絹花-03
私たちが飛ばされた突風は、お姉さまにも吹いたはずだ。
でもお姉さまは、その風にも吹き飛ばされず、玉座に座ったまま。
冷静な顔で正面に立った黒の風を見つめている。
いつもの優しいお姉さまとは違う、怖いくらい表情のない横顔。
先ほどから一言も発していない。
「私を殺すか?」
冷たい声で黒の風に問いかけるお姉さま。
「ああ、お前はお前が思っている以上に邪魔なのでな。
おっと、お前たちは動くなよ、動くと女王がすぐに死ぬだけだぞ。」
楽しそうに笑いながら、黒い風が答える。
私たちがお姉さまの前に戻ろうとするのを牽制するのを忘れずに。
…そう言われては、動けない。
「それはそれはご苦労なことだな。
こんな女の一人くらいを気にするか。
この世界を自分のものにするなどと言っている割には、お粗末なものだ。」
「お前にはそれだけの価値があるからな。
千年前と同じ魂の女王よ。
あの時もお前たちにもう少しというところで邪魔された。
おかげで千年、この時を待つことになった。」
お姉さまの冷静さは変わらないが、少し小首をかしげて問う。
「お前の存在が銀の鷹を生むのか。
銀の鷹が現れるからお前が現れるのか。
どちらなんだろうな。」
「さぁ、そんなことはどうでもいいことだ。
どうせお前はここで終わるのだから。」
再び右手をかざそうとする黒の風が、突然苦しそうに顔をゆがめた。
「うっ…。陛下、皆さん、離れてください。」
「エディ!」
お姉さまの表情が一変した。
黒の風ではない、エディさんが話しかける。
「陛下…、今の私は、あなたの害になるばかりです。
この身を滅ぼせば…。」
間違いない、エディさんだ!
「だめよ、エディ。
そのようなことは私は許しません。
とっとと追い出しなさい、そんな風ごとき。」
「しかし…。」
「…だめよ、約束したでしょう、エディオス・ソーラ。
私を助けるって。」
お姉さまが優しく、小さな子供を諭すように声をかける。
「エディ!」
皆がエディさんを呼ぶ。
エディさんは苦しそうな顔をしたまま、とてもぎこちなくセレネの手を手放した。
セレネが私のところへ駆け寄る。
「絹花…。」
「よかった、セレネ。無事ね?」
セレネを抱きしめてほっとする。
この新しい友達が無事でよかった。
セレネは眉間にしわを寄せ、苦しそうな顔で言う。
「大丈夫、でも、彼は…。
手をつかまれていたからわかる。
早くしなければ、彼が危ない。
このままでは取り込まれてしまう。」
「わかった。」
何をわかったというのだろう、私は。
でも、わかったような気がしたのだ。
「例えエディさんと一緒に黒の風を倒したとしても、黒の風は誰かに取り付くだけよ。
言ったでしょう?誰にだって心の暗黒があるのよ。」
私はそっとセレネの手を握り、静かに黒の風に、エディさんに向かって歩き出す。
そう、誰もが誰かをうらやんだり、憎んだりする瞬間がある。
誰の心にも大なり小なり暗黒はある。
暗黒のない心なんてありえない。
それが人間だもの。
だから、例えここでエディさんを失ったとしても、黒の風はいなくならない。
「好きな人のことを悩んだり、自分の力が信じられないときだって、みんなあるんだから。
誰にだって心の暗黒はある。
それでも人は、その中に真っ白な、光り輝く希望を持っている。
それも誰にでもあるはず。
だとしたら、エディさんが特別なわけじゃない。」
「絹花、近づくな。」
カイが、ハルお兄様が焦ったように私を止めようと声をかける。
でも、ダメ。
私はエディさんの、黒の風の目の前、お姉さまとの間に立った。
「あなたはいったい何をしたいの?
伝説でも悪の存在と語られているのがあなたなんでしょう、黒の風?
本当に悪いことをしたいの?
あなたはどうしたいの?」
「何を言う?」
答えるのは、黒の風。




