黒の風-2
「で、なんだ?
時の間って言ったって、渡らないならそうそう案内できることもないんだが。
どうするかね、絹花。」
「そうねぇ。」
時の間のことを、時渡りのことを一通り説明してもらったところで、叔父さんが言う。
時の扉が開くのは7日毎。
だからこそ私は最低7日間はこちらにいなくてはいけないから、と、お姉さまに
『ここをいろいろ見てきてね』ツアーを言い渡されたんでしたっけ。
あれ?
「叔父さん、でも、私がここに来た時って、カイしかいなかったよ?」
その日にしかあかないんだったら、誰か1人くらい他にいてもいいんじゃないの?
渡る人とか、お見送りの人…がいるのかは知らないけど、
えーと、係の人とかいるのかな。
もしかして叔父さん?
「あー、あれはもう全部終わってからだったからなぁ。」
「全部終わったって?」
どういうことだ、それ。
「基本的に、扉は日の出とともに開くんだよ、普通。
だから、朝まだ暗いうちから、旅立つもの、見送るもの、その他色々は集まる。
一応、俺も。」
あ、やっぱり係の人なんだ、叔父さん。
「集まった旅立つ人たちに、事の次第を説明して、一応ちょっと厳かな感じで、
そんでもって、日の出とともに光りながら開く扉の前で、見送るのが俺の役目。
そんで、そんなに何百人もいっぺんに行くわけじゃないから、そう時間もかからない。
午前中で終わるようなもんだよ。
でもって普通はここを閉ざして帰る。」
「閉ざすって。」
「変なのが一応入り込まないようにするってこと。
でも、帰ろうとしたらカイがやってきたんだよ。
『ちょっと気になることがあるから、ここにいてもいいか』って。
あいつに限って変なことはしない信頼があるし、
変なことったって、何もしようがない場所だからな。
盗まれるものも壊されるものもない。
カイはもう渡った後だから、二度はないし。
だから、ちゃんと入り口を閉ざしてくることだけ約束して、俺は帰った。
…あ、言っとくけど、お前が来るって知らなかったんだからな。
知ってたら、俺も一緒に待ってたよ。」
「そんなこと言ってないよ!
ああ、でも、私が着いたのって、午前中ですらなかったものね。
15時過ぎくらいだったからなぁ。」
それで人がいなかったのか、納得!
「今頃そんなこと気が付いたのか、変なやつ。
で、どうする?
まだ何か質問があるか?」
「んー、ないねぇ、今のところは、満足。」
普通はこれで帰るよねぇ。
でもまだなんとなく帰りたくないんだよなぁ。。。
「じゃあ、ひとまず、カイとエディさんを呼んで、お茶でも飲もう。」
「こんなところでか?」
「だってまだ帰りたくないんだもん。」
この世界には電気はない。
でも魔法がある。
この世界に来た時、カイがお昼ご飯とお茶をごちそうしてくれた時、確か魔法で火をつけてたよね。
だから魔法使いにはお湯くらい沸かしてもらって、お茶でも飲めるだろう。
そう思って、お茶の葉とか、ポットとかお水なんかは運んできたのだ。
「お前、それであんな大荷物だったのか?」
叔父さんが呆れてつぶやく。
ピクニックだと思えば、呆れられるようなことじゃないのに。
「だって何もなさそうだし、ここ。
ああ、カイ、あのね、お願い。
お湯沸かして。」
ひとまず普通に言ってみた。
すると、カイは、心の底から嫌そうな顔をしてため息をついた。
「お前、魔法って便利だな、って思っているだろう。
お湯くらい簡単に沸かせる、って。」
「うん、ダメ?」
「沸かせるけどな、こんなところで普通使わない。
そんなことお前に言っても無理か。」
「うん、とりあえずお茶が飲みたいの。」
お湯を沸かせという私と、こんな外でもない何もないところで普通そんなことはしない
と言いはるカイの様子を見て、エディさんはにこにこ笑っている。
「まぁ、いいじゃないか、カイ。
お湯くらい沸かして差し上げれば。」
おお、エディさん!救いの神!
でも、カイはあきらめない。
「そんなに言うなら、エディがやればいいだろう。」
「まぁ、僕だってできないわけじゃないけどね。
ここは賢者の出番だろう?」
「…あー、もう、わかったよ。
やればいいんだろう、やれば。」
結局カイはこの中でやるのを断固拒否し、一度外で枯れ枝などに火をつけ、
お湯を沸かして水の力で消火してお湯を運んで来てくれた。
そんなに室内で魔法使うの嫌だったんだ。。。
ガスコンロの気分では使っちゃダメなんだね、たき火の感覚なんだね。
そのあまりの嫌々っぷりに、もう室内で、と口に出すのはやめよう、と心に決めた私だった。
「はい、お茶ですよ。
カイさんのおかげで素敵にとびきりおいしそうなお茶が入りましたよ。
エディさん、カップを出してもらえますか、四つ。
…いやー、五つだわ。」
「は?」
だって、お茶を注ごうとしたら、銀色の人と目が合ったのだ、唐突に。
いったいどこから来たんだろう。
でも、どうすればいいのかしら?
「あの、あなた。
お茶、飲む?
よかったら、だけど。」
私は、ひとまず銀の鷹と思われる人に話しかけてみた。
突然現れたそれは昨日見たのと同じく女性で、長い銀の髪がきらめき、
少しだけ透明な感じだった。
顔もきれい系で、遠くを見つめる瞳をしている。
口元は固く閉ざされ、表情らしいものは浮かんでいない。
白い長いドレスの裾を長くひいていて、まるで花嫁人形のようだ、と思った。
彼女に気づいて以来、彼女はぼんやりとお茶のポットを見つめていた。
何か珍しかったかな。
そう思いつつ私が話しかけたその瞬間、びっくりしたように私を、見た。
ごめんごめん、びっくりさせたかな。
「そう、あなた。あなたに話しかけているの。
私は絹花と言うの。
私の言っていること、わかるかしら?」
そっと聞いてみる。
わかるのかわからないのか、それすら謎だが。
すると、銀の鷹は、私をしばらくじっと見つめた後、こくん、とうなずいた。
よっしゃー、ここまで成功!
意思の疎通、できたじゃなーい!さすが、私!
勢いで自分をほめつつ、言葉を重ねる。
「あなたの名前を教えてもらえる?」
すると、静かに鈴が鳴るような声が聞こえた。
[私には、名前はない。]
なんですと?
「じゃあ、以前はなんと呼ばれていたの?」
[…思い出せない。]
彼女は、ほんの少し小首を傾げて答える。
か、かわいい・・・・・。
でも、その答えは、かつて誰かに名前で呼ばれていたことをうかがわせる。
私は、ドキドキしながら会話を進めた。
話が通じていることが、驚きだ。
「そう。でもね、呼び名があった方がお話しやすいわ。
銀の鷹、なんて呼べないもの。」
彼女は小首をかしげたままだ。
名前を思い出せないらしい。
うーん、と言っても、銀の鷹、なんて呼べないよ、このかわいい人のこと。
どうしようかな、と考えていたら、ひらめいた。
「そうね…。
ではセレネっていうのはどうかしら?
私の世界の、ある地方の月の女神様の名前よ。」
彼女は銀色に光る美しい花嫁のようであり、女神のようでもあるから。
日本だと月の神様は男性だし、
アルテミスは名前的にちょっと勝気で強そうなイメージがあるし、
あまりイメージの浮かばなかったこちらのお名前を言ってみた。
[セレネ…。]
私が言ってみた呼び名を彼女がつぶやいた瞬間、急に彼女が光りだした。
光は一気に強まり、はじけたと思ったら、彼女は、セレネは、皆から見えるようになっていた。
「…ようこそ、セレネ。この世界へ。」




