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銀の鷹  作者: sanana
10/29

七人目の大賢者―01

「この格好で本当に大丈夫かなぁ。変じゃない?」

「お前、さっきリセに太鼓判押されていただろう。

 大丈夫だ、どこからどう見ても、どこかからやってきた神官志望の小僧にしか見えないから。」

「そうはっきり言われるのも、なんか微妙な気がするんですけど。」


この世界に来て二日目。

とうとうこれから日替わりでいろいろな場所を巡る、お姉さまいわく「視察」が始まってしまった。

今日はカイが賢者の塔を案内してくれることになっている。

それにしても、女王陛下の妹であることは隠し、変装するように言われたけど。

「まさか男装させられるとは思っていなかった。」

「そうだな、たまに突拍子もないこと考えるからな、あの人は。

 まぁ、あきらめろ。

 ところで、今日はシリルって呼べばよかったんだな。」

「そうです。今日の私の名前はシリルです。」


どんな格好をするのかと思いきや。

まさか男の子の恰好とは思わなんだ。

まっすぐで面白みがない、と、ちょっとだけ思っている髪は、

今日はきれいな緑の紐でひとまとめにされている。

リセさんがまとめてくれたのだ。

ベージュと焦げ茶が基調の服は、しっくりと落ち着くし、文句はないのだけど。


そして偽名よ、偽名。

ちゃんと呼ばれたら返事しなくちゃ。

シリル、シリル、私はシリル。


「ええと、カイのこと、カイって呼んだらまずいよね?」

どうしても迎えに来てくれたときから、初めて会ったような気がしなくて、

つい馴れ馴れしく呼び捨てにしているけど、実は偉い人みたいだしそもそも年上だし、

どう考えても呼び捨てはまずいよね。

「別に私は構わないのだが、神官志望の小僧には呼び捨てにするものはいないからな。

 お前に呼ばれるのもなんだかうすら寒い気がするが、仕方がない。

 今日一日は、私のことは『カイ殿』とでも呼んでおけ。」

「えー、『カイ様』って呼べばいいんでしょう?

 呼ぶよー、大丈夫だよー。」

「しかし。お前に様と呼ばれるのはどうも。」

「何よ、気にしなければいいでしょう?

 だってさっきからすれ違う人、みんな『カイ様』って呼んでるじゃない。

 一介の神官志望者が『カイ殿』って呼んだら変だよ。」


ちょこちょこと賢者の塔の中を案内してもらっているのだが、

すれ違う人みんなに『カイ様』と呼ばれているのだ、この人は。

しかも、けっこう尊敬されている感じで。

女王陛下の補佐、というのは、普通に立場的にも偉いんだろうけど、

立場を超えた尊敬、っぽいのが垣間見られる。

それってやっぱりカイはすごい人ってことなんだろうなぁ。


「かなり気にくわない。しかし、しかたがない、か。

 …我慢しよう。」

「大丈夫、大丈夫、失敗しないようにちゃんとそれらしく振舞うからさ。」


ため息をつきながら、それでもそれぞれの場所を詳しく説明してくれるカイの隣で、

私は初めて見るはずのこの塔のもの全てが、妙に懐かしく感じることを不思議に思っていた。


賢者の塔は、神殿に囲まれた城のすぐ隣に位置している。

大きな塔で、高さもあるが、思っていたよりも広い。


神官は通常、自分の属する精霊の神殿に仕える。

太陽、水、大地、風、月、樹の神殿があるんだそうだ。

自分の属する精霊の力を使えるが、中には全ての精霊の力を使うことができる人たちがいる。

それが賢者と呼ばれる人たちなのだそうだ。


賢者として認められると、この賢者の塔に属し、三年間の修行を経て、それぞれの修行や研究をすることになる。

カイは七歳で神殿に入り、十七歳で賢者として認められた。

二十歳で一人前の賢者と認められてすぐに、大賢者の一人が亡くなった。

大賢者は六人いて、この賢者の塔を率い、城を支えている。

大賢者は『賢者の石』と呼ばれる大きな結晶に賢者全員が順番に手をかざし、

結晶が光ったものが選ばれることになっている。

そして賢者になってたった三ヶ月のカイは、最年少の二十歳で大賢者に選ばれたのだそうだ。


「…それってすごいじゃない。」

「別にすごくない。たまたまだ。」

「いやいや、運も実力のうち、って言うよ。」

「…お前、ほめてるのか、どうでもいいのか、どっちだよ。」

「いやいやいやいや、ほめてますよ、カイさま。心から。」


そんな話をあまり話したがらないカイから無理やり聞きだしながら、塔を歩く。

長い廊下を曲がった途端、綺麗な女性達にぶつかりそうになった。

「きゃあっ。」

「わ、ご、ごめんなさいっ。」


しまった、話に夢中になりすぎた。

今まですれ違った人たちは、みんな長い真っ白なローブを着ていたが、三人の女性たちは普通のドレスを着ていた。

普通のドレス、といっても、よくわからない私から見ても、いかにも高そうなドレスだった。


ぶつからないように後ろから私を引っ張りながら(猫みたいな扱い!)、

カイが女性のうちの一人に話しかけた。

「これは、エミール様。どうしてこちらに?」

「まぁ、カイ様ではございませんの。

 お久しぶりでございますわ。

 今日は父のところに届け物がございましてこちらに伺いましたのよ。」


母と同じくらいの年だろうか、三人の中で一番豪華なドレスを来た人が答える。

残りの二人は、彼女の侍女、というところなのだろうか、年若い二人だ。

その人は私をちらっと見ると、カイに尋ねる。


「カイ様、そちらの方はどなたですの?

 お目にかかったことがあったかしら?」


できるだけ触れられないように、そっとカイの隣に立っていたのだが、無視してはもらえなかった。

今まではそれで済んでいたのにな。

うー、しょうがない。

挨拶しないわけにいかないよなぁ。


といっても、いつものお辞儀や会釈が、ここでのデフォルトかわからない。

そこで、昨日ハル兄さんがお姉さまにしていたお辞儀を思い出して、

私はエミール様、とやらにお辞儀をした。

…、うん、こんな感じだったと思うぞ。


「シ、シリル。申し訳ございません、エミール様。

 この者はシリルといって、神官希望としてきたものなのです。

 父上が騎士で、いたく尊敬している様子、お許しいただければ。」


せっかくお辞儀をしたのに、カイは大あわてて私を立たせようとする。

かなり動揺している声色だ。

え?私のお辞儀、なんか変だったのかしら?


「まぁ、カイ様のそんなに慌てられるお姿など、初めて見ますわね。

 オホホホホ。大丈夫ですわ、お気になさらないで。

 シリル、でしたね。お父様を尊敬なさっていたのね。

 あの方がいなくて私がもう少し若かったら喜んでその礼も受けるのですけれど。

 カイ様のような立派な賢者様を目指されるといいでしょう。がんばってね。」

エミール様はにっこり笑いながら私に声をかけてくれる。


「はい、ありがとうございます。頑張ります。」

これは笑顔で返さねばなるまい。

…この後のカイが怖いけど。


「では、ごきげんよう、カイ様。

 またどこかでお目にかかれるといいわね、シリル。」

笑いながらエミール様は去って行った。

よっぽど私が面白かったらしい。

面白かったのか…そうか…、そうかじゃないよね、やっぱり。


エミール様が行ってしまうと、カイは大きく息をついて、こっちを見た。

「カイ様、ちょっとどこか…」

ゆっくり話ができるところを、と言いかけたら、言葉をさえぎられた。

「ああ、ちょっと待て。

 ああ、そうだな、しょうがない。

 ここでいい。とりあえず入れ。」


ちょっと焦ったように、手近の扉から中に押し込まれる。

入ったところは広間だった。

特に何かあるわけでもなく、壁一面に綺麗なレリーフが施されている。

でも、見とれているわけにもいかない。

早めの状況確認が鉄則だ!


「ここなら誰も来ないだろう。」

「ここは?」

「儀礼の練習をするところだ。

 例えば就任式とかいろいろな所作を練習するところ。

 だから、お前に礼の仕方を教えるのには、ちょうどいい。」

あ、やっぱり。。。

「ということは、私のお辞儀、そんなにまずかったのね?」


顔をしかめながらカイが尋ねる。

「あの礼、昨日のハルの礼の真似か?」

「うん、それ以外に礼を見なかったから。

 私が習ったのって、女性の礼みたいだったし。」

そう、私が陛下の前で取った礼と、リセさん以外の礼は違っていたから、

あれは女の子用なんだろうな、と思った。


「そうだな、昨日のお前のは確かに女性の礼だから、今のお前には不適当だ。

 だがな、この世界ではそれぞれの礼の仕方がある。

 特に騎士と神官や賢者の礼は異なる。

 だが、一つだけ一緒の礼がある。

 それが、さっきお前がした礼だ。」

え、礼が違うの?


…正直、めんどくさいなぁ、と思いつつ、ちょっと安心する。

「じゃあ大丈夫なんじゃないの、ものすごい失敗したのかと思ったわよ。」

にっこり笑って答えた私に、相変わらずしかめつらでカイが答える。


「いや、ものすごい失敗したんだよ、お前。

 なんで共通なのかというと、それは最敬礼だから。

 女王陛下の前では、騎士であるハルも、神官のエディも私も同じ礼をする。

 でもそれは女王陛下に対してだからだ。」


んー?

「ってことは、私、女王陛下にする礼を、さっきのエミール様にしたってこと?」

「そうなる。」

なるほど、女王陛下扱いかー。

そりゃまた敬い過ぎってことなのかな?


「そしてあの礼を王、または女王や、例えば大賢者や神官長、騎士団長や巫女長以外にすることは、

 別の意味が発生することがある。

 男性が女性にした場合にはな。

 最敬礼を異性にするってことは、どういうことか。考えてみろ。」


…ちょっと怖くなってきたわ。

「お母さんを大事にとかじゃないよねぇ?」

「バカかお前。」

あ、やっぱり。

「バカバカ言わないでよ。

 やばいと思って青くなってるんだから。

 それってもしかしなくても、結婚の申し込み?」

「その通りだ。」

うわー、それでエミール様、あんなこと言ってたんだ。


「エミール様は笑い飛ばしてくださったが、お前、他の女性に対してやってみろ、

 かなりやばいことになる。

 だから。」

「もう、とっとと教えてください、正しい礼の仕方を。

 これ、明日の神殿周りでも使えるのよね?

 あさって騎士団を回る前に、お兄様にも教えてもらわなくっちゃ。」


そういう大事なことはさー、朝一番に説明しようよ!

そうでなくてもうっかりなんだから、勘弁してよ!

焦りまくって若干涙目で訴える私に、カイは今日何度目かのため息をつきながら、

正しい礼の仕方を教えてくれた。

その所作は流れるよう。

私がさっきやった時、案外いい感じ、なんて思ったのが間違いでした、と謝りたい。

踊ってるみたい。

…かなり背の高い人なのに、礼をするだけでこんなに優雅で信じられないくらい綺麗なのって、なんだかずるい気がした。

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