扉-03
「どこよ、ここ。」
一番近いのは、テレビで見たギリシャの神殿の遺跡ではないかと思う。
高い高い天井と、どことなく荘厳な雰囲気。広いが何の装飾も家具もない。
あるのは四隅にそびえるシンプルな形の柱と、それに備え付けられ灯された灯りだけ。
森と湖の景色に吸い込まれた、と思ったのに、あまりのそっけない景色に呆然とする。
とはいえ、ランタンの灯りが目立つような夜、もしくは薄暗い森に、いきなり落とされたとしても
それはそれで困る。
屋根があるだけましなのだろうか、と、つまらないことを考えて、しばらく立ち尽くしていた。
と、突然、何かの気配がした。音ではなく、気配。
そんなものに敏感なような人生でもないし、どちらかどいうとぼんやりしているはずの私が、
なぜか「気配」と感じるってどういうこと?と、後々の今になって思っているところだ。
でも、確かにそのときは、何かの気配を感じたのだ。しかも、突然。
びっくりして振り向くと、そこには驚くほどカッコいい男が立っていた。
いや、正確に言うとカッコいいだけではない、ずっと前にどこかで会った人のような気がする。
ひどく懐かしい。
しかし、私にはこんな真っ黒いきれいな長髪で、しかも蒼い眼の知り合いはいない。
腰くらいまである髪は、いわゆる「烏の濡れ羽色」、つやつや光って美しい。
私はどちらかというとくせっ毛なので、うらやましい限りだ。
きっと、パーマとかかかりにくいんだろうな。
そして快晴の空の色のような、深く明るく澄んだ蒼い目。
サファイアみたい、ブルートパーズみたい、いや、なんか、ああいう飴あったよな、
、と、どうでもいいことを一瞬のうちに考える。
顔立ちは鼻が高くて少しだけゴツイ。
結んだ口がへの字だが、笑ったらもっといい顔なんだろう、と思える。
私が驚きを通り越し、バカみたいにその人を凝視して、どうでもいいことを考えていると、
「怪我は?」と、突然その人が言った。
うっとりするような少しだけ低めのいい声で。
いやー、カッコいい男って、声までカッコいいのかしら?!
なんか歌ってくれないかなーって、いやいや、あれ、今って話しかけてるの?
誰に?
いや、私しかいないのか。
「はい、大丈夫です。かなり、びっくりしていますけど。」
普通に受け答えた私を、自分ながらほめたいと思った。
おお、よく答えたな、私!
この「突然現れた驚き」と「いきなりカッコいい男が現れた驚き」と「しかもいい声」と
冷静でいられないはずのこの状況で、よく頑張ってるぞ、私!
・・・・・相当動揺しているようである。
「ここは、先ほどまで君がいたところとは違う場所だ。だが、それを説明する権利は私にはない。
もしよければ、それを説明してくれる人のところへ連れて行くが、どうする?」
いきなり違う場所だって、どうするって、意味分からないんですけど。
しかも、説明する権利がないって、何なの、それ。
その上、どこかに連れていく?
初心者に、あんまり展開が早すぎるんじゃないの?
「あの、ここってどこなんですか?」
だから、私がそう聞いたのは、当然だと思う。
だって、初心者だもん!・・・何の?と、心の中でツッコミを入れつつ。
「私には説明する権利がない。
ただ言えることは、ここは先ほどまで君がいたところではない、ということだけだ。」
なんで私がいたところじゃないって、知っているのよ。
ええい、この人、カッコいいとか言ってる場合じゃないな。
埒があかないな。
「あなたは、誰?」
「カイだ。」
「名前だけ聞きたかったわけじゃないんだけど。」
「そんなことより、このままここにいても、何も変わらないが、どうする?」
やっぱり埒があかない。。。
何も変わらないって、どういう意味よ。
「考える時間が必要なら待つが、私もそんなに暇ではない。
一緒に来るか、来ないか、早めに決めてくれ。
ちなみにここは、待っていても他の人間は七日後まで多分来ないだろうな。
まして夜が近い。
夜中ずっとここにいても、危険はないと思うが、保障はしかねる。
一番いいのは、さっさと一緒に来ることを決めてもらえることだが、
まぁ、無理強いするつもりはないから。」
はい、また出ました。
だから、初心者には急展開なんだってば!
無理強いするつもりはないって、危険はないと思うが保証できない人気のない場所に
置き去りか一緒に行くか、って。
そのどこに選択権が与えられているのよ。
そんなのないのと一緒じゃないのよ!
「どうする?」
重ねて聞く男をちょっとだけ睨みつけて、目をつむる。
「・・・・・・、ちょっと待って。」
落ち着け、落ち着け、私。
大きく息を吸い込む。
こういうときは、深呼吸、深呼吸。
この何もないところにいても、飲み物も食べ物もないし、石の床に直接寝たことは未だかつてない。
この人の言っていることが本当だとすると、あと一週間はこの何もないところで過ごさないといけないかもしれない。
しかも次に来た人がいい人なのかもわからないし、ここからこの人と一緒に行かないで人のいるところに行けるかどうかも分からない。
少なくともこの人は一応私がここに「来る」ことを知っていたようだし、私が「こことは別の世界から来た」ってことも知っている。
この人についていけば、私がここになぜいるのか、その事情がわかるんだろうか。
いや、この人に説明する「権利」はないようだけど、説明できる人がいるようだし、親切にも連れて行ってくれると言っている。
親切?親切なの?
というか、この状況、まるでよくわからない。
だけど、目の前に現れたこの人以外、今のところ何の手がかりもない。
しかも、どうやら手足が2本ずつで口でしゃべる、しかも言葉が通じている感じの人類だ。
たこみたいな火星人や、何の部位かよくわからない形をした宇宙人でもない。
ちゃんと、人類。多分。
・・・何より、この人は悪い人のような気がしない。
気のせいかもしれないけれど、他の判断要素がない以上、ここでは自分の直感くらいしか信じられるものもない。
「一つだけ聞いてもいい?」
でも、決めるのに、あと一押し!
「答えられることはほとんどないが。」
その権利ってのが気になるんだけどな。
なんでそんな権利ない人が来ちゃってるのよ。
権利ある人が来てほしかったわ。
なんて思ってても仕方ないから。
ここは、直感に任せて。
「あなた、悪い人?」
「・・・・・」
一応聞いてみようかな、と思ったんだけど。
その人は、少し驚いた顔をしてじっと私の顔を見た。
次に今までの中で最高に無表情になって答えた。
「・・・多分、悪いやつではないと思う。君に危害を加えるつもりもないしな。
しかし、普通悪いやつが自分で『悪人だ』と言うのか?」
あ、呆れてたのね。
はいはい、ワタクシがわるうございました。
確かにその通りでした。
ちょっと聞いてみたかっただけですよ。
すみません、アホの子みたいに見るのやめてください。
何です、その無表情。。。
自分にひたすらツッコミを入れつつ、少し恥ずかしくなっていたら、なんとその人は、信じられない無表情から一転、なんとうっすらほほ笑んだのだ。
「まぁ、どんな風に見えても、信用してもらうしかない。なんの証拠も保障も持っていない。
ただ、君をちゃんと送り届けることは約束する。それが、私の役目だから。」
その表情も反則です!
やっぱり笑ったらかわいいじゃないか。。。
「役目」っていうのも気になるけど。
わからないことばっかりだけれど。
ここにいた方がいいってことは少なくともなさそうだし。
ええい、女は度胸だ。
「・・・わかった、あなたを信じます。その、説明してくれる人のところへ連れて行って。」
そう言うと、その人はまた、びっくりするくらい優しい顔でにっこり笑ったのだ。
「了解した。では、こちらへ。」
やっと他の人登場!




