動揺
大通りをはさんで、ビルやら店やらが所狭しと並んでいる。
雲が太陽を隠してしまっているためか、辺りは少し薄暗い。
樹木が等間隔に植えられている歩道に、制服をまとった男女が並列して歩いていた。
「杏ちゃん、デート楽しいな!」
「デートというか、帰りの寄り道」
にこやかな少年とそうでない少女。二人は正反対だった。
「それに、半強制的」
まるで楽しんでいない雰囲気の杏果の言葉も堪えず、達は終始笑顔を絶やさない。
「どこ行こっか。どこか行きたいところあるか?」
二人の間にある妙な距離感を物ともせず、達は問いかけた。
それに見向きもしないで、即答する杏果。
「家」
もちろん家というのは、彼女の自宅を指しているのだが。
対する達は、冷たく言い放たれた言葉に普段にもまして緩んだ顔をした。
「俺の家に行きたいだなんて、杏ちゃん大胆!」
両手を大きく広げて抱きついてこようとする達をひらりと避けると、杏果は再びすたすたと歩く。眼鏡からのぞく瞳は、ぶれることなく前を見続けていた。
一人進んでいってしまう彼女に達は駆け足で追いつくと、また横に並んだ。
会話のないまましばらく進んでいたが、大通りから一方通行の道に左折した時、沈黙が破られた。
達が思わずといった風に、嬉しそうに笑ったからだ。
「杏ちゃんって、何だかんだ言っても優しいよな」
突然何を言い出すのかわからない、と顔には出ないが内心思っていた杏果は、チラリと達を見上げた。
その小さな動作を敏感に察知した達は、説明するために話し始める。
「だってさ、杏ちゃん何だかんだ言いながらも、一緒に居てくれるじゃん。それに、今だって帰りたければ勝手に帰れるのに、そうしないし。それって優しいってことだろ?」
「………」
見て分かるほどに足を速めた優しい少女。それに達も遅れずついていく。
スクールバッグを持つ両手にも若干力が入った気がする。
特徴的な無表情はやはり変動しないが、伏せられたことによって顔は髪で覆われてしまった。
達は、周りからは窺えなくなった杏果の表情を覗き込む。そして、少し頬を赤らめて、照れたような笑みで言った。
「それとも、俺が思ってるより俺って好かれてる……とか?」
瞬間、まばたきする間もなく、杏果は達を押しのけて走り出した。
本人は全力疾走をしているつもりなのだろうが、せいぜい駆け足といったところだ。
驚いてしばらく静止していた達は、珍しく焦りをあらわにする。
慌てて追いかけると、あっけなくその手を掴むことができた。
「ごめん、杏ちゃん」
咄嗟に謝るが、対する杏果は時間が止まったように微動だにしない。
不安になった達が回りこんで恐る恐る覗き込むと、そこには目があっちこっちに泳いでいる少女の顔。
掴んでいた手を離して、達は1mほど後退した。
「……杏ちゃん、大丈夫?」
すると、杏果は振り返って、
「どうしたの?」
と、何事も無かったかのような真顔で言う。
それは、先ほどが夢だったのかと目をこすりたくなるほど、いつも通りの無表情で。
対する達は三度ほどまばたきすると、普段の笑顔に戻った。
「何でもないよー。ゲーセンでも行こっか」
「どこでもいい」
相変わらずな距離を挟んで、二人は歩き始めた。
彼らは、性別も身長も表情も何もかもが統一されていない。
しかし、歩みだけはいつまで経ってもずれることは無かった。
付き合い始めて数ヶ月、達はまた新たに杏果の独特すぎる照れ方を知ったのだった。