを受けてるんじゃないかと思うのは気のせいだろうか?
「ね? リリー、言った通りでしょう?」
「うん。見てると親子の触れあいに見えてくる」
後ろから、そんな事が聞こえてきた。後ろにはリリーと優希がいて、私とリントさんのさっきまでのやり取りについて言いたい放題に言っている。わたしは、後ろに下がる
「あら、シア。お父さんとはもういいのかな?」
「あのね、優希。分かってるだろうけど、わたしとリントさんは」
「親子でござる。そう見えたでありんすよ。」
「語尾がおかしいよっ!? あと、どっちかにしてよ」
「じゃあ、ごじゃる」
「なんで!?」
ダメだ、優希には敵いそうにないや。チラッとリリーを見ると花が開いたみたいに綻ばせ、くすくすと笑っていた。
「うう、リリーまで」
「ごめんね。でも、ついおかしくて」
そう言って、目元にうっすらと浮かんだ涙を拭っている。あれから、三日。リリーとは打ち解けてきたと思う。これも優希がいるお陰なんだろうなぁ、と思うけど恥ずかしくて本人には言えない
「お嬢さん達、目の前に建物が見えた。今日はあそこで休むとしようか」
「わかった」
「あ、はい」
「了解したわ」
リントさんに返事をしてから、指差す方を見るとまだ小さくしか見えないけど建物が見えた。今夜は屋根つきの場所で夜が明かせるのかとホッとする。
野宿がイヤなんじゃなくて、夜に魔物が現れないか不安になってなかなか寝つけれない。一回だけ、本当に襲ってきたし。優希だけは魔物が襲ってきてる中、熟睡していた。それを見て、大物になるなとリントさんが言って、リリーが頷いていた
村だと思って、着いた場所は廃村でした。じゃなくて、まさか廃村だなんて、ツイてないなぁ。ついでに雲行きまで怪しくなってきたし
「あらら、魔物かしら?」
「さあね。辺りを調べてみないと何とも言えないな」
「あの教会は、あまり壊れてないみたいだけど」
「確かに、わかった。じゃあ辺りを調べてみようか」
リントさんは、一人ですたすたと村の中に入っていってしまった。どうしよう?
「では、行きましょうか。いくらリントと言えども、一人は危険かもだし、シアはリントを追って」
「うん、わかった」
「後で広場に合流だからね」
優希に言われた通りにリントさんを追って走ってみたのに、姿が見えないってどういうことでしょうか? とにかく、探してみよう。取り敢えず、教会を見てみようかな
扉を開き、中に入って中の様子を見てみて、壊れた石像やらイスやらは目に入るけど、他には見当たらなかった。ひょっとして、二階とか礼拝堂の奥だろうか?
「リントさん、居ないな」
ぞくり、後ろから誰かに見られているような視線がする。でも、後ろはわたしがさっき入ってきた扉だけ。振り返ってみる? ああ、でも、もしリントさんじゃなかったらどうしよう?
そっと振り返ってみる事にしたけど、そこには誰も居なかった。気のせい? まあ、気にしても仕方ないよ、ね?
礼拝堂の奥の一つの扉を開いてみた。この部屋にはリントさんは居なかった。狭い部屋に、窓には金網が敷かれていて、イスが備え付けられている。こう言った部屋をなんと言ったっけか?
「?」
また、あの視線がする。また振り返ってみるもいない。………教会はみんなで調べた方がよさそうだ。部屋を後にして、礼拝堂の方へと戻る
そして、戻った礼拝堂はなんだか様変わりしていた。開けたままにしていた扉が閉められていて、ご丁寧に木の板が握り手に差し込まれている。あれ、なんでだろうか? 不思議に思いながらも木の板を引き抜こうと近付いた時だった。背後から足音がして、頭に殴りつけられたような激痛が走り、倒れてしまった。
「あぐっ!?」
ボヤける視界で見上げるとそこには、仮面をしてローブを着た人物が立っていた。じっとわたしを見ている
「ほら。このお嬢さんに邪魔できるわけがないじゃない」
ローブの人物がそう言ったのを聞きながら、わたしに対して手を延ばしてくるのに、わたしは意識を手放してしまったのだった
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