七人目の大賢者―03
おじいちゃんからぺんだんとをもらいました。
とてもきれいないしだったので、うきうきくびにかけました。
そしたらうえにひっぱられました。
うーん、ひらがなでしか表せないこの呆然とした気分。
私が叫んだ声はヨール様に聞こえたのだろうか。
そもそも上って何なのよ。
普通のお部屋の上って言ったら、天井よ、天井。
でも、気が付くと私はヨール様の部屋ではなく、ましてやその天井に貼りついているでもなく、
光り輝く大きなドームの下の広い空間に浮いていた。
そう、空間に。浮いている。おいおい。
どうして浮いているのか、そんなことを考えていられないくらい驚くことに、
私の周りを取り巻く大きな六つの光がある。
赤、青、茶、黄色、紫、深緑。
それほど大きくはない。
バレーボールくらい、だろうか。
でも、それらは目に見える大きさよりも、もっと大きな存在であるように感じられた。
なぜだかわからないけれど。
どこからともなく、声が聞こえる。
(合格、じゃの。)
(まぁ、以前の子はもう少し艶やかな感じでしたけれどね。この子も磨けば光りそうね。)
(おやおや、見かけで決めてるわけじゃないでしょうね。)
(まぁ、見かけも大事だけれど。心根は見かけに現れますからね。)
(戯言はいい加減に。いきなりこんなところに来てしまって驚いているだろう。)
(そうですよ、我が加護を受ける娘。そんな扱いは許しませんよ。)
全部の光がおしゃべりしてるみたい。
しかもよくよく聞くと私の品定め?
おいおい、勘弁してよ。意味わかんないですから!
のんきな話が延々と続きそうな雰囲気だったので、ダメもとでそっと声をかけてみることにした。
「あの…。」
すると、なんと反応があった。
(まぁ、意外と度胸があるのね。話しかけてきましたよ、この状況で。)
(何もわかっていないから意外と話しかけやすいのかもしれんぞ。)
(合格でしょうね。)
(合格、ですわね。)
合格?何に?
合格、って、なんなのよ、いったい。
(風の娘。我らも祝福を授けよう。)
(六つの力の祝福を。)
(七人目の大賢者として認めましょう。)
(千年ぶりの大賢者に心からの祝福を。)
(いかなるときも我らの祝福は共にある。)
(私の加護を受ける娘よ。全ての精霊の祝福をあなたに。)
六つの力の祝福?
七人目?
千年ぶり?
大賢者?
精霊?
えーっと・・・。
わけがわからない私がぼーっとしていると、突然目の前にやわらかい緑色の光が現れた。
【精霊様方、この子は何もわかっていないのです。面食らっていますよ。】
やさしい声がする。
(おお、そなたは。)
(お前の加護を受ける娘なのか?)
【いいえ、私の加護など必要ないでしょう?
皆様の加護が祝福があるのですから。
だけど、もう少しだけ待ってやってくださいな。
この子が自らの道を決めるまで。
祝福は授けても、大賢者には今しばらくなれますまい。】
淡い緑色の光の言葉に、大きくうなずくような雰囲気。
(そういわれれば、そうじゃの。)
(この娘には別の使命がありましたな。)
(ついうれしくなって呼んでしまった。お前の夫が心配しておろうの。)
(あれは性根の座った者だが、かわいそうなくらい他人に優しいからの。)
夫??
【我が夫の心配は無用ですが、その弟子の心配をしてやってくださいませ。
この子が心配でたまらないでしょう。
異変には気づいても、どうしてやることもできず、今は真っ青ですわ。】
弟子???
夫って、弟子って、この人はもしかして。
緑の光に話しかけたかったのに、六つの光が私に話しかける。
(違いない、では還してやることにしよう。)
(だが娘よ、覚えておきなさい。)
(そなたは我らの祝福を受けた娘。)
(何かの折には思い出すのじゃ。)
(お前の力を蘇らせるきっかけになりましょうぞ。)
(落ち着いたらまた会いにくるがよい。いつでも待っておるぞ。)
「うう…。ちょっとよくわかりませんけれど…。覚えておきます。ハイ。」
情けなくもそう答えると、光たちは何か満足したような雰囲気を醸し出す。
突然引っ張り上げて、ちゃんと説明しようよー。
説明なしで還されるの、私?
戸惑う私に、緑の光が話しかけてくれる。
【さぁ、お帰りなさい。あなたの世界に。
ちゃんと戻れば説明してもらえるから、安心して、大丈夫。
そしていつか落ち着いたらまたここに来ることもあるでしょう。
その時は、もう少しいろいろなことがわかっていると思うわ。】
そう言われれば仕方がない。
「あ、あの、ありがとうございます。
私、なんだかよくわからなくてごめんなさい。
いつか、もっとわかったら、会いに来ます。
ええと、では、帰ります。
それと、あの、もしかしてあなたは。」
ふわっと、笑った。ほほ笑んだ。優しい笑顔の香りがする。
【愛している、とだけ伝えてちょうだい。
私の愛する夫と、その愛しい弟子に。
さようなら、絹花。
また、いつか会いましょうね。】
ちょっと笑いかけてくれたような声を聞いたのを最後に、来たときと同じように突風が吹いた。
ふと、目の端に銀色の光のようなものが現れたような気がして、
じっと見つめようとしたが、風が強すぎて目を開けていられない。
私は、目をぎゅっとつむった。
次に目が覚めると私は真っ青な顔をしたカイに抱きかかえられ、
ヨール様にじっと見つめられていた。
「絹花!俺がわかるか?」
わ、顔が近い!
「カイ。た、ただいま、なのかしら。
ヨール様、私、いったい?」
ヨール様がにっこり笑って答えてくれる。
「もう大丈夫なようじゃの。
お前さんはあのペンダントをつけた瞬間、ふっと意識を失っての。
多分、この塔の最上階に行っておったのじゃろう。
もちろん意識だけが、な。」
「え?じゃあ、体はここで倒れていたんですか。
道理で宙に浮いてると思っていたんです。」
意識だけかー。初めてだわーこんなこと。
「絹花、お前。…意外と冷静なのだな。」
青い顔にようやくほっとした表情を見せて、カイがつぶやく。
いや、だって、全部一瞬の夢のようであまり現実感がないって言うか。
あ、いや、伝えなくちゃ!
「あ、ヨール様、カイ。
あの、ヨール様の奥様に助けていただいたんだと思います。
どうも精霊様方が祝福してくださったみたいなんですけど、
私、よくわからなくてびっくりしていたら、そっとやってきてくださって。
それで、あの、伝言を。」
ヨール様が目を細める。
「あれは、何か言っていたかの。」
「愛しているとだけ伝えてくださいって。愛する夫と、愛しい弟子に。」
「マーサ様…」
カイがつぶやく。
「マーサ様っていうのね?
私、名前も伺えなかった。
いつか、またお目にかかることができたら、そうお呼びするわ。
あの、ヨール様、とっても優しい淡い緑の光で。」
「そうか。マーサがお前のお役に立ちましたかの。
それがあれの運命だったのかもしれんの。
いずれにしろよかった。」
ほんのちょっとだけヨール様の目に涙が光ったような気もするけれど、
見なかったことにしなくちゃ、ね。
「ところでの、絹花。
六人の精霊の祝福を受けたとき、お前さん、大賢者と言われなかったか?」
へ?
「あ、そういえば、そんなこと言ってましたよ。
七人目だとか千年ぶりとか言われたような気もします。」
「ふむ、やっぱりの。
お前さん、この先どうするつもりかわからんがの。
もしも全てを明らかにすることができて、このままこの世界に留まるなら、
よかったら賢者の塔においで。
お前はさっき、七人目の大賢者として世界の精霊全てから認められたんじゃ。
とは言え賢者のことは何も知らんだろう?
わしが弟子としてこきつかってやるでの。
安心してくるがいい。」
ようやくヨール様の部屋の長椅子に座ってお茶をもらって落ち着いた、と思ったら、
ヨール様はとんでもないことを言い出した。
え、あれってそういうことだったの?
「師匠、絹花が、七人目の大賢者だっていうんですか?」
カイも驚いたようにヨール様に詰め寄る。
ヨール様の答えは、単純明快。
「六人の精霊から祝福を受けるものが七人目の大賢者だというなら、文字通りじゃろう?」
うーん。
「私が、大賢者ですか?
だから奥様、何も知らないからもうちょっと待ってやってくれって
言ってくださったんでしょうか。」
精霊様方、いきなり何も知らない私に、手に職つけられても困りますってば。
しかもそんな大それた職業!
「いきなり大賢者、と言われても、お前さんも困るじゃろう?
まぁ、気が向いたら、でええでな。」
ヨール様は、いたってのんきに答える。
「はぁ。」
確かに、この世界のこと、まだまだ知らないことだらけなのに、
いきなり職業決められても困るって言うか、
そもそもこの世界にずっといるかどうかもわからないし。
今頃になってぐるぐると迷いだした私を見かねて、カイはヨール様に挨拶をすると、
私を引きずるように部屋から退出させ、そのままずんずん歩いていく。
「カイ、ちょっと、どこに行くのよ?」
「今日はもう終わりだ。
どのみちそんな頭で何を話したところで、覚えられないだろう?」
確かに、さっきは無我夢中になっていたけど、冷静に考えると、
私が大賢者になったとして、何をしていいのか全くわからないぞ?
修行するのかな?
でも、何の?どんな?
修行って言うと座禅とか雑巾がけとか何でそんなイメージしか出てこないんだろう。
もっとこう、ファンタジーで修業って…?
うーん…。
再びぐるぐると考え出した私の顔を見て、今日何度目かのため息をつくと、
カイはそのまま引きずるように私を城まで連れて行ってくれたのだった。
精霊様方は久々に大物(?)登場で、ウキウキです。




