俺が悪魔に「人間は素晴らしい生き物だ」と褒められる話
休日の昼下がり、俺は“攻撃”をしていた。
といっても物理的な殴る蹴るではなく、文字による攻撃だ。
SNS、掲示板、ニュースサイトのコメント欄。あらゆる場所に叩きコメントを書き込むのだ。
『芸能人様は日頃からさぞ上品な物を食べてるんだろうなぁ』
『こいつが庶民を見下してるのがよく分かった』
『どんなに謝っても許されないだろこれ』
書き込むほど俺の心は晴れやかになり、自然と口角も上がる。
すると――
「おい、人間」
後ろから声をかけられた。
誰? ていうか、俺は一人暮らしなんだけど。振り返るとそこには――
「うわぁっ!?」
――異形の化け物が立っていた。
頭には角があり、耳が長く尖っており、筋肉質の全身は黒い皮膚に覆われている。背中には蝙蝠のような翼、臀部からは尻尾が生えている。
これはまるで……。
「悪魔……!?」
「ほう、自己紹介する手間が省けたな」
見た目通り、重くしわがれた声をしている。
突然の悪魔の出現に、俺はパニックになるどころか、かえって冷静になってしまった。
俺の中の本能が、絶対敵わない存在だと悟ったのかもしれない。
「悪魔が俺に何の用だ?」
「お前というか人間全体にだな。私は人間を滅ぼしに来た」
「は……!?」
驚きと同時に、悪魔ってこういう存在だよなと妙に納得もしていた。フィクションなんかに登場する人間に優しい悪魔の方がよっぽどおかしいのだ。
「しかし、その前に人間がどういうものか観察しようと思ってな。人間が下らない生き物なら滅ぼす、生かす価値があると判断すればこのまま帰ることにした」
「はぁ」
人類滅亡が確定したわけじゃなく、きちんと採点しようということか。一応理性的な面もあるんだな。……って。
「ってちょっと待て。観察って、もしかして俺を?」
「ああ。たまたま目についたのでな。お前を見て決めようと思う」
冗談じゃない。俺みたいな人間に人類の運命を託されてたまるか。責任重大にも程がある。
「もっと他の人間にしてくれよ! 世の中にはもっとすごい人間がいくらでもいるんだからさぁ!」
「嫌だね。面倒くさい。お前を見て全てを決める」
この悪魔め……。話し合いができそうに見えて、こういうところはやっぱり悪魔だ。
というか、今俺がやってることを見られたら、人類は一発で終わりなんじゃ……。
「ところで、お前は今何をやっているんだ?」
悪魔がパソコンを覗き込んできた。
「こ、これは……! えぇっと……!」
「ふむ、ふむ……。だいたい理解した。お前はこの機械を通じて、大勢の人間と繋がっており、特定の人間を批判しているのだな」
知能もやたら高い。パソコンという単語も知らないのに、もううっすらとインターネットのことを理解してやがる。こいつなら人類を滅ぼす力ぐらい持ってるだろうなと思えてしまう。
「で? この特定の人間は何をしたのだ?」
「そ、それは……」
「話さねば、今すぐお前を殺し、人間も滅ぼす」
「わ、分かった。説明するよ……」
俺はビビりながら話し始める。要はよくある炎上案件ってやつだ。
とある青年タレントが、あるロケ番組で下町を訪れた。その時、小さなコロッケ屋の素朴なコロッケを食べて「下品な味ですねぇ」と言ってしまったのだ。
これが放映日から大炎上。
『下品な味ってなんだよ』
『コロッケ屋のおじさんに失礼だろ』
『こいつちょくちょく失言あるけど、今回のはクソすぎる』
あっという間に拡散して、今やタレントの周囲は灼熱地獄かってぐらい燃え上がっている。
タレントはタレントで、
『昔ながらの味、懐かしい味、というのをつい“下品”と表現してしまいました。申し訳ありませんでした』
と謝罪したのだが、これが火に油。どころかガソリン。
『へー、昔ながらの味は下品なんだな』
『逆に上品な味ってなんだよ。高級レストランのフルコースとか?』
『今まで昔の料理を見ては下品って思ってたのかな、こいつ』
さらに炎上してしまい、もうちょっとやそっとのことじゃ鎮火しそうにない。
俺もこの炎上に便乗して、このタレント叩きに勤しんでいる……というわけ。
正直この時点で「人間は下らん。滅ぼす」判定になってもおかしくないと思うのだが、悪魔は笑っていた。
「なかなか面白い催しではないか」
「ど、どうも」
さすが悪魔。炎上騒ぎを“催し”と言っちゃうのもなんかおかしい。
「で、つまりお前はコロッケ屋の家族なわけだな。だからこのタレント叩きに熱中している」
「え……違うけど」
「なんだ、違うのか。じゃあ、友人とか?」
「いや……友人でもない。だいたいコロッケ屋は俺よりずっと年上だし」
「……?」
悪魔は首を傾げる。
「それではお前はこのコロッケ屋によく通っており、それで下品呼ばわりされたことに腹を立てたわけだ」
「いや、一度も行ったことないけど……」
件のコロッケ屋どころか、この店がある下町にすら俺は行ったことがない。
行くとしたら、時間は二時間以上、交通費も千円以上はかかるし、今後も行くことはないだろう。
「そうか、分かった。お前はコロッケが大好きなのだな? そうだろう!」
「好きといえば好きだけど、大好きというほどじゃ……」
コロッケを食べる頻度、どのぐらいだろう。せいぜい一ヶ月に一度ぐらいだろうか。あるいはもっと少ないかもしれない。
自分じゃまず作らないし、外食でコロッケを食べることもない。スーパーの総菜コーナーとかで安かったら買うこともある……その程度のもんだ。
もし仮に神様が「コロッケという食べ物はこの世からなくす」と決めたとしても、おそらく俺はほとんど困らないだろう。なにしろ世の中には他にも食べ物がいくらでもあるんだから。
「だとすると、コロッケ屋の店主が怒ってるんだな? みんなでこの愚か者を制裁してくれ、と」
「いや……番組では“下品”と言われたおじさんは『そうなんだよ~』なんて笑ってたし、下手すりゃこの炎上すら知らないんじゃ……」
コロッケ屋の店主はコロッケと同じく素朴なおじさんで、SNSとかをやるタイプには見えなかった。さすがにテレビは見るだろうけど、テレビのニュースでこんな炎上を取り上げるわけないから、知らない可能性の方が高い。
悪魔はますます困惑している。
そして――
「な、なぜだ? お前は店主の家族でも友人でもなく、店の客ですらない。コロッケが特別好きというわけでもなければ、“下品”と言われた当人は怒ってさえいない。なのになぜ、お前はこのタレント叩きにここまで熱中できるのだ?」
こうしてなぜなぜ分析みたいなことをされると、確かにそうだ。なんで俺はこのタレントを叩いてるんだろう。これといった理由が思いつかない。
だったらこんなもの、こう答えるしかないじゃないか。
「やっぱり……こういう問題発言をした人には、しっかり罰を与えなきゃと思うから……」
すると、悪魔は目から涙を流し始めた。
「……素晴らしい!」
「え」
「人間とはなんと素晴らしい生き物なのか!」
あまりに予想外の反応なので、面食らってしまう。
「我々悪魔にはお前たちのような発想がないのだ。自分さえよければ、という者ばかりだからな。もし、我々の世界で同じようなことが起きても、おそらく誰も関心など持たん。ある店の主人に“下品”と言った奴がいた。ふーん。それで終わりだ。それなのに、お前たち人間はよく知らぬ人間のために、大したメリットもなかろうに、こんなに憤っている! 私はそこに感動してしまったのだ!」
「そ、それはよかった……」
「よろしい! お前の心意気に免じて、人間を滅ぼすのはやめにしよう! 魔界は退屈な世界なのだが、この感動だけで数百年は生きていけそうだ! ではさらばだ!」
一方的に言いたいことを言って、悪魔は忽然と消えてしまった。
夢だったのだろうか……?
だけど、悪魔が流した涙は部屋のフローリングの上に残っており、まもなく蒸発した。
夢じゃなさそうだ。だとしたら、人類は本当に滅亡を免れたことになる。
「……助かった」
俺は安堵の息を吐くと、パソコンのモニターに目をやる。
そこでは件のタレント叩きがますます過熱していた。
このタレントが出てる番組は絶対見るなと呼びかける人とか、タレントがコロッケを食べて「下品!」と叫んでるイラストを投稿する人とか、企業にクレームを入れてCM全部降ろさせようなんて運動まで起きている。
これ、収まるのだろうか……?
収まっても、一生この件はついて回るだろう。
俺は悪魔の言葉を思い出す。
『我々悪魔にはお前たちのような発想がないのだ』
『自分さえよければ、という者ばかりだからな』
『同じようなことが起きても、おそらく誰も関心など持たん』
向こうの方が遥かに強く邪悪なのに、なんだかとても平和的な生き物にも思えてくる。
人間と悪魔、どっちが悪魔なんだろう。
どっちが、悪魔なんだろう……。
完
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