絹花-04
先ほどのお姉さまを助けなくてはと思ったときような、目の前がチカチカするような怒りは消え、
心が凪いでいるのを感じる。
私は静かに黒の風に話しかける。
「あなたがどんな存在なのか、私にはわからない。
でも、銀の鷹の力で何をしたいの?
世界を例えあなたのものにしても、誰もあなたのものにならないのよ?」
「戯言を。
私はこの世界を我が物にする。ただそれだけだ。」
「昔から思っていたのよ。
よくお話とかヒーロー物には世界制服を企む悪者って出てくるけど、
征服して何が楽しいのかしらって。
征服したって誰もその人のこと愛さないのに。
だったら、皆で楽しく暮らす努力をした方がよっぽど建設的よ。」
黒の風は怪訝そうな顔でこちらを見る。
「お前、何を訳の分からないことを…。」
にっこり笑いかけて、一歩近寄る。
ここにいるのは黒の風。
この世界を自分のものにしようとしている存在。
「もし寂しいのなら、一緒にここで楽しく過ごそうよ。
私も来たばかりだけど、みんなとっても優しいし。」
「何を言っているんだ、お前は。」
だけどそんなことはどうでもいいのだ。
だってまだ、世界は黒の風のものじゃないもの。
「世界を手に入れて、孤独に生きて、何か楽しいことがあるの?
絶対の悪の存在なんて信じない。
憎しみだけで生きている存在なんてありえない!
友達になろう?いろいろ話そう?
あなたは何かを忘れているだけだよ、きっと。」
きれいごとかもしれない。
でも、エディさんが神殿を案内してくれた時に思ったことを。
私の故郷が素敵な国でよかったって気持ちを。
私は決して忘れない。
そして今、黒の風はここにいる。
この素敵な国にいるのだから。
「お前から先に死にたいか。ではその願い、叶えてやろうっ!」
黒の風が叫びながら、エディさんの右手が、また突風を巻き起こそうとしている。
今度こそこの城を吹き飛ばすくらいの力が出てしまう。
そんなことを感じる。
だけど。
「絹花っ!」
カイの声がしたような気がする。
でも、悪の存在なんて信じない。
誰だって暗黒の心を持っているなら、誰だって純白の光り輝く心も持っているはず。
忘れているだけなんだから。
絶対信じない。
神話に語られるような悪だけの存在なんて絶対に信じない。
私は、突風を起こそうとする黒の風の、エディさんの右手を握る。
セレネも空いている手でエディさんの左手を握った。
三人が輪になる。
その瞬間、私の中で何かが弾けた、ような気がした。
「もっと楽しく優しく自由に生きられるんだからっ!」
セレネが、銀の鷹が光り輝き、どこからともなく私たちを中心に強い強い風が吹いた。
その風はさっきから黒の風が吹きつけているものとは違う。
もっと暖かく、清らかで誇りに満ちて、光り輝く風は黒の風を包んだ。
その瞬間、黒の風は私の方を見た。
少し驚いたように目を見開き、そのあと不適に微笑んだ。
そしてごうごうと吹く風の中、…なんと私にキスをした。
「面白いな、お前は。」
現れた時と同じように、突然光は収まり、突風は消えた。
あとはいつもの穏やかな女王の間。
同時に崩れ落ちたエディさんの体を、あわてて駆け寄ったカイが支える。
「エディ!?しっかりしろ!」
「も…う、大丈夫。
あれはいなくなった、みたい、だから。」
みんなが駆け寄る。
お姉さまが泣きながら手を握り締める。
「エディ…。無事でよかった…。」
「陛下…。申し訳ありません、僕は…。」
「いいのよ、今は何も言わないで。
起きたらたくさん話しましょう。」
それを聞いたエディさんが、安心したように目を閉じて、静かな寝息を立て始めた。
よかったぁ。
「ほらほら、ラブシーンは後にして、エディを眠らせてやれ。
おっと、カイ、こっちもダメそうだぞ?」
リナス叔父さんの声を遠くに聞きながら、私のまぶたがゆっくりと閉じた、らしい。
せつせつと更新中。また明日m(__)m




