城-01
第2章はじまりはじまりー
たどり着いた建物は、「城」と呼ばれていた。
真っ白な石造りの大きな建物で、三階建て、というところだろうか。
とにかく大きい。
わー、大きいなー、すごいなー。
端から端まで移動するのに、動く歩道とか欲しくなりそうなくらい広いなぁ。
ここ、何だろう。「城」って言ってたけど。
…ちょっと待ってよ、お城?
まだ観光とかしなくていいから、まずはその説明してくれる人に会わせてほしいんだけど…。
そう思っていた私に向かって、馬を止めながらカイが言った。
「さて、と、ようやく着いた。」
「え?」
カイさーん、だってここ、お城なんでしょう?
お城って言うと王様とか女王様とか住んでるようなイメージなんだけど。
そんなところに何の関係が…、って、まさかこんなところに、私のことを説明してくれる人がいるんじゃないでしょうね?
あ、もしかしてお城の中に何かこう、市民相談窓口があるとか。
で、そこの人からもれなく説明を受けるのが決まり、とか?
こう、黒い腕抜きしたようなおじさんが出てきて、もしゃもしゃ説明してくれたりするのかな?
だったらありかな。
また呆然と建物とカイを交互に見上げつつも頭の中ではぐるぐる回っていた疑問を、仕方なくとうとう口にしようとしたとき、誰かがやってきた。
「ああ、カイ。ご苦労様。彼女が?」
その人は、カイに尋ねた。
誰だろう、と思って見ると!!!わー、また美形が!!!!!
まっすぐで綺麗な長い赤毛を後ろで束ねて、すっきりした形のクリーム色のドレスがとても似合っている美人だ。
カイと並ぶと、美男美女で、目の保養★
「ああ、絹花だ。絹花、こいつはリセ。この後は、こいつに連れて行ってもらってくれ。
私も着替えてすぐ後から行くから。」
「え?カイが連れて行ってくれるんじゃないの?」
おいおい、話が違うじゃない、と、驚いて聞き返す。
一応カイは信用することにしたけど、他のことを信じていいのかはわからない。
何も分からないところで、いきなりまた知らない人と二人になるの?
すると、赤毛美人、リセさんが鮮やかな笑顔で答える。
「ああ、絹花。カイはね、この格好ではちょっとこの城の中に入れないんでね。
着替えてすぐにくるから、私を信用して一緒に来てもらえないかな。
大丈夫、怖いこともないし、危害も加えたりしない。ちゃんと陛下のところにお連れするから。」
…これまたかなり強力な笑顔だ。
しかも女性なのにカッコいいって言葉が似合う感じ。
女子からラブレターとかチョコとかもらいまくりそうだわー。
…っと、今、なんかすごいこと言わなかった?
「へ、今、陛下っておっしゃいました?」
陛下って、陛下って、私の知ってる使い方と違うんだよね、きっと。
『ヘイカ』っていう役職とか係があるんだよね。
そんな私のなけなしの想像力は、すぐに粉々にされる。
「カイ、言ってなかったのか?
これから女王陛下が君にお会いになるんだけど。」
じょ、女王陛下って言ったー!!!
「カイ!!!わ、私に説明してくれる人って、まさか。」
驚いてカイを見る。そりゃあそうだ。
黒い腕抜きしたもしゃっとしたおじさんはどこ行っちゃったのよー!!
カイは私の驚きなど全く気にせず答える。
「…言ってなかったか?
そう、これからお会いするのは女王陛下だが。」
…聞いてませんから。つらっと言うのやめてくださいよ。
ほんとに聞いてませんよ、私。
いきなり見ず知らずの世界にきて、たどり着いたところがお城で、更にそのお城でいきなり女王陛下にお目にかかる私って、いったいなんなのかしら。
すっかり頭が痛くなってきた。
ほんとに聞いてないよ、カイ。いきなりひどくない?
そう思ってうらみがましい目で隣のカイを見つめてみるが、カイはこちらを気にせず辺りをきょろきょろと見回しはじめた。
そんなひどい格好だとは思わないけど、そのカイが着替えないとお城に入られないって、私は?
「うーん、誰か来ると面倒だな。
絹花、私はもう行くが、私を信用しろ。リセのことも保障する。
必ずすぐに女王陛下のところに伺うから。
絶対約束する、大丈夫だから、先に行っててくれ。」
カイがじっとわたしを見つめて言う。
カイにそう言われたら、とりあえずうなずくしか今の私にはできない。
「・・・うん、わかった。リセさん、よろしくお願いします。」
心細く感じていた私に、カイがにっこり笑って信用しろ、と言う。
そもそもここまでも、なんとなく、という直感でカイに着いてきたまでだ。
ここから先も直感でいくしかないだろう、多分。
そういう意味では、リセさんは信用できそうな感じがする。
うん、きっと大丈夫だ。信じるものは救われるはず。・・・多分だけど。
私は覚悟を決めて、軽く手をあげて風のように去っていくカイの後姿を見送った。
どこに行くんだろう、カイ。
リセさんがそっと私の背中を手でうがなすようにして言う。
「さぁ、私たちも行こう。
女王陛下が首を長くして、君のことを待っておられる。」
「は?私を待っている、んですか?」
…もう、全く意味がわからないことばかりだ。
私を待っている、って、だって偶然こんなところに迷い込んだだけなのに、待っているって、私が来ることを知っていたのかしら?
カイが知っていたってことは、女王陛下も知っているってことなの?
不思議に思って聞き返すと、リセさんはいたずらっ子がいたずらを大成功させたような満面の笑みで答えた。
「そう、もうずっとね、君の事を待っていたんだよ。」
ずっと?それはどういう意味?
尋ねたかったけれど、リセさんは、さぁ行こう、と歩き出してしまった。
女性にしては歩くのが早い。
大急ぎで後を追いかけた。
ここまでの道のりのことを少し話しながら、謁見の間に案内される。
女王陛下に謁見するその広間は、想像以上に大きいものだった。
体育館並みで、高い高い天井には、どうやら草原や空や森やきれいな景色が描かれているようだった。
壁は真っ白で、ほんのり明るく光っているようにも見える。
「本当は君には関係はないのだけど、一応ここでの流儀だから従ってもらえる?」
リセさんはそう言うと、拝謁の際の礼の仕方なんかを教えてくれた。
実際にやってみるよ、と言いながらの所作は、流れるようで、止まったところは絵のように美しい。
思わず見惚れるが、すぐにほら、やってみて、と言われてしまう。
せっかくだからもう少し見ていたかったのに。
「そう、そのまま深く礼をして、陛下からお声がかかったら顔を上げて。
でも膝は着いたままでね。どう?できそう?」
「うー、多分。難しくはないので。ただ、こんな感じでリセさんから見て大丈夫ですか?」
そんなに難しくはないけど、きれいにできてはいないだろうなぁ。
すると、リセさんは軽く笑う。
「ははは。大丈夫、たいしたものだよ、初めてなのにね。
とても美しい。」
それはさすがに言いすぎだろう。
でも、緊張してるの察してくれたのかな。
ちょっと安心した。なんとか拝謁できるかしら。
「さぁ、そろそろ陛下がお出ましになるけれど、準備は大丈夫だね。」
「は、はい・・・、」
不安そうな私にくすくす笑いながらリセさんが言う。
「なに、とって食われるわけでないし、言葉も通じるよ、大丈夫。
ちょっと変っているけれど、心から尊敬できる方だよ。
何事にも無理強いはなさらないだろうしね。」
リセさんがそう勇気付けてくれたタイミングで、遠くから鈴の音がした。
だんだん近くなっているようだ。
「陛下のお出ましを知らせる、先触れの鈴だよ。
それでは私も横の方に控えているからね。
何かあったら必ず助けるから、安心して。
すぐにカイも来るだろうし。」
リセさんは、すっと横の方に行ってしまった。
広い広い大広間のど真ん中に取り残されたのは私だけ。
うー、ほんとに緊張するなぁ。
あ、っと、お辞儀お辞儀。
顔は陛下に声をかけられるまで上げないっと。
先触れの鈴の音が本当に近くなってきた頃、いくつかの衣擦れの音と足音が聞こえた。
二人くらいここに入ってきて、ちょうどリセさんがいる方で止まった、ように感じる。
カイかしら?
「陛下のお越しでございます。」
リセさんの凛としたかっこいい声がしたと思うと、いっそう近くで鈴が鳴った。
衣擦れの音とともに、何か大きな空気の塊が動いたような感じがする。
うまくいえないけれど、風が吹いてそこに留まったような。
「待たせましたね。皆も顔を上げて頂戴。」
やわらかい印象なのに、すごくはっきりした女の人の声が聞こえた。
これが女王陛下の声。
なんだか母さんの声に似てる気がする、なんて言ったら失礼だわね。
そっと顔を上げると、目の前は一瞬にして、とても大変なことになっていた。
美男美女の大売出し状態なのだ。
すごい、こんなの見たことない。
カイとリセさんだけでもかなり眼の保養なのに、こんなに並んじゃってどうしろっていうんだろう。




