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狼共を狩る


 1


 あれからリンは身柄を確保されたのちに、頭巾と武器を全て外された格好で取調室にいた。頭巾姿の中身は、脹ら脛までかかる濃い色のワンピースの上に、手首までかぶさる長袖の裾の長い白いポロシャツであった。肩よりも上で切り揃えた黒髪を、サイドは両耳にかけて、前髪を上げて“おでこ”を完全に出している。

 取調室へと連行されてゆくリンを遠目に見ながら、箕島貞次朗刑事が彼女の夏江刑事に話しかけていく。

「あの子が(暴力団事務所を)襲ってまわっていたのかよ。信じられんな。―――まるでアイドル歌手みたいだ」

「いやねぇ、そんな安いもんじゃないわ。どちらかと云ったら、良いとこのお嬢様じゃない」

 と、彼氏の言葉を突き返した。


 そして、取り調べが始まっていく。

 リンと向かい合って座る鬼堂刑事から切り出した。

「一応、君のと他の現場に残されていた凶器から指紋を採取して鑑定してみたんだ。―――そしたらな、身元不明ときた。何者なんだ? 君たちは」

「まずひとつ、私たち姉妹には戸籍がありません」

 人差し指を立てて女が答えた。

 鬼堂刑事は「なるほどね」と呟いたのちに、続けてゆく。

「で。姉妹のなかで口がきけるのは君だけか」

「ええ」

「なら、君に全てを答えて貰おう」

「お断り致しますわ」

「なんだって」眉間に皺。

「(貴方がた)刑事なんでしょう。御自分らの“足”をお使いになって真相を探ったらいかが」

 こう、わざとらしく語尾を上げて返したリンの脇で、部屋の角にいた箕島刑事が「それもそうだな」と納得したところを、隣りの夏江刑事から静かに強く肘でゴツかれた。鬼堂刑事を一瞬だけ煽ったすぐに、リンは身を乗り出すような姿勢をとりながら語りを続けていく。

「ただし。出された質問には“出来るだけ”お答え致します」

「いい度胸だ。暴力団相手に殴り込むだけはある。―――じゃあ、質問を変えよう。君たちは襲撃するにあたって、多くの暴力団事務所を潰してきたんだが、今回、さっき君が襲ったこの『龍燈会黒島組』とが“他とうまく紛れるように”数多くの支部を潰していたんだ。―――ひょっとしたら、君たちの目的はこの組織の壊滅と違うのか」

「“たまたま”そのように見えたのではなくて?」

「いいか。木は森に隠せみたいな犯行は、これまで沢山見てきた。今回のもこれに当てはまるんだよ。―――とぼけない方が身のためだ」

 鬼堂刑事の述べたことを黙って受け入れていたのちに、リンは机で腕を組む姿勢をとりながら切り出していく。

「刑事さんの仰る通りだわ」

「ん?―――まあ、そうだ」

 相槌を打った鬼堂刑事は、上着の内ポケットからおもむろにやや小さめに折り畳まれた紙を取り出して、これをリンの前に広げて見せた。枚数は二枚ほど。一番上に書かれてある箇条書きに指をさしなが語ってゆく。

「リンと云ったな。まず俺の質問に答える前に、ひとつ聞いてくれ。―――君たちが襲った中に“紛れていた”この黒島組というところはな、龍燈会の中でも大きな一派のひとつだ。そしてその黒島組だが、実はこの代表者、つまり黒島嶽夫くろしまたけおを含めてその血縁者たちは熱心なクリスチャンということが解った」

 言葉を続けながら、指先は二段目の名前を羅列したところを示した。

「孫の黒島光生くろしまみつおから黒島嶽夫の実弟の嶽丞まで入れて、十五名を殺害。じつに丁寧かつ満遍なく狙っているじゃないか。そんな彼らは長崎市にある来栖島の『聖クルス教会』に属している。そしてその(教会の)あるじである、朱禪善之介しゅぜんぜんのすけ神父と繋がりがあるんだってな。―――さらに、今回の君たちが事務所の壁に書いていた声明文の端に、十字架もあったんだよ。その上、黒島嶽夫と朱禪神父とはかなり旧い付き合いがあったことも判明した。―――すると何か? 宗教戦争なのか?…………いいや、違うな」

 目の前の男の話しを耳に入れながら、リンが胸元に手を添えた。鬼堂刑事はその仕草に目をやりつつ言葉を続ける。

「君たちとこの黒島組と神父との間には、あまりにも年齢差が開きすぎている。だから“たんなるイザコザ”では片付けられんわけだ。なにか、もっと違うところで動機が働いているみたいだな。―――いったい、君たちは何が目的なんだ。俺は、俺なりの推測、ひとつしか思い浮かばなかったよ」

 次の言葉に迷っている鬼堂刑事へと、リンは優しく促した。

「仰ってください。刑事さんの御推測は、間違ってないと思いますわ」

「――――わかった。―――復讐だ。そのひとつ以外は思い浮かばなかった」

「その通りです」

 この「復讐」とはっきり答えた様子に、室内の空気は静かにざわめきたつ。それを察したのかどうか、リンが語りを繋げていく。細い二本指を立てながら。

「ふたつ目。それは、私たちのお父様とお母様の御無念を晴らす為です」

「それが復讐の動機か」

「ええ」


 しばしの沈黙。


 “はた”と気づいた鬼堂刑事が、押さえ気味に声をあげた。

「ちょっと待った。じゃあ、君たちは“いったいいくつ”なんだ!?」

「女の子に年齢を聞くのは失礼ですわよ」

「いや、その、なんだ……」

「では、因みにこの私はいくつに見えます?」

 後ろ頭を掻く鬼堂刑事に質問。

 男は少し考えて、リンを見直した。

二十歳はたち。それか、二十二か二十三くらいか」

「まあ、うれしい」

 女が本当に嬉しそうに云うと、顔の前で手のひらをピシャリと合わせた。このようなリンの如何にも女の子な仕草に、周りは一瞬のみ見とれる。さらにこの連続殺人鬼は、両腕を机に置いて小首を傾げて微笑んできた。成人を迎えていながらも、未だ十代のごとき“あどけなさ”の残る顔立ちは、恐るべきことかな。

「またまた刑事さんの仰る通り、私は二十三に成りますわ」

「え、ああ、どう致しまして」

 気を取り直して。

「それはそれとしてだな。君たち姉妹の年齢を考えても、その、ご両親とはあまりにも離れすぎる」

「いいえ、ちゃんとしたお父様とお母様です。―――だいいち私たちは産まれてきたのではなくて、造られたんですもの」

 またもや衝撃的な発言に室内は驚きを隠しきれないが、今はこの女の出生話を聞き出すにあらず。あくまでも、犯行の動機と、その経緯である。しかし、ある程度の供述は得られたので、いったんここは切り上げるなりにリンを牢屋へと収容。



 2


 翌朝。

 鬼堂刑事たちはリンの各種装備品と所持していた凶器とを、鑑識の部屋にて見ていた。

 まずは、頭巾。この事件で捜査本部を立ち上げている刑事たちで、リンたちを呼ぶ際に使っている『赤頭巾』の名のごとく、全体的に赤みがかってはいるものの、ところどころで茶褐色や焦げ茶などまたは赤茶けた“まだら模様”となっており、見た目はフード付きのローブを肘の上あたりで切り詰めた物に、胸元を紐で絞める編み込みの入った形である。だが、それから放たれているのは、鉄の腐敗したかのような臭い。それも、鬼堂刑事、箕島刑事、夏江刑事ら揃って思わず“しかめっ面”になったほどの強さ。

「こりゃあ、血か」

「はい。多数の、それも全て人のものです」

 鬼堂刑事の呟きにこう答えたのは、鑑識の花井高秀はないたかひで。リンからの押収品に目を通した捜査本部のメンバーのなかで、一番に目を輝かせた男。

「しかも、付着したのをいっさい洗うなどせずに、そのまま。まるで、これまでの犯行を記録しているかのようです」

「なるほどね。あと、これ。これが気になってたんだ。―――彼奴あいつら、MDウォークマンも着けてたのかよ」

 そう半分呆れ気味に、鬼堂刑事がステンレス鍍金のMDプレイヤーと同ヘッドホンとを手に取りなが突っ込んだ。これに対して、花井鑑識官は丁寧に返していく。

「これ、なかなか上品でお洒落でしょう。私、ひとつ試聴してみたんですよ。そしたら、チェロの出だしからヴァイオリンが重なっていって、エキサイティングかつ優雅な一曲でしたねー」

「ちゃっかり聴いてたのか。―――で、あの子、その事でなんか云っていたか」

「ええ、私の尋ねることに実に丁寧に答えてくれまして。このなかには、あの子たち姉妹の為に音楽を作ってもらったのがそれぞれのプレイヤーに収録されています。―――それも本格的に、地元の島にある教会で、姉妹のお父様の知り合いの演奏家たちがそのために集まってくれたと云っていました。全部で三曲あります」

「三曲だって?―――てことは、三姉妹だったのか」




 続いては、リンの躰の一部にも等しい鉈。夏江刑事はこれを手にしながら、まじまじと観察。それとともに、漏れる感嘆と驚愕。

「うわ……! 重い、デカい、太い。―――あのお嬢様、こんなのを片手で振り回していたりしてたのね」

「腕一本で、ぶん投げてたろ」

 そう彼女に相槌をうつなりに「すげーよ」と、溜め息混じりに箕島刑事が吐いた。これに続いてきた花井鑑識官。

「多少、刃こぼれしていますが、ひじょうによく手入れされてます。ちなみに、あの子たち自ら(刃を)研いでいるそうです」

 先ほどの夏江刑事の云う通り、鉈というには長大で幅広く、なおかつ厚みと重量のある物であった。そして、これを操る、やや小柄だと思われていたリンは、意外なほど百六〇に達する身の丈の持ち主であったことが判明。その他は、鉈を収納と保持するための袋が付いた革ベルト、極薄に加工された特殊合金製の防弾着であった。


 そうして昼をまわり、リンの取り調べを続行。女はとくに嫌がる様子など見せることなく、素直に応じている。この異様な“おとなしさ”に、鬼堂刑事たち捜査メンバーは同時に薄気味悪さも覚えていた。

 鬼堂刑事から切り出す。

「あれから、君たちが三姉妹といったことが判った。我々が『生成きなり』『うろこ』『こぶ』と呼んでいるわけだが、この二人について詳しく教えてもらおう」

「『瘤』……!? 貴方たち、あの子がそう見えますの」

 思わず驚き混じりにかつ含み笑いを浮かべたリンが、身を乗り出した。座り直して言葉を続けていく。

「まず、それを背負っていたら、背虫になっている筈ですわ。そのわりに(背筋が)伸びていませんこと?」

「まぁ、そりゃそうだ。―――その二人は、君の姉か。それとも妹なのか」

「私の大切な妹たちです」

 そう答えた顔は、穏やかだった。

 鬼堂刑事の質問は続く。

「その大切な妹たちを使って、君は黒島嶽夫へと復讐しているわけだな」

「刑事さん。そのひと言を訂正していただけませんか」

 たちまち、リンの顔つきが険しさをあらわしてきた。目の前の男は、知らずとしてこの女の触れてはならぬ所に障ってしまったようだ。

「私は決して妹たちを“使っている”のではありません。そして、貴方がたから見たらこの(おこな)いは復讐かもしれませんが、私ら姉妹は、お父様とお母様のあだを討っているのです」


「なるほど。復讐ならぬ仇討ち」

 そう呟き少し沈黙したあと、鬼堂刑事は再び口を開く。

「『江戸のかたきを長崎で討つ』か」

「私たちだと『長崎の仇を江戸で討つ』に、なりますわ」

「そうなるな」

「ええ」微笑みかけた。

「と、なると、黒島嶽夫の組の本拠地が長崎の来栖島にあることになるな。―――すると、君たち三姉妹も長崎の出身か」

「ええ」

 こののちに、リンは、ゆっくりと三本指を立てた手を顔のところまで上げたあとに、穏やかながらも揺るぎない意志を秘めた声で語ってゆく。

「みっつ目。私たちの仇は、もうひとり。―――朱禪善之介神父です」

「なんだって……!?」目を剥く。

「この神父は、とても哀れで愚かな原理主義者です。己の判断に困るようなこと、訳の解らぬこと、超常的なことや超自然的なこと、そして、何よりも彼自身の意に反するようなこと。―――これらを全て神か悪魔かで振り分けおよび判断してしまう、それが朱禪神父です」

 手を下ろしたのちに、再び語る。

「このような男の為に、島の皆は姿を消してゆきました。それも逃亡などではなく、殺されていったのです。当然、神父の原理主義的な魅力に取り込まれた黒島嶽夫も、彼に協力して反する島民たちに“神の掲示”やら“天罰”と称しては、殺害などをしていきました。―――気になられたのなら、一度、来栖島へおいでになったらいかが? ちょっとでも土を掘り起こすだけで“大変不自然な傷痕”の白骨遺体がゴロゴロと出てきましてよ」

「いや、考えとく」

「そう。それは残念でなりませんわ」

 口で云うほどそう残念とも思っていないリンを見るなりに、鬼堂刑事は質問を続けていく。

「その朱禪神父と黒島嶽夫の繋がりは、別件で調査する必要がありそうだな。―――だが、今は君たちを逮捕することが優先だ。だから確実な君の供述が欲しい。―――そういう訳で、だ。単刀直入に聞く。君たち三姉妹の潜伏先を教えてほしい。あと、もし、今回の犯行で君たちを匿っていたり手を貸していたりしている人物が居たら答えてくれないか」

 突然、リンが肩を小さく震わせた。

「うふふふ。そのような事を聞いて何になると。貴方がたの目的は私たちでしょう?―――この私が、そんなにペラペラと洗いざらい喋るとでもお思い?」

 そして、鬼堂刑事を見つめた。

「私たち姉妹を甘く見すぎですわ」

 これに対し、鬼堂刑事の返しも早かった。

「それは解っている。だが、残念ながら君たちはご両親の仇を討てずに終わる。―――黒島嶽夫を含めた残りの身柄は、我々が保護させてもらったからだ」

「それは御苦労様」

 リンの穏やかな流し。

 そして、一拍置いて切り返してきた。

「逆に私たちにとっては好都合だわ。だって、貴方がたがわざわざ纏めてくれたのですもの」

「なんだって……」強張る。

「あと、大事なことをひとつ云い忘れていました。―――黒島組の殲滅を狙っているのは、私たち姉妹だけだとは限らなくってよ。刑事さん」

 リンがこれまでにない愛らしい笑みを見せたと思ったら、背もたれに預けて言葉を繋げていく。

「それから……。私がこのまま“おとなしく”しているわけがないでしょう?―――そろそろ、妹が“迎えに来る”頃かしら」

 そう云いながら、女は椅子から腰をゆっくりと上げていった。リンの言葉を受けた鬼堂刑事が跳ねるように立ち上がり、「しまった!」と声をあげた。




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