組曲『黄金色の狐 無短調』
1
同じ頃。
襖ごと倒れ込んだ組員を跨いで、ハクが隣りの八畳間へと流れ込んだ。他の組員たちも、ライフルや拳銃にショットガンまたは長ドスや短ドスなど各々が武器を構えて、この色素欠乏した赤頭巾を取り囲んでいく。緊張の息遣いや食いしばった歯の隙間から漏れていく音などを耳に入れていきながら、ハクはゆっくりと腰を落として、柄に手をかけていった。そして、数発の銃声が一斉に鳴ったとともに、ハクが畳に身を預けて転がるなりに力強く踏み込んで、抜刀。天井をめざして走った銀色の線。それに反応するかのように、組員のサングラスは左右に割けていき、次は躰の正中線を赤いものが引かれていったときはその裂け目から飛沫をあげて倒れていった。
天井に切っ先を掲げたまま静かに片膝を伸ばしていき、胸元へと持ってきて両手で握りしめて構えたハクは、摺り足で下がりながら、薔薇色の瞳を周りに向けていく。後ろから刺してきたリーゼント頭の組員から身をかわすと同時に、横に踏み出して、そこにいた五分刈りの組員の腹をかっ捌いた。お次は斜め後ろで構えていた眼鏡の組員を蹴り飛ばしたのちに、身を捻るなりにその隣りでライフルを撃たんとしていた眉無しの組員の腕を斬り落として、土手っ腹めがけて刀身を突き立てる。切っ先を引き抜きざまに起き上がってきたリーゼント頭の顎を蹴り上げて、そのまま横へと流れると、拳銃を構えていた組員の脇腹から袈裟にかけて刀身を走らせたすぐに、さらに踏み込んで今度は脳天から股間へと垂直に斬り伏せた。
踵を返すと、禿頭の組員の手元からショットガンを蹴り飛ばして、その首を撥ね飛ばし。刃先を下に向けて峰に手を添えると、リーゼント頭の組員の背中を狙ってその心臓を貫いた。
リーゼント頭の組員から切っ先を引き抜きざまに、ハクは身を回して、今まさに逃げんとしていく眼鏡の組員を狙って一歩大きく踏み出して、その背中を袈裟から斬りつけた。呻きながら襖に飛び込むかのように、眼鏡の組員が前のめりに倒れたその先には、八畳間の中央にて正座をしていた稲穂色に輝く頭髪を持った尼僧が。ハクの見つめてゆくその薔薇色の瞳の先で、この尼僧は脇に置いていた黒漆の刀を手にとりながら、静かに膝を伸ばしていったのだ。特徴的な尚かつ美しい狐顔を崩すことなく、武器を腰の革ベルトへと差し込んだこのとき、初めて口を開いていく。
「貴女が例の『抜刀する赤頭巾』か。―――なるほどね。お若い身で賢い」
そう、リップの薄く引かれた唇を歪めて切れ長な眼でハクを見据えつつ、両手は脱力していた。どうやらこの狐顔の尼僧は、無闇に踏み込んでこないハクを褒めているようだ。そして、言葉を続けてゆく。
「ただ、狼以外を斬らないってのが、甘ちゃんかしらね」
優しい微笑みを向けながら、柄に手をかけていった。
「私は浦上天主堂教会所属、稲荷こがね。今回は『例外的』に“やくざ者”の用心棒を務めているわ。よろしく、赤頭巾さん」
名乗りを終えて、鞘から刀身を引き抜いて正面で構えたのちに、今度は悪戯っぽく小さく笑いかけた。これに対して、ハクは鞘へと収めていく。
そして、訪れる沈黙。
摺り足で互いに少しずつ詰めてゆく。
二人の空間が濃く重なり。
熱を帯びて歪みを持ち出したとき。
三度、弾けるように甲高く金属音が打ち鳴った。
2
その間に、なにが起こったのかというと。先手を打って逆手で抜刀したハクが、一刀目は袈裟へとあげて、二刀目に首を狙って横に流し、三刀目で右の袈裟から斜めに斬り落とした。ようするに、こがねの躰を逆三角形に切り刻んだのである。の、筈だったが、それら一連の流れが全て弾かれたのだ。この稲荷こがねという女は今まで斬ってきた連中とは異質だと直感したハクが、両手で柄を握りしめたのちに、腰を深く落としていきながら右肩に峰を当てて、刀を担いだような構えをとった。
「なるほど。不知火一派か」
これを見てそう判断した狐顔の尼僧は、同じように腰を深く落としていくも、こちらは切っ先を相手に向けている構えを見せた。
「まさか、こんな所で私たち稲荷一門の派生と“かち合う”なんて。―――燃えるじゃないの」
嬉しくてたまらないようだ。
こがね自身も云い表せぬ興奮は、当然だったといえよう。四国から日本全国へと名を馳せる幾つかの強大な剣術の家系のうちひとつである、稲荷一門から更にたくさん派生しては消えていった中で、唯一残ったのが不知火一派。しかし、風の便り程度に「残った」とは聞いたものの、実際は“それっきり”で、こうしてあいまみえるまでは近況さえも届いていなかった。だから余計に、こがねには、初対面も同然の相手。今まで鍛錬してきた腕を試すには、充分すぎる対象だった。そしてそれは、このハクとて同じこと。
数秒ほど睨み合っていたのちに、女二人は構えたまま横歩きで廊下へと出て、こがねは後ろへと下がってゆき、ハクが詰めてくるといった、間合いを保ちながら斬撃の好機をうかがっていく。角を曲がって、開いたガラス戸と障子との並ぶ通路にきたとき、二人の背後を狙って、それぞれ黒島組組員と赤城組組員とが長ドスを振り上げて現れてきた。ハクが弾いた刀身で黒島組組員を斬り上げて、こがねも同様に刃で弾いて赤城組組員を斬り落とした、その次の瞬間。ほぼ同時に向き合ったときに、僅かに先手を踏んでハクは勢いを利用して振り下ろすも、こがねが横から薙いできたために、打ち止めされた。
そして、双方の刀身を噛み合わせたまま接近して、鍔迫り合いしながら顔の位置まで回していく。それからハクは詰め寄り、こがねは下がってゆくといった、間合いを保ちつつ廊下を進んだところで立ち止まった瞬間に、弾けあうように二人は離脱。そして、顔の前で腕を立てて峰で対角線という直角三角形を成した構えから、尼僧を標的に定めたハク。に、対して、左肩で刀身を担ぐみたいな姿勢で腰を落としていき、半身に構えてゆく稲荷こがね。数秒の睨み合いを終えて、先手を切ったのはハクだった。銀色の軌道が逆三角形を描き、さらに真横を走った、その刹那。軽やかに飛び退けた“こがね”から、白銀の鋭角を引かれたときに、二度火花を散らして再び間合いを確保した。
すると、針の先端で突っつかれたと思われた苦痛に、片方の頬をあげて歪めたハクが薔薇色の眼を下にやってみたら、その白い膝より上に赤い線を引かれているのを発見。次に、そこから鉄の臭いを持つ物が“じんわり”と湧き出してくるなりに、端から垂れてきた。これを見た瞬間に、ハクは驚愕を覚えてゆく。私を初めて斬りつけた相手。だが、仇の対象ではない。しかも、このまま斬り合うには大変勿体無い存在ときた。強い、美しくて強い。
そして再び、ハクは刀身を右肩に担ぎ、こがねは切っ先を向ける、といった各々の構えをとりながら斬り込む機会をうかがっていく。睨み合ったまま、開いた障子から六畳間へと入り、破壊されて風通しのよくなっていた襖を突き抜けて八畳間へと跨いだ。水墨画による十字架に張り付けられたイエス・キリスト像の掛け軸を挟むように、女二人は互いに刃を向けていた。六畳間から八畳間にかけて、数体の黒島組組員の斬殺遺体が転がり、壁や天井または破れた障子に襖にまで血飛沫で荒々しく画かれた部屋の中で、凍結せんとばかりの緊張感が張り詰めていく。やがてそれは、こがねの踏み込みによって打ち砕いた。
相手の事情など知らぬかと云うがごとく、冷徹に輝く切っ先で雷撃のように突いてくる。瞬時に身を引いて、畳を蹴るやいなや、こがねの袈裟をめがけて振り下ろした時に打ち合いざまに、狐顔の尼僧は一歩退いてすぐさま、真横斜め下と鋭角に斬りつけた。これを弾いて退けたハクを追うように詰め寄ってきた“こがね”から、大振りに袈裟を狙われたその瞬間に、白い赤頭巾は反射的に振り上げて刃どうしを打ち合わせた。
そして、足元を狙って円弧を描いてきた切っ先から、風に吹かれた羽毛のように飛び退けたハクの間合いに入り込んで、こがねはその首を撥ねとばす勢いで刀身を振るったこれを“とっさに”防御されたものの、鍔迫り合いのまま力任せに押してゆき、壁へと叩きつけた。少しばかり押したあとに離れるなりに、再び踏み入れて、横一線から袈裟へと繋げて斬り下ろしたが、赤頭巾はこれを間一髪でかわして身を畳に預けて転がって片膝を突いて構える。切っ先を狐顔の尼僧の背中に向けた姿勢のまま、慎重に膝を伸ばしていったときに、ハクは己の息があがっていた事に気づいたのだ。
背後から突こうにも隙が無い。
同時に冷たい脂汗を噴き出していく。
今頃、二の腕に走る赤い線に気づく。
不用意に踏み出そうものならば、たちまち私の方が真っ二つにされてしまうだろう。
そのようなハクの心情を知ってか知らずか、または敢えて知りつつも流したのか、こがねは“ゆっくりと”振り向いたのちに、刀身を躰の真正面に構えた。これを目にした途端、ハクが瑞々しい唇をキュッと結んで、相手と向かい合うなりに同じ型をとっていく。するとどうした事か、ハクはじぶんの脳味噌が瞬く間に熱くたぎっていた物を冷ましてゆく感覚と、呼吸が落ち着いてくるのを感じとっていき、肉体の全神経を稲荷こがねへと尖らせてゆくことが出来た。と、ハクの変化に気づいて、口の端を軽く釣り上げる。
次の踏み込みで勝負が決まる。
そう察したとき、こがねから先手を打って一歩踏み出しての袈裟を斬りつける一撃を放った瞬間に、手元から激しい金属音をあげて刀を弾かれた。その刀が天井に刺さった刹那、横一線に振るわれてきた刀身から肋骨を“打たれて”しまい、こがねは息を詰まらせながら畳へと倒れ込んだ。必死に呼吸を取り戻したのちに、漸くの思いで歯を食いしばった顔を向けた“こがね”が、ハクに語りかけていく。
「……絶好の機会、だった、のに……、(貴女は)“それでも峰打ち”だ、なんて……。―――全く……、恐れ入ったわ。―――桁違い、の、気違いね……」
これを耳に入れながら、振り払った刀身を鞘に収めたハクが、こがねに振り返って片膝を突くと、胸元で十字架を切ったのちに愛らしく微笑んだ。そして、仇を目指して立ち去っていく。




