第40話 わたしと、あの人
久しぶりのあの人登場回になります。
目の前に、見える光景に俺は、立ち尽くすだけしか出来なかった。倒した魔物は、確かに見たことのない魔物ではあったが、警戒さえすれば大したことのない相手だった。だから、シアが死体に近づいたが止めはしなかったし、止める必要はないと判断した
あの黒い煙、瘴気が死体から湧き出るまでは、瘴気はこの世界の歴史に古くからつき纏う悪しき穢れだと言われている。体に浴びてしまえば、悪影響を及ぼす穢れ
それに、飲み込まれていったあのバカを助けに行く事も俺は出来たはずなのに、思わず足が止まってしまった
「ハルトっ!」
後ろから掛けられた声に振り向く、ユウキだった。普段のユウキからは想像もつかないくらいに表情に焦りが見える。
隣で止まると、今も尚、立ち上る瘴気を視線を反らす事なく睨んでいる。
「あの子は?」
「……まだ、中だ」
「そう」
ゆっくりと前に進もうとするユウキ。思わず、腕を掴み歩みを止める。俺を見上げる顔には、なぜ邪魔をするのかと言わんばかりに苛立ちが浮かんで見える
「何する気だ!?」
「なにって、シアを助けるのよ」
「分かっているのか? 瘴気は―」
「―だからと言って、晴れるのを待っているのはあの子にとって安全なのかしら?」
「っ!?」
「どのような悪影響を及ぼすか分からない。
それは、今もあの瘴気の中にいるシアにとっても言える事だ。そうと分かっていて見ているのか?」と、言外に含まれているのだろう。分かっている。だが、ここでユウキを行かせるのが正しいとは思えない。
「おい、あの嬢ちゃんは?」
「あの瘴気の中よ」
「……マジで?」
「それは、なんかの冗談ですよね?」
駆けつけてきた連中の言葉に対し、俺は何も答えれない。
「なんとかならないかな?」
「ムリ、瘴気は危険だし」
その時だった。瘴気の中から眩しい蒼色の光が見えだしてくる。
「あれは、なんだ?」
「わからねえ。わからねえが、ビルマ。なんか起こってんのは確かだ」
光は、瘴気を貫きまだ輝きを放っている。あれは、何なんだ?
「………シア?」
ポツリと呟いたユウキの言葉に、俺を含めた周りの連中がユウキに視線を向けた
「シアが、何かしたのかも」
「まさか、ありえん? なんでそう思うんだ?」
「だって、あの中にいるのはシアだけだし、それに……ううん、なんでもないわ」
「ユウキっ!」
「………その人の言う通りかは見てれば、わかるかも」
この小さな魔法使いの言う通りか、シアかどうかはそれで分かる。だが、ユウキは何を言いかけたんだ? ただ祈るかのように、瞬き一つせずに見続けるユウキ。俺は、がしがしと頭を掻き漏れだす光を見る事にする
光は幾重にも折り重なり、瘴気を貫き、輝きを放ち続けている。
「アレ、あの光は魔力だ」
「そうなの、ミレイナ?」
「たぶん、何らかの魔法とかが行使されてるのかも
ただ、瘴気のなかであそこまで魔力を出せるのは疑問だけど」
そして、ついに光が瘴気が吹き飛ばした。中から淡い光を纏い宙に浮かぶシアの姿が現れる。閉じられた瞳がゆっくりと目蓋を振るわし、開いた……その両目は淡い輝きを纏っていた
「………」
死体の姿は何処にも見当たらない。見た限りでは特に異常は見受けれないが、あの状態はなんだ?
シアは、どこか視線が定まっていない瞳で、俺達のいる場所を見た。あれは、本当にシアなのか? 姿はアイツそのものなのだが、シアは忙しいくらいに感情を露にするような奴だ、あんな無表情で、何も感情が浮かんでいないような顔はしなかったはず。
ユウキが俺の手を振りほどき駆け寄ろうとする。そのユウキが駆け寄るよりも速く、視界の端から黒いコートの裾が映った。
「は?」
間抜けな声が自分から漏れた。いや、そうだろう? 夏に入ったというのに季節感無視したコートを羽織った人物がいるだろうか?
ユウキや、旅団の連中もその闖入者の後ろ姿に、足が止まってしまっている
その闖入者は、シアの元まで一気に駆け寄っていった。突然の事に動揺したが、俺も慌てて駆け寄る。シアが闖入者、黒いコートにくたびれたスーツにだらしなく締められたネクタイの男に視線を向け、初めて驚きの表情を見せた。纏っていた光も収まり、ゆっくりと地面に足をつけて、ふらつく。
その体を両手で抱き抱えて支える男の顔には、昔は何度も見たことがある優しげなものがあった
「やっと見つけたぞ。これでまた私に貸しを作ったな」
その男、リントさんはそれだけ言った
「やれやれ、どうしてくれようか?」
「………リント、さん?」
「ああ、そうだ」
「あの、わたし」
泣き出しそうな顔を向けてくる、申し訳ないと思うなら、拐かされんでほしいな
シアを、しっかりと抱きしめる。細く小さな体。まったく変わらないな、このお嬢さんは
「いい。今は疲れたろう? 私が運ぶから休め、分かったな?」
「………はい、ごめんなさい。それと、ありがとう」
言いたい事を言って、伏せられる瞳。私が頭を撫でているとゆっくりと寝息を経てる音が聞こえ始めた
やれやれ、本当に手のかかるお嬢さんだと苦笑する
「リント」
「久しぶりだな、ユウキにハルト」
こちらに歩み寄ってきた二人に背を向けたまま、挨拶しつつ持ち方を変えて立ち上がる
「久しぶりね、リント。貴方は今まで何をしてたの?」
珍しく私を責めるような言い方をしてくるな、何をと言われてもどう説明したものか。私も、シアを捜していたと言っても信じてはくれまい。
何せ、王都だけは避けていた訳だから。とは言え、それしか言えんのだがな。仕方ない
「シアを捜していたよ。団長には帰ってくるのを待つように言われていたが
ああ、信じるかどうかはユウキに任せよう」
「何で団長は、待つように言ったの?」
「知人が強引に連れて行ったからだそうだ、知人は、シアが望めば連れて帰してくれると信じていたよ」
「そう」
やれやれ、私は私なりに大変だったのだが、割愛するかね。それより、見慣れない連中がいるな
「話の最中すまない、私は今回、彼女らに協力を依頼した者でビルマと言う」
「ああ、私はリントだ。シアが迷惑をかけてなかったか?」
「いや、こちらが迷惑をかけたくらいだ。それより、彼女の先程のはいったい?」
「さあ? すまないが、分からない。詳細は本人も知らんだろうさ」
「本当にか?」
「ああ、本当だ。」
知りたいのはこちらも同じなのだがね。ビルマと名乗った女性は考えこむが、隣のお仲間が挙手をしている
「まずは、シアを休ますべき。その後で、話し合えばいいと思う……違う?」
「はーい、ミレイナの意見に賛成しまーす♪ お父さんも娘が心配でしょうし」
「………私とシアは家族ではないんだが」
「えっ? 違うんですか?」
「そうだ」
「嘘じゃない?」
「嘘ではない、血の繋がりはない」
「本当に?」
「本当にだ」
何なんだ、この子供二人は? そんなに私がこのお嬢さんの親に見えるのか? 知らん。確か、近くに町があったな。私は足早に町へと進む事にする
左右を挟んでくる子供二人、シアが心配ならそれだけに関心を持ってほしいが。何気なく視線を向けた先では、ハルトが立ち尽くしたまま、私を見ていたのに気づいた
「ハルト、どうした?」
「あ、いや、何でもない。詳しい話を宿で聞かせて貰うからな」
「やれやれ、私の事情は話した通りなんだが?」
宿に着き、シアをベッドに寝かせて、一息ついた時には日は沈みつつあった。あの娘については、道中で簡単な自己紹介をしてきたアレンとミレイナに任せて、私は降りた
食堂も兼ねている一階に降りる途中、階段でユウキと出会した
「ねえ、リント。貴方はマーカスさんの言いつけを破ったのよね?」
「そうだ」
「旅団では、団長の指示は絶対のはずなのに?」
「そうだ」
「変わってないなー、リントは。不器用というかなんというか」
「君もな、ユウキ。変わってない、私は失礼するよ。下で待っている奴等に御願いしなくてはいけないからね」
「はいはい、行ってらっしゃい」
そのまま、かけ上がっていくユウキ。ため息を一つ吐き、私は降りた
私の姿を見て、片手を挙げるビルマ。彼女等が座る卓に座る。さて、どう話したものか
「確認だが、本当に知らないのだな?」
「ああ、知らんな」
「分かった。なら、この話は無しだ」
「助かる」
「んでもよ、ダンナ。アンタ、これからどうすんだ? 嬢ちゃんは寝たままだしよ」
「シアについては、寝てようが連れて行く。それからは、団長次第かな」
通常なら、私は旅団を、いや、結果は目に見えてるか。団長は、決まり事には厳しいからな
「それより、お前さん方としては、目当ての得物は行方知れずになり、大損だった訳だが」
「言ってくれるな、まさか、倒したら消えるなんて誰が思う? 思わないさ」
「となれば、臨時で稼ぐ必要があるな?」
「まあね、困った話だ。どっかで人手がいる仕事を知らないかい?」
「あるよ、ちょうどここに。依頼内容はアスビスまでの護衛。護衛対象は二人だ。報酬は向こうの団長次第だが、乗るかい?」
ビルマは、私の顔を暫く見て、微笑を浮かべて手を差し出してきた。その手を握り、握手を交わす
「最善を尽くす。彼女には情報提供の借りがあるもの。それを返したい」
「宜しく頼むよ、ハルトたちは来るんだろう?」
「まあ、一応な」
では、これから後三日間だけお願いするよ。団長への嫌がらせも含めた依頼のね
今回は、シアは出番少なめです。
次回は多くしていきたいです。
もし読んでいただけたら、嬉しく思います。




