第39話 魔物とわたし
僕は、眠気で重い瞼を開いた。まだ薄暗く窓を見れば陽は僅かにしか昇っていなかった
自分のベッドではなく、隣で優希がなぜか眠っているのに気づいて止まる
なんで、こっちで寝てるんだろう? と首を傾げてみるが、気持ちよさそうに眠る優希を起こすのはなんとなく憚られた僕は、なるべくゆっくりとベッドから出て、寝間着代わりに着ていたサマードレスを脱ぎ捨てる
既に見慣れた相変わらずの起伏の乏しい身体が晒された。下着姿になると少し開放的な気分になる……僕は、断じて痴女にあらず。断じて違うから
なぜか袖が独立した青のチャイナドレスに着替え、スパッツを履いてから腰辺りまである長い髪を、ポニーテールにした。うなじ辺りがすーすーする。これはこれでありだと思う。
二日目に着替えて、ツインテールにしてから見せた時の感想は、子供っぽいだった。そうだねどうせ、僕に色気なんか無いね。ちくしょう
「んむぅ、シア~?」
優希の声、まだ寝惚けてるのかのんびりした感じに聞こえる
自然と笑みが浮かぶのを自覚しつつも、僕は優希の傍まで寄る。優希は僕の姿を確認するとぺたぺたと触られ抱きしめられた
「冷たくて、涼し~い」
自分の体だから分からないけど、そんなに冷たいんだろうか? されるがままにしていたら頬擦りしてきた
「実は、寝惚けてなかったり?」
「寝惚けてるよ~」
「それ、答えたら寝惚けてないと言ってる様なものじゃ」
苦笑いすると、むーと膨れっ面になってしまった
どないせいと言うんだ?
「優希、おはよう」
「ええ、おはよう」
「優希、今日は頑張ろうね」
「ふふん、任せたまえ。ワトソン君」
ドヤ顔で僕の鼻をつついてくる。いったいいつから、名探偵とその助手になったんだか。優希はゆっくりと僕から離れると微笑みを浮かべた
「さて、私は着替えるからシアは下に降りてていいわよ?」
「うん。わかった」
ふぅ、出ていったか。やれやれ、相変わらず素直だなぁ
今日は、例の魔物を探すのをお手伝いするんだけど、楽できるといいなぁ。魔法による攻撃に怯まないとか本当に勘弁してほしいわね
まあ、ハルトがいるし。何とかしますかね
それにしても、シアは気づいてないのかしら? 右目、金色の瞳の方がさっきまで光ってたのを
「きっと、気づいてないんでしょうね」
マーカスさんが言うには、魔物に瀕死に追いやられた状態から回復し、右目を光らして初めて見る類いの魔法で撃破したとの事だし
神から授かりし禁断の力、もといチートでも持ってるのかな? にしては普段が微妙すぎる気がするなぁ
私、こっちに来た時に神様と出会ったっけ? あ~、忘れた。
まあ、いいや。恐らく、シアは私と同じ異世界に来た同郷の士で友人なんだから。違うとすればアッチは転生してる事くらいか
アレは、絶対に中身は日本人だ。ふふふ、私の勘が告げている。前世はさぞや世間知らずなお嬢さんだったんでしょうね
おっと。んじゃま、気楽にいきましょうかね
朝食を食べ終えてから、広場で僕らは待つことにした。優希はベンチに座り、鼻唄混じりに脚をぶらぶらとばたつかせている
チラッとハルトを見る、剣を剣帯に差して腰にぶら下げている
「ん、どうした?」
「あ、ううん、なんでもない」
「そうか」
チーン。はい、会話終了。ハルトとはちっとも長続きしない、そもそも、ハルトは必要以上に喋らないタイプじゃないはずなんだけどな
「あ~、なんだ……ムリだけはするな」
「え?」
「お前に何かあったら、俺はリントさんに顔合わせ出来ん」
「あ、うん。わかったよ」
「おっと。二人とも来たみたいよ」
その言葉通りに、手を振りながら近寄ってくる面子がいた。大剣を背負い胸当てを着けたビルマさんと、昨日と変わらない格好に杖を握るミレイナちゃんとあのオッサンだ
もう一人は、女の子? 弓を手に持ち矢筒を担いでる緑の服に革製の胸当てをしてスカートを履いている。アレ、あっちの蜂蜜色の髪の女の子がアレン?
「待たせたな。今日はよろしく頼む」
「こちらこそ」
「残りの二人を紹介をさせてくれ。こっちはジョゼフ
腕は立つんだが、酒癖がわるくてね。昨日は迷惑を掛けた」
オッサンが、無言のまま頭を軽く下げた。なんか、大人しい?
「オジサン、昨日の事は地味に反省したらしい」
「そうなんだ」
ミレイナちゃんの説明にオッサンは頬を掻いて、そっぽを向いた
「最後に―」
「―はーい!! 僕はアレン・D・ラグーン。16歳でっす♪ 武器では弓が得意で、魔法はからっきしダメ。こっちのミレイナとは兄妹でーす♪」
言うや否やミレイナちゃんにくっついた。ミレイナちゃんは無表情なまま、自分に抱きついているアレンを指差す
「……ちなみに男。あの格好については母さんの趣味、だった 」
えええぇっ!? 嘘だ、どう見たって女の子じゃんか!? 男には見えないって、しかも母親の趣味!?
「まあまあ、落ち着いて。母さんは可愛いモノは愛でる主義でね。僕、小さい頃から女の子みたいだったから。それでかなー。本物の女の子には劣るかも、だけどね」
「…シア。腕は確かだから」
「……あ、うん。よろしくね。僕はシアです」
「はーい。よろしく♪ シア、今日はがんばろーね」
離れないままで、僕と握手をして。そのまま僕をじーと見てくる。なんか用なのかな?
「オッドアイの可愛い娘かぁ。個人的にグッドだね。持ち帰りたくなる」
「えーと、どうも?」
「アハハ、今日はホントによろです。」
「よし、そろそろ出発するぞ」
ハルトの言葉に、僕はわかったと返した。優希はコッチを笑みを浮かべながら、見ていたかと思うとビルマさんの隣に並び歩き出してしまった。なんなんだろうか?
村から出て、僕らは街道を離れて周囲を探りながら進んでいるが、あの魔物はまだ見つからない。そう簡単に見つけれても困るんだけど。オッサンとハルトにビルマさんは、さっきから警戒しているのか武器をすぐ抜けるように構えている
「見つからなきゃ、噂は眉唾物で済むけど」
「収入になんないから、ダメ」
「だよね。村からまだ近いからかな?」
「でもねー、村近辺で見付かったらしいし」
あ、そうだった。村近辺でだったや、忘れてた
と、そうやって会話しながら、歩いていた時だった。風が微かに吹き髪を揺らした。その風に乗ってか、忘れようにも忘れられない咆哮が耳に届いた
『グルゥオオォオオ』
立ち止まる、まだ咆哮は遠いけど。どうする? 僕らの前を歩いているハルト、オッサン、ビルマさんと優希は気づいていないのか、何もなかったかのように歩いている。聞き間違い、なんだろうか?
「どうしたの?」
「あ、うん。いま、何か聞こえなかった?」
話し掛けてきたミレイナに、僕は尋ねる。ミレイナは僕の言葉に首を傾げ、黙る
風が、また吹く。聞こえなかったのか、小さく首を横に振った
やっぱり、聞き間違いか。オッサンが立ち止まっていた
「どうした?」
「なんか、居やがんな」
「本当か?」
「ああ、まだ遠いが。なんか、居やがる。風に混じって声が聞こえる」
オッサンも聞こえてたんだ。なんか意外、兎に角。より警戒しつつ進む事になった
ソイツは、そこにいた。周りより小高い丘になった場所に立っている。白い体に異様なまでにデカイ口、やや細身でだらりと両手をぶら下げた状態のソイツ。見た限りは一体だけみたいだけど
「ハルト」
「ああ、居たな」
「さて、まだ気づいていないのか
突っ立っているが、仕掛けるか?」
皆で近くにあった岩に身を隠して動向を探りつつ、行動を決める。ミレイナとアレンに優希が後方から攻撃し、僕ら前衛に注意を向けさせて倒す事になった
『グルゥオオォオオ!!』
咆哮。ピリピリとした空気。ゆっくりと決して速くない動きで僕らの隠れている岩影に近づこうとしてくる。
「……来やがんぞ、オイ」
「やむを得ん。行くぞ!」
オッサンとハルトが、真っ先に飛び出して距離を詰めようと接近する。
それに気づいたのか両手を伸ばしてがむしゃらに振り回してくる。ハルトは後ろに下がり躱したけど、オッサンは両手で伸びきった左手を掴むと、腰を深く落とし肩幅位まで足を開き、引っ張ろうとしだした!
「うぉ、にゃろがぁあ!!」
無茶をする。僕も走り離れた場所に立つ本体目掛けて一気に駆ける。右手がオッサンを狙おうと迫っていた。間に合わない
「ジョゼフ。お前は相変わらず無理をする」
「ハッ、団長をアテにしてかっらな!」
右手からの攻撃を、ビルマさんの身の丈程もある大剣で受けとめている
ハルトが、真っ正面にいて、連続で斬りつける。咆哮し、右手を元に戻しだした。でも、左手は依然としてオッサンが引っ張ろうとしているから、伸びたままだ。その腕をビルマさんが大剣を高く掲げ
、降り下ろし切断した
突然の事に尻餅をつくオッサンと切断部から勢いよく飛び散る緑色の体液
『グルゥオオォオオオ!!』
「はいはい、よく狙ってっと!!」
「聖なる光よ、我に仇なす悪しき者を貫け、光の槍『セイントスピアー』」
「猛火、全てを燃やして。『ヴォルカニック』」
『ウルァアァア、リ、カイ、ァ、デキヌ』
矢と放たれた魔法や僕らの攻撃により、倒れて断末魔の叫びをあげ動かなくなった
「っ!?」
僕は、倒れた魔物の近くで止まる。今、なんて言った? 『理解できぬ』? 喋ったのか? こいつは
分からない。その場に立ち尽くし動かないで見下ろし続けていた時だった
体から、黒い煙を吹き立たせると魔物は飲み込まれていった。そのすぐ近くにいた僕は、突然の事に対応出来ないでいた為に飲み込まれた
「うわぁ!?」
視界を遮る黒煙、それが僕をも包んでしまった。そのまま天高く昇っていき、陽の光すら遮断していく
「シアっ!?」
最後に聞こえたのは、ハルトの焦ったかのような声だけで
視界は、暗くて、夏だというのに異様に冷たかった。何も見えない。真っ暗だ
先まで近くにあった魔物の死体すら見えない。闇一色だけしか存在しない。僕が何処にいるのかすら分からない
それになんだか力が抜けてきた。カランと手に持っていた槍を落としてしまう
足下から力が抜けていき、なし崩しに座り込む。倒れるのだけは、なんとか耐えようとするも、虚しくわたしは倒れてしまう
まだ吹き立しているのか、視界は晴れないでいる
「………やだ、なんか、さびしい」
こんなにさむいのも、さびしいのは、いやだ。あのけむりの、せいだよね? あーあ、こんなことなら、ちかづかなきゃよかったよ
『わたし』は、いつも、しっぱいする。くやしい、なんとかしなきゃ
せめて
(なら、どうすれば良いか分かるな?)
だれ?
(自らが招いたこの状況を回避する為にどうすべきだ?)
まだ、死にかけてない。対価は払えない
(今のままでは、彼の物が放った瘴気に当てられて死ぬ。)
………そっか。わかった
(それで良い。我はお前を死なさぬ。決して死ぬ事を許さぬ)
また何かがすっぽりと抜ける感覚と暖かな温もりを感じる。
(シア、対価は受け取った。また会おう)
暖かな声、この声は誰だっただろうか?
わたしは、暖かな温もりを感じながら、場違いにもそんな事を、考えてしまうのだった
甘栗よ。いつになれば、描写が上手くなるんだ?
まだだ、まだわからんよ!!
少しでも読んで頂ければ幸いです
もし良ければ、また次回も読んでくださいませ。
誤字を修正しました(3/2)




