組曲『腕絡み』
1
中から出てきた冴鋭は、運転席のガラス窓を軽く叩いて「裏口に行け」と合図。そして、ムツを後ろに従えながら番を張っていた黒島組の組員へと寄っていく。当然のごとく驚く組員。
「あ、赤城、さん。お疲れ様です!―――その後ろの奴は……?」
「よぉ、ご苦労さん」
景気良さげに手刀をあげて、同時に踵で組員の腹を貫いた。脇に立っていた丸刈りの組員は、目を剥いて叫ぶ。
「なにをしなさっですか」
「なにって、そりゃあ君ぃ」
受け答えをしつつ王様コートの陰から一メートルあまりもある長ドスの『竿竹』を引き抜いて、鞘ごと男の頭を叩きつけた。門番の二人ともに気絶。
「カチコミ(殴り込み)に決まっとるやかね」
やがて、その隣りに並んだムツを見ながら、冴鋭は言葉をかけてゆく。
「よし、(お前の)仕事ば始むっか。―――曲を鳴らせ」
これに意を決して頷いたのちに、ムツは腰元のMDプレイヤーをONにする。ヘッドホンを通って流れてきたのは、ギターによる物静かな旋律。そこに重なってきたもうひとつのギターで、前奏のみでも燃え盛るような闘志がうかがってとれた。このギターで演奏されてゆくのは、ムツの為に作られた曲。
組曲『腕絡み』という。
そうして門から距離をとったムツは、足を真っ直ぐと突き出した。
2
飛んできた門の破片にぶち当たって、組員数名および護衛でついていた警察官が倒れ込んだ。同時に、正門から跳躍してきたムツが警察官たちを避けて着地すると、背中から引き抜いた鉈で、起き上がろうかとしていた組員の頭を叩き割った。庭先で拳銃とマシンガンを構えていた五分刈りと眼鏡の組員の胸元めがけて、ムツは鉈を両手で振り投げていく。縦に回転してきた二つの武器が、撃とうとしていた二人の男の胸に突き刺さり、吹き飛ばして縁側の戸をぶち破った。二つの鉈を投擲したすぐに、倒れている組員の頭から鉈を引っこ抜いてムツは地を蹴って跳躍をするなりに、五分刈りの組員を狙ってドロップキック。
縁側から障子を突き破って豪快に現れた“まだら模様”の赤頭巾の少女に、黒島組の組員を含め護衛の刑事たちが声をあげた。まさかの容疑者の、真正面から突入とは。同じように、黒島嶽夫の息子の一嶽と、その長男の嶽満も何事かと別室から腰を跳ね上げるなりに、扉の両脇に立っていた二人の長身の尼僧へと「おおお前たち! さっそく仕事だ、仕事! オイ(俺)たちば護れ!」と声を投げつけた。一嶽が隠せぬ動揺も露わに指示を飛ばしたこの二人の尼僧は、朱禪善之介神父からの“つて”で呼び寄せた『護衛人』であった。
四人の護衛人のうち、この二人を一嶽親子につけていた。まずひとりは、白磁のような肌に日本人らしかぬブロンドが映える女、阿部三日月。そしてふたり目、こちらも透き通らんばかりの白肌に腰まで達する鮮やかな赤い頭髪の女、阿部満月。女たちは姉妹であった。その上、奮い付きたくなるほどの美をそなえていたのだ。しかも、それは魔女のごとき危険な美しさ。そして阿部姉妹は互いに見合わせたのちに、部屋から出ていく。あとは護衛の刑事たちに任せた。
耳に入り込んでくるギターも伴奏を迎えて、猛々しいリズムを刻んでゆく。五分刈りの遺体を盾にしながら、組員たちの銃弾の雨を防ぎつつ、またしても真正面から突っ込んでその骸を短髪の組員にぶつけたムツが、真横に鉈を振るって鶏頭の組員の首を撥ねた。銃弾を腹に受けながらも、ムツは五分刈りの胸元から鉈を引き抜いて、その下敷きになっている短髪の組員へと叩きつけたのちに、床を蹴って割れ顎の組員にタックルを喰らわせたのだ。
割れ顎を押し倒して馬乗りを勝ち取り、その四角い顔へと情け容赦なく踵の嵐を浴びせたのちに両腕を広げていきながら、ムツは薄気味悪く微笑んだ。背中に銃弾を喰らいながらゆっくりと立ち上がっていき、後ろの『瘤』から“もう一対の腕”を伸ばして天井高らかに構えていった。なんと、四本腕の持ち主。瘤に見えていたのは、包丁や鉈を収納している箱のほかに、両肩の後ろから生えていた腕を折り畳んでいたのだ。何はともあれ、己を見下げている少女が異形な生き物だと知った瞬間、割れ顎の組員のほか、まわりで銃を構えていた組員たちや刑事たちは、云い表せぬ恐怖によって全身に鳥肌を立てていく。
「な、なんだぁ! ありゃ!?」
「化けもんじゃ、化けもんじゃ!!」
次々と発せられる罵声を耳に、ムツは、なんと得意気に微笑んだではないか。そうして、割れ顎の組員めがけて二つの鉈と二つの出刃包丁とを“四つ同時に”振り下ろした。直後、高く噴き上がる赤い液体。
この異形の少女を取り押さえてやらんと踏み出した刑事たちの胸元を、冴鋭の『竿竹』がまとめて足止めをして、一斉に顎を叩き上げた。そして、ゆっくりと振り返ってゆくムツに目を奪われていた組員二人とも「なんで弾ぁ浴びても倒れんの!?」「くそ! 死ねや化けもん!!」声を投げつけた瞬間に、飛んできた鉈で頭をかち割られてしまう。景気良く血飛沫をあげながら倒れ込んでゆく二人の男を見ていた冴鋭は、「そりゃ、防弾装備しとるに決まっとっけん」と突っ込む。
部屋を出ようとした矢先に、ムツは腹を蹴られて海老のように吹き飛んだ。その扉の陰から現れてきたのは、二人の尼僧。咳き込みながら身を起こしてゆく赤頭巾から目を離さずに、ブロンドをアップにした女から名乗っていく。
「貴女が噂の『赤頭巾』ね。―――私は、浦上天主堂教会所属、阿部三日月」
「同じく。阿部満月」
この阿部姉妹を見ていた冴鋭が、溜め息混じりに感嘆。
「エッラい美人さんがたね」
「おおきに。そこの貴女も『疵』が素敵やで」
「そりゃどうも」
阿部三日月の返しに、冴鋭は少しばかり胸を高鳴らせてしまった。愛らしく微笑まれた上に、なんと物腰の柔らかな京都弁か。見たところ、妹の満月も同じであろうと判断した。
そんな中で、ムツが態勢を整えて“前一対の鉈”と“後ろ一対の出刃包丁”とを構えていく。この後ろ二つのは、刃渡り三〇センチにも達するほどの鋼で鍛えられた物。硬度、重量とともに尋常ではなかった。
そして曲も終盤に入り込んだときには、阿部姉妹とムツを残して、冴鋭が部屋を出ようとしていたところであった。疵の女に気づいた満月が声をかけてゆく。全くもって、姉に似て物腰柔らかな京都弁である。
「おや、貴女どこ行くん」
「お前さんたちと同じ事しに行くのさ」
「なんや。そんなンことやったら仕方あらへんわ」
「ほう……。止めてくるかと思おたばってんがな」
「なあに、女の勘いうやつや。あの依頼人が死んで金にならんでも、その子と闘えば、じゅーぶんにお釣りが来るさかい」
「なるほどなるほど。―――じゃあ、ムツ。そういうこった。お前の取り分残しといてやるけん、心配すんな」
冴鋭のこのひと言に、ムツは頷いた。
そして、赤い王様コートの後ろ姿を見送ったのちに、胸元で十字を切っていく。これに続いて阿部姉妹も十字を切り、スカートを捲り上げた太ももから二つの短剣とナイフをそれぞれ引き抜いて構えた。