第45話 現実への帰還
「………ここ、は?」
わたしの言葉に応えてくれる者はなかった。あの不気味な声がしなくなり、視界を覆う闇が無くなってからマクシミリアンはいなくなっていた。気がつけばわたし一人だけになってしまっていた。辺りを忙しなくキョロキョロと見回して見たものの、マクシミリアンの姿は何処にも見当たらないのだ
その代わりに、わたしの視界に映った物は、異様な光景だった。天高くまで伸びた色鮮やかな水晶群、その水晶はまるで鏡のようにわたしの姿を映している。眼前には一筋の道しかない。微かに見える空には月が浮かんでいるのが見えた。
わたしは、転ばないように気をつけながら、進んでいく。耳に届く音はわたしが歩く度に経てる足音だけだ。それ以外の音は一切、聞こえてこない。
あの声はなんだったんだろう? わたしの事を知っているようだったけど。いや、『わたし』をというよりかは、この『体』を、シア・ポインセチアについて知っているように思えた。何者なんだろうか? だけど、あの拭いきれないような恐怖はイヤだ。あの声が……恐い。恐くて堪らないのだ。思わず歩みを止めて立ち尽くしてしまう
もし、このまま進んであの声の主と会ってしまったらどうしよう? と、不安になってしまう
「……ここで、アレコレ悩んでも仕方がない、よね?」
わたしは、自信なく呟いた。当然だけど、その言葉に返事は返って来なかった。今は前に進むしかないか。両頬を軽く叩き、気持ちを切り替えたつもりでわたしは、歩くのを再開させた
暫くして、視界が開けた場所に出た。空には場所の中央には一本の大きな樹がそびえたっている。樹と、言っても、近付いてよく見ればその樹が水晶で出来ているのだとわかった
「水晶で出来た樹?」
一本の大樹は、月からの淡い光を受けて、光を反射し、自らが輝きを放っているかのように周囲を照らしている。その余りにも幻想的な光景に思わず魅入ってしまった
「うわぁ、キレイだな」
ゆっくりと近づいてから、そっと樹の幹に右手で触れる。手からは冷たい手触りが伝わってきた。冷たいけど、不思議と落ち着く。恐いとは一切感じない
ドクン、と幹から鼓動が聞こえた…ような気がして思わず、手を離し後退りする。今のはいったい? もう一度だけ幹に手を伸ばす。手からは確かに、ドクン、ドクン。と脈打つ鼓動の音が伝わってくる
『安心シテ。シア』
わたしを宥めるように優しい声が聞こえた。この声は……、ぼくは、どこかで聞いたような気がする。何処だっただろうか?
「え?」
『ボクは、君ノ味方ダから』
「……誰?」
『フフ。さァ、誰ダろウね?』
わたしの問いかけに、はぐらかすように言葉を返してくる。自分はこの声を知っているのに、誰だったか思い出せない
『この世界でハ、ボクを思い出スのは難しイカもね。久しぶり、元気だったカイ?』
ぼくは、その言葉に頷いて応える。見えているのか樹? は、満足そうに良かったと呟いた
『此処ハ、人々が足を踏み込めない不可侵領域。無意識の最奥にシテ、世界の裏側ダ』
「不可侵領域?」
『そウだよ。肉体を持っていては入れない空間ダね』
不可侵領域、世界の裏側。なのにわたしはここにいる。夢を見ているから?
『元々、君ハ、君ノ身体は、此処で生み出しタから。進入する事ガ可能ナんだ』
「此処で?」
『そウ。君の身体ヲ此処で生み出サれタ。そして、君と招き入れタあの主ハ、似た存在だ。』
わたしとあの声の主は似た存在? どういう事だろうか。此処で生み出したと言われてもサッパリ分からない。
『任が解かれ、モう。会えないと思ってイタのにネ。また会えるなんて………アぁ、こんなに満たされた気持ちは初めてだ』
「君、前に会った事ある?」
『さあネ、シア。マクシミリアン、あの白龍は既に、ボクが帰シた。後は、君だケだ』
「……マクシミリアンは、無事なんだよね?」
『ウン。無事ダよ。君ヲ無事に帰しテクレと頼まれた』
そっか、マクシミリアンは無事なんだ。良かった
安心するわたしの様子を見て? 樹が静かに笑い声をあげた
『このマま、進んで。泉ノ中心に立つンだ。そして、願うンだ、それで、君ハ目を醒ます』
「ありがとう」
『礼には及バなイヨ。シア、君ハ現実に帰り、君ニ待ち受ける苦難ヲ乗り越えナさい』
「う、うん。またね」
小さく手を振り、わたしはその場から離れる。途中、何度も樹の方を振り返りながら
行ったか。まったく仕方ない娘だ。あんなに振り返らなくてもいいのに
『………まタね、カ。モウ会えナい方が互いの為なんだけどね』
相変わらず変わっていないね。シア、いや天宮悠翔。君を選んだ事を後悔はしてないけれど。やれやれ、まさかボクが心配するなんてね
『なぜ、進ませた?』
『主』の声がする。ボクは主の疑問に答えなくてはならない。言葉を考えて答える
『マダ、此処に来させるベキデないと判断しました。いけなかったでしょうか?』
沈黙。何か考えて『そうか、今回は赦す』と返ってきた。それにしても主の声はすれど姿が見えない。どうかしたのだろうか?
『マスター。なぜ、お姿ガお見えにナラないのですか?』
『創作意欲が湧いたのだ。シアの動く姿を見てな、我の身体を分解して作り直しておる』
『そうデシたか』
『我がシアと再度、会うのに相応しい身体にするつもりだ。それに久しぶりに地上に興味が湧いたのだ。最近、障気を扱う者が出てきている。その者にも会いたくてな。不服か?』
よく言う。ボクに否定権など存在しないと言うのに分かっていて聞いてくるだなんて、人が悪いにも程がある
それよりも、まずい事になったな。主がシアと直接、出会う気になったとは。いや、何を考えているんだ、ボクは。主よりもシアを優先に考えるだなんて、あってはならない行為じゃないか
『………情が移った、カ』
『どうした?』
『いエ、ナンでもありマせん』
あってはならない行為だ、ボクにとって主こそが絶対でなくてはならないというのに。あの危なげな子に絆されるなんて赦されない。やれやれ、ボクもまだまだ甘い、か
どれくらい進んだのだろう? どれだけ進んでも変わらない光景にそろそろ退屈さを感じ出してきた。進むのを再開し出した頃は、進みながら所々に存在する水晶に映る自分の姿を見ては少しはしゃいだりしていたのに、それにも飽きてきてしまった。だけど、ここに来た時はそんな事をする余裕もなかったのに、マクシミリアンが無事なことが分かり、帰れると知るや否やこれである。我ながら現金だなぁと思ってしまう
そして、たどり着いたようだ。あの樹が教えてくれた泉に。泉の周辺を蒼い光がふわふわと漂っている。えーと、泉の中心に立つんだっけ? コレ、水の中に落ちたりしないだろうか?
恐る恐る、片足を水面に触れる。水面が揺れて波紋が広がる。立てるんだろうか? でも、中心に立てと言われたし、立てるはず
「ええい、当たって砕けろだっ」
ヤケクソ気味に叫び、目を瞑りながらジャンプしてみる………な、何も起こらない? 目を開けてみるとわたしは水面に立っていた。そのまま跳び跳ねてみたりしても水没する気配はなかった。おお、ちょっとだけ感動した
教えてくれたように、わたしは泉の中心に立ち、思う。現実の事を
「帰るんだ。現実に、わたしは起きなきゃ」
ひたすら、帰ることだけを念じ続ける。わたしの足元から大きな波紋が広がると水面が大きく揺れて水飛沫を起こした。宙を舞う水飛沫はそのまま落下するのではなく、わたしの周りへと集まってくる。集まっている水飛沫が一つの意思を持っているかのようにわたしを包み込んでいく。
「……………ぁ」
視界が暗転する。世界が色を失っていくのを見た。そして、わたしの意識もまた――――
「っ!!」
目を醒まし、ガバッと上体を起こしてベッドから降りた。窓から見た景色は、まだ夜ではあったが、見慣れた町の様子だった
「帰って、これた?」
どうやら、帰ってこれたらしい。額に浮かぶ汗を拭う、わたしは安心してほっと一息吐いた。そのまま寝直す気にもなれず寝間着から着替えて、家から出た
なんだか、疲れた。夜空に浮かぶ雲はきちんと動いている。そんな当たり前のことにまで安心してしまう
そろそろ、眠らなきゃいけない。そう判断し家の中に入ろうとした時だった
「見つけた」
後ろから、鈴を鳴らしたかのような声がした。慌てて振りかえると小さな女の子が立っているのだった
「やっと、見つけた」
女の子は、わたしにそう言うのだった。
現実への帰還しました!
ド阿呆、ここの字が間違ってんぞ!!みたいに誤字、脱字がありましたら教えてください。
少しだけでも、読んで頂けたら幸いであります




