ほらぁ?
全然恐くないです。
ウーーーーーーッウーーーーーーッ
消防車や救急車など、色々な車が私の家の近くへと集まってくる。
「ねぇ、お母さん。ほら、健人君とこ。すっごい勢いで燃えてるよ!!」
「うそっ!!」
母が天ぷらの火を消し慌てて窓際へと寄ってきた。
「あら、本当! ちょっと見に行きましょう!」
母と私は、急いで従弟の林健人君宅周辺へと野次馬に向かった。
パンッ
二階の窓ガラスが弾け飛ぶ。それと同時に外からの酸素を得て、部屋の窓から火の手が伸びる。
それは、隣の家を巻き込むように少しづつ近づいていた。
消防隊員は、被害が拡大しないように周辺の家に放水を続けている。
「放水を続けろ!! いいか!まだ生存者がいるかもしれん!! レスキュー隊員が入れるように道を作るんだ!!」
その場の責任者らしき男が、声を荒げている。
「そこ! 水量足りないよ!! 何やってんの!!」
何かどこかで聞いたことのあるような台詞を言いながら順々に火を消していく。
そんな中、まだ火の勢いが激しいうちにレスキュー隊が入っていく。
「よし! 行くぞ!!」
わらわらとレスキュー隊員が入った後も、消防隊員は放水を続ける。
数分後、レスキュー隊員達が一人の男の子と黒く焼け焦げた二つの塊を連れて出てきた。
「生存者一名確保!しかし、後二人は……」
レスキュー隊員がいい終わらないうちに、少年が咳き込む。
「ごほっごほっ」
「健人君!!」
「知り合いの方ですか?」
救急隊員が聞いてくる。
「はい、従姉ですが……」
「そうですか。では、一緒に付いてきてもらえますか?」
「えっ? は、はい!」
私達は救急車に乗せられ、健人君と一緒に病院へと向かった。
―――家―――
「お母さぁ〜ん、お母さぁ〜ん」
夢の中で母親を探しているのだろう、健人君は伯母さんを呼んでいる。
「可愛そうに……」
母は健人君の頭を撫でている。
あの後、私達が病院に着くと、医師から重要な話があると待合室へと通された。
その医師の話によると、消防隊員とレスキュー隊の努力も虚しく、健人君を除く両親は焼け死んでしまったらしい……。
しかし、健人君が生き残れたのも、その両親のお陰なのだ。二人は、自分達の身をていして健人君の上に覆い被さり、火炎と放射熱から健人君を守ったのだ。両親が他界したことを健人君はまだ知らない……
いずれは、言わなければならないが……
「う、う〜ん……」
健人君が目を覚ます。
「あれ?弥生姉ちゃん、それに叔母ちゃんもどうしたの?」
健人君はキョロキョロと辺りを見回す。
「あれ?ここ……叔母ちゃん家?」
「あ、あぁそれはね?昨日の晩…………。」
母は昨日起きた事、健人君の両親がもう一生帰ってこないこと、そして、二人が身をていして健人君を救ったことを噛み砕くように説明した……。
「…………。うそだ……。うそだぁーー!!」
健人君が、裸足のまま外へと飛び出して行く。
「待って、健人君!」
私も、健人君を追い掛けていった。
―――旧林家―――
「ハァハァ」
少し走ると、そこだけ焼き討ちにあったかのように焼け落ちた、一戸建の建物の前に辿り着いた。
不思議と周囲の建物はただ焦げただけで、焼けるところまではいっていない。
その焼け跡を茫然とした面持ちで見つめている少年がいた。
「健人君……」
健人君は両の手をきつく握り締め、涙をぽろぽろと流している。
「うわぁぁぁぁっ、うわぁぁぁぁっ」
健人君は声を大にして泣き叫ぶ。火事の原因を調査していた警官も、何事かとこちらを見る。
しかし、そんな事は気にせず健人君は泣き続ける。
(健人君……)
元気を出して。とか、天国でお父さんとお母さんも見守ってくれてるよ。
などの気の効いた台詞も口に出ない。
いや、出すことが出来ない……
健人君の苦しみが分かるから……
私も、事故で父を亡くしているから……。本当に悲しい時は、どんな言葉も空々しい……
それを知っているから……
やりきれない気持ちが私を包みこむ……
「ひっく。ひっく。」
私は泣き続ける健人君の後ろからそっと抱く。
「うっ。うっ。」
健人君は私の腕を抱き、再び大声で泣き始める。
どのくらいそうしていたのだろうか、辺りはすっかり暗くなり、現場検証をしていた警官もいなくなっていた。
翌日、健人君の両親の葬儀が私の家で行なわれた。
朝早くに警察の方が来られ、あの火事が放火だったことと、全力を持って犯人を捕まえるからと、健人君と私達に伝えた後、警察官達はその場を後にする。
それから、数時間が過ぎたころ、健人君のご両親の親戚や友人、会社の上司など、沢山の人が葬儀に参列してくれた。
次々と参列者達が健人君に励ましの言葉を掛けていく。その後、順に黒い人の形をした塊に話掛ける参列者の中、一人健人君だけが手をとり、話掛けている。
「お父さん……お母さん……。僕を見守っていてね……」
健人君はそれ以上言葉を続けることが出来なかった。
葬儀は滞りなく進み、棺の中に菊の花や健人君のお父さん達が生前好きだった物が納められていく。最後に健人君のご両親の骨を拾う。
葬儀が済んだときは、空はすっかり暗くなっていた。
葬儀が終わり、片付けをすませる。
「お姉ちゃん、眠い……」
健人君が目を擦り、私のところへと来る。
「あ、もぅこんな時間……。それじゃぁ、今日はお姉ちゃんと一緒に寝よっか。」
健人君と一緒に寝ることにした私は、居間に布団を敷き詰めていく。
と、突然健人君が私のパジャマの裾を引っ張る。
「ねぇ、お姉ちゃん、あそこに黒い人がいるよ」
「えっ!?」
健人君が指した方を見る。
が、そこには誰もいない。
「健人君、何を言ってるの?」
私は、健人君の方をもう一度見る。
「ほら、あそこ。廊下の辺りだよ。」
健人君が嘘を言っているようには見えない。
私は、目を擦りもう一度廊下の方へと目をやる。
ギラッ
廊下の奥、部屋の灯りが届かない辺りで二対の眼がこちらをじっと見ているのがわかる。
「ひっ……」
その眼はじっとこちらを見つめ続けている。
と、健人君が口を開く。
「お父さん、お母さん、僕を見守ってくれてるんだね。ありがとう」
その言葉を聞いたとたん、その眼はすぅっと消えていった。
(な、なんだったの? 今の、もしかして健人君のご両親……?)
健人君を見ると、恐がっている風でもなく、二対の眼があった辺りをじっと見つめていた。
その晩、私は家中の電気を明々と灯していないと、寝ることができなかった。
あの日から、たまに二対の眼がこちらを見ていることがある。
あれから八年がたった今でも、まだ慣れることはない。
連載小説の合間に書いてたら、いつのまにか連載小説より早く書き上げてしまった罠〇| ̄|_