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組曲『鱗の艶体』


 1


 同日の夜。

 雑居ビルの三階にある『龍燈会黒島興業所』と名札の下げられてある扉の前に、赤と茶褐色とが“まだら模様になった”頭巾を被った、やや小柄で華奢な女がひとり立っていた。名は、リン(鱗)。この女も午前中のハク(白)と同じように両耳にヘッドホンをかけており、ただしこちらはステンレス鍍金製。息を二度三度と整えたあとに、右側のスイッチを入れて小声で“向こう側”へと話しかけてゆく。

「ハク、ムツ。今から私の仕事を始めるわ」

 そう云ったのちに、腰元にあるMDのスイッチをONにした途端、チェロの静かな低い前奏が鳴ってきたのを追いかけるかのように、ヴァイオリンが小刻みに徐々に力強く響かせてきた。

 組曲『鱗の艶体えんたい

 リンのために作られた曲である。

 そうして伴奏へとさしかかっていくところで、リンは瞼を閉じるなりに静かに仰いでゆく。すると、眉間を寄せたかと思った直後に、まだ“あどけなさ”の残る額から右目と左頬から顎にかけて、細い首筋にへと「ウロコ」が浮かび上がった。それらは魚とも魚鱗症とも明らかに違う、爬虫類の「それ」であった。最後は、大きな瞳を見開いた時に、黒い瞳孔は縦長と形成していたのだ。

 扉から距離をとったリンは、胸元で十字架を切ってゆく。



 突然と事務所の入口が蹴り破られたのと一緒に、受付にいたシャツの組員は扉から体当たりをされて吹き飛び、それとともに濁ったまだら模様の頭巾姿のやや小柄な女が踏み込んできた。

 すかさず奥にいたグラサンの組員は拳銃を構えるなりに、ためらわず発砲。その弾劾の起動は、無機質なまで標的まで真っ直ぐと飛んでゆき、女の顔に火花を散らせて弾き返された。しかし、四方八方から銃弾を浴びせられていくにもかかわらず、リンは平然と床に根を下ろしている。たとえ、当たったとしてもその衝撃で吹き飛ばされてゆく筈が、この女に限っては関係のないことのようであった。ただ、その間に周りに目をやっていき、状況をうかがっていたのだ。

 そして銃声の鳴りやんだときに、腰の後ろに手をやりながら口元を歪ませたリンが、真横に――つまり掛け軸のある机へと――ひとつの太い鉈を放った。


 回転してきた鉈が、黒島光生組長の頭を真正面からかち割った。たちまち赤い飛沫を噴き上げていきながら、椅子に腰を落として絶命。それと伴ってヘッドホンから流れてくるのがヴァイオリン主体の、いっけん抑えているように聞こえるがその実は大変攻撃的である伴奏へと変わっていったとともに、リンの感情も高ぶりを増して怒りへとなってゆく。瞬間、激しい音を立てて床を蹴った女が、息絶えている組長をめがけて発砲された弾丸のごとく飛んでいき、机に片膝を突いた。いっとき組員たちはこの光景に呆気に取られてしまったものの、すぐさまに奮い起こして各々が銃弾を放ってゆく。

 光生組長の頭から鉈を引き抜くなりに、リンはその遺体を盾にして銃弾の雨から防いでいきつつ手前の机へと飛び移った。組長の骸を色黒い組員に投げつけて、その隣りにいたリーゼント頭の拳銃を手首といっしょに踏み潰した直後に、鉈を延髄に叩きつける。噴き上がる血を浴びながら、色黒い組員の顔を蹴飛ばして体勢を崩したところで、鉈を横にないで男の“こめかみ”から斬りつけた。刹那、高い金属音を鳴らして、銃弾がリンの頭を揺らした―――が、しかし、その衝撃に耐えた女は、溜め息混じりに腹立たしさを表したその顔を、眼下でハンドガンを構えているグラサンの組員に向けるなりに、手許にあったリーゼント頭の長ドスを“拝借”して引き抜きざまに脳天から叩き割った。


 伴奏も中盤に差しかかったときに、リンは腕で顔を庇いながら目の前で発砲する組員たちの机に飛び移ると、片手を突いた途端に女は両脚を振るって男二人を蹴り伏せたのちに、その後ろ頭へと鉈を叩きつけてゆく。事務所内が片付いたところで机から降りると、返り血の付いた鱗の顔で周りをうかがっていき、そして出入り口の扉に目をとめた。

 廊下を挟んだところは、控え室。

 中の照明は落とされていて、野外の夜と溶け合っていた。だが、残りがいる。さしずめ、あと二人ばかりか。そう息をひそめながら様子を見ていくリンの真横から、銀の軌道を描いてくる。斬りつけてきた長ドスから腕を立てて防ぎ、土手っ腹めがけて鉈を突き刺した。幅広くて重い刃物から背骨ごと貫かれた丸刈りの組員は、長ドスを構えたまま口元から赤い滝を落としていき、床に倒れ込んだ。さらに真後ろからきた短ドスを交わして身を捻り、眼鏡の組員の首を撥ね飛ばした。



 2


 そうして組曲も終盤を迎えた頃には、リンも雑居ビルの裏口へと足を運んだいた。扉から静かに身を現して出てきたその場を、複数のパトカーと多数の警官および刑事たちに囲まれてしまう。これには少々驚きを見せたリン。いったい、どうやって私を探れたのだろうか。そんな女の湧き上がってきた疑問とタイミングが合うかのように、鬼堂獣蔵刑事が拡声器で話していく。

「君たちの行動は、一見手当たり次第に事務所を襲っているように思わせているが、実はある規則のもとに各自が決めて活動しているにしかすぎない。しかし、その法則も大した理由などなく、ただ単に広範囲な犯行と見せかけているだけだ。―――そう俺は推測して、その法則に従ってここにたどり着いたわけだが」

「……お見事」感心と微笑み。

「どう致しまして」

 やり取りののちに、今度はリンの方から言葉を放っていく。

「私たちには未だ、やらなければならない事があります。だから、貴方がたを傷付けたくはない。貴方たちは穢れた狼共じゃないわ」

「そういう訳にもいかないんだよ、我々は。なにせ、君は現行犯だ」

「そうですわね」

「そういう事だ。―――よって、おとなしく武器を置いて、我々のもとに来るんだ」

 この言葉に従うかのように、両手を挙げて見せたリンが、投降すると思わせた足を引いて踵を返すなりに裏口の扉を開けた途端に、待機していた犬神夏江刑事と目があうなり手刀をあげて軽く「よぉ」と挨拶をされた。その瞬間、夏江刑事から振り下ろされた合金製の警戒棒で叩きつけられて、リンは床に昏倒していく。

 この間に、女は夏江刑事の放った声をしっかりと聞いていた。

「いいえ。私たちも充分に狼よ」




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