銀の鷹―03
間があきましてすみません。いやあ、3か月ってあっという間ですね(^_^;)
ここ最近の城内見学ツアーは、私にとっては姉上の周りの人たちを知る
とても素敵な機会になっているけれど、案内している人たちはどう思っているんだろう。
面倒なこと、お願いしてるんじゃないかしら。
そう思いつつの五日目。
今日はとうとう舞姫リセさんににご案内いただきます。
ほんとに今日もきれいでかっこいいよなぁ、リセさん。
目の保養。うっとり。
今日はいわゆるエキゾチックな感じのする赤いドレスで、ブレスレットやアンクレットがじゃらじゃらしてるのも、すごく似合っている。
銀のブレスレットを見ながらなぜかふと思い出したのは、昨日騎士団で見た銀の光のこと。
気のせいだと思っていたけれど、よく考えてみると、エディさんが風の神殿を案内してくれたときも、銀色に輝く何かが神殿の奥にあった気がしてきた。
私はその直後に現われた風の精霊の光にすっかり気をとられて忘れていたけれど。
もっと言うと、賢者の塔であの天井(笑)から戻ってくる時も、銀の光がなかったっけ?
今更気が付いた。ということは。
「私、毎日見てる、っていうことになるのかしら?」
「シゼリア、何か言ったか?」
リセさんが振り返りながら私に問いかける。
舞姫は女性ばかり。というわけで、そう私の今日の名前はシゼリア、女の子です!
ドレスの色は淡い黄色。
それは私が風の守護を受けるかららしい。
髪を下ろして裾の長いドレスを着せられると、少しばかりきれいになったような気がするのは、多分三日間基本的には見習い小僧の気持ちだったせいだろう。
「いえ、何でもありません。それより、舞姫の間は?」
「もうすぐそこだよ。
今日はね、見学者を迎えて皆かなりやる気十分だから、相当すばらしい踊りを見られると思うよ。」
やる気十分って、リセさんが言うとものすごく体育会系に聞こえるのは何故でしょう。
気分は社交ダンス部の見学の気持ち。
あれってものすごく優雅なのに、試合の掛け声ってものすごく体育会系なんだよね、確か。
「さぁ、着いたよ、ここが、舞殿だ。」
リセさんの仕える太陽の神殿は、基本の色が赤で、舞姫の衣装も赤い。
リセさんも赤い衣装が本当に映える。
舞殿は広い空間の奥に精霊を祭った場所があった。
精霊にご挨拶をしたら、びっくりしたことに、かすかに声が聞こえた。
「ゆっくりしていらっしゃい」って言われて、腰が抜けそうになった。
風の神殿でも「よくいらしたわね」って言われてしばらく固まったけれど、私はどこの神殿に行っても、精霊が挨拶してくれる声が聞こえるのだろうか?
集まられた舞姫の皆様に軽く紹介いただいて、邪魔にならないところに座る。
皆さんキラキラとリセさんをうっとり眺めているが、私のこともにこやかに迎えてくれた。
よかった、怖いおねー様方だったら、この小僧で過ごしてきた感覚ではとてもと太刀打ちできない!って思ってたよ…。
「さあ、では踊ろうか。」
リセさんはそう言うと、すっ、と舞殿の中央にたった。
もういつものリセさんの顔じゃない。
なんだかうまく言えない。
色っぽいんだけど、ものすごく聖なる感じが漂っていて、こういうのが舞姫なんだろうか、と思ってしまう。
きれいだけどきれいだけじゃない。
ダンスには全く詳しくはないけれど、アラビアとかそっちの方の踊りっぽいイメージ。
何かが心をえぐるような感じがして、いつの間にか涙がこぼれていた。
私、やっぱりどこかで緊張していたんだろうか。
すごく明るいもので満たされる気分に、心を委ねる。
ああ、やっぱり芸術は、心の栄養だなぁ。
思っていた以上に感動した踊りが終盤に迫った頃、リセさんに誰かが近づく。
やわらかく踊るその人は、リセさんのジャマにはならず、それでも目に見えないものと話をしているかのように、歩くような速さでゆっくりと踊っている。
リセさんの放つ赤い光と、その人の銀色の光が、一緒になってはじけたように感じた瞬間、踊りは終わっていた。
一瞬その美しさにほうっとした後、少し上気した顔がまた美しいリセさんに駆け寄る。
「シゼリア、どうだった?」
「リセさん!すごく素敵でした。もう涙が出ちゃった。感動です。」
そう言うと、リセさんは満面の笑みをたたえてくれる。
「それはうれしいね。この後他のものも踊るから、それも楽しみに見てくれ。」
「はい!もちろん!それにしても、最後に一緒に踊った方もすごくきれいでした!」
「最後に一緒に踊った者?」
その一言に、リセさんは眉をひそめて私を見る。
「私は最後まで一人だったが。」
「え?」
だってあんなに一緒に踊っていたのに、なぜ?
まわりをきょろきょろ見回しても、そんなひとはいない。
あの人はどこに行ってしまったのだろう?
そもそも、始まる時にあんな銀色のおねーさん、いたかしら?
でもでも、絶対にいたし!
誰かを探し始めた私を見つめて、リセさんは何かを考え始めた。
「シゼリア、その人はどんな人だったのかな?」
「ええと、銀色のふわふわした髪が腰まであって、まるで銀色に光っているようでした。
やわらかくゆっくりと踊っていて。」
「シゼリア、ちょっとこちらにおいで。」
リセさんは表情を険しくして、私を引っ張る。
舞殿の横、舞殿の長が使う部屋へ私を連れて行くと、少し怖い顔でもう一度聞かれた。
「絹花、もう一度言って。その人は?」
「え?
だから、銀色の髪が腰まであってふわふわ揺れていて、まるで銀色の光みたいに。」
…えーと、銀色?銀色?銀色?!
私、何か銀色のものを探すかもしれないんじゃなかったっけ?
冷や汗が出る。。。
ぐるぐるしている私を横目で見ながらものすごく大きなため息をつくと、リセさんは部屋にあるふかふかした大きな寝椅子に転がった。
ちょっとしたベッドぐらいの大きさがある、一度座ったらもう起き上がれないような寝椅子だ。
頭痛を我慢するような顔をして、でも優しく言ってくれる。
「絹花、陛下の話、よーく思い出してごらん。
銀の鷹は?」
「えーと、
『鷹の精霊とか言った方が近いのかしら。
本当に銀色の鷹かもしれないし、銀色をした何かかもしれないわ。』
って言っていた。
ってことは…。」
「そう、人の形をとってもおかしくないね。
ただの光に見えても無理はない。」
銀の光だったら…
「あの、銀色の光だったら、ここ最近毎日見かけているような気が。」
リセさんはびっくりした顔をして私を見つめる。
「ってことは、あなたもう毎日銀の鷹を見ているってこと?」
え?!
いやいや、まさかそんな、いくらなんでも!
「でも、でも、銀色の光なんて!」
リセさんは、私を落ち着かせるようにゆっくりと言う。
「絹花、まずこの神殿に銀の髪の舞姫はいない。
他の神殿にも、ね。
そして年をとっても銀色の髪になる人はごく稀だし、いたら必ず女王陛下がお会いになっている。
そこに私たちも同席しているけれど、今日ここにいた中で銀色の髪の女性はいませんでした。
しかも、一緒に踊ったのに、この私が気づかないはずがない。
ということは、少なくともあなたがここで見た人だけは、あなたしか見ていない、という可能性がすごく高い。
他の場所で見たものが万が一見間違いだったとしても、ここで見たものは見間違いじゃない、絶対に。」
とするとあの人が、
「銀の鷹、っていうこと?」
「その可能性は高いだろうね、ものすごく。」
うわー、なんてことだ…。全然気づかなかったなんて、うっかりにもほどがある。
別の世界だって浮かれてた自分がいないわけじゃないだけに、悔やんでも悔やみきれない。
うなだれてしまった私を見て、リセさんは寝椅子から起き上がると、頭をぽんぽん、とたたいた。
「そんなにへこんでも仕方がないだろう。
何故もっと早く言わないんだ!、と言ってもな。
誰もこんなにすぐに見つかるなんて思わなかったし、過ぎたことを言っても仕方ないだろう。
ただ、こんなに毎日見ている、と言うことは、明日も見るかもしれないと言うことだろう?
それならば、何か手を打たなくては。
こうしてはいられない。
舞姫の間の見学は中止。
しかも補佐を全員集めなくては。
絹花は先に女王陛下にお目にかかって報告していなさい。
私も皆に声をかけて後から伺うから。」
テキパキ言うと、私はリセさんにぽいっと舞殿から放り出された。
そして重い足を引きずるように、姉上の待つ城へ向かったのだった。
職員室に怒られにいく小学生みたいな気分だ…。




