突然の来訪者
「レクシー・ホーストン」―彼は訳あり専門の薬師である。
いつも笑顔を浮かべる顔面と明るいブロンドの髪。一見賑やかで人あたりの良さそうな雰囲気を持つこの男は「元」快楽殺人鬼であり現、薬師。
そんなどこを探しても居ないであろう異色の経歴を持つ彼は、ツァーリス家の隠されたお嬢様の主治医でもある。
彼が薬師になるまでには、殺人の罪で終身刑を言い渡された直後の脱獄話や、ツァーリス家先代当主との間にかわされた秘密など、様々な物語があるがこれは今は置いておこう。
大事なのは、ツァーリス家のお嬢様はこの男が大の苦手と言うことだ。
理由は単純。距離感と頭がおかしいからだ。
「お嬢〜!久しぶりっすね!元気してましたか?んな訳無いっすよね!あんた、生活習慣終わってますもんね!あはははは!!」
「レクシー、貴方は相変わらず頭がおかしいままなのですね。お変わりなくて残念です。そして前々からノックをするように頼んだと思いますが?」
「そうでしたっけ?えー?覚えてないなぁ?これは何度目っすか?」
「62回目です。」
ケタケタと笑いながら近づいてくるそこの男の嫌なところ2つ目は、元殺人鬼なだけあって人の気配に非常に敏感なことだ。
私のいる旧屋敷は、瀬高さんによって屋敷の廊下を初めとして至る所に多種多様な花が飾られ、本邸とは別の優美な美しさで装飾されている。
そのため、ここに普段住んでいない人間からしたら常に香ってくる花の香りで一時的に嗅覚の感覚が狂わさせることになる。
通常、人間は五感の一部がおかしくなると個体差はあるものの大なり小なり影響が出て普段のパフォーマンスは発揮できない。そのはずなのに、レクシーは初めて屋敷に訪れた時から今回まで一切の影響が出ないのである。
私は今、いつものアトリエでは無く先代当主の時代から居た人しか知らないであろう屋敷の隠し部屋にいる。見つかる訳が無いはずなのに、こいつの足音は一切の迷いなく私に近づいてきて呆気なく見つけて「迷ったんすか?」と話しかけてくるのである。
せっかく斜めに傾いた階段を頑張って登ったというのに、こんな簡単に見つかるなんて無駄に体力を消耗しただけだった...と少し悲しみながらも諦めてレクシーの元に近寄った。
「じゃ、ちゃっちゃっと見ちゃいますよ〜!まずは息吸ってください。いい感じっすよ〜。
はい、吐いて〜」
逃げるの諦めた私は大人しく診療を受けながら昔、たまたま拾った新聞について思い出していた。
新聞の一面に載せられた快楽殺人者、レクシー・ホーストンについての記事。首都の有名な医師曰く、彼の殺し方は異常であるらしい。
被害者の死体は全身を嬲り尽くされた末のショック死であり、人体の構造を完璧に熟知していないと不可能なものだと。
そしてこれは後日出た別の記事の情報だが、死刑宣告を受けた裁判の中で彼はこう発言したという。
「彼らの最終的な死因はショック死なのだから、私がトドメを刺したわけでは無い。神が彼らを連れ去ったのだ」、と。
やはり狂気的な思考である。
その記事を書いた記者は被害者へ行われる執拗な残忍さを見るに、幼少期のトラウマから行われる殺人であると予想した。
短い付き合いでは無いから断言するが、この男に過去のトラウマなどは一切無い。
ただただ気が向いたから。好奇心を埋めるため。人を弄るのに大層な理由なんてありはしないのだ。他者の命など認識すらしておらず、きっと娯楽のある草むしりくらいの感覚なんだろう。
どんな経緯があれば快楽殺人者が薬師になるのかは知らないが、過去の経験からどんな教科書よりも正しい人体知識を手に入れたレクシーはムカつくことに診察は的確で、レクシー自身もこの医者もどきの薬師という仕事はひどく簡単で比較的楽しいらしい。
ただ、もう人間を殺せないのがストレスのようでたまに文句言っているようだが、そんなのは私の知ったことではない。
「次は、横になってもらうっすよ〜
うーん、やっぱり前よりかはちょびっとだけ肥えたけどまだまだっすね。お嬢の年齢なら伸び盛りの筈なのに相変わらずちっさいし、体も全身バキバキ!あははは!俺よりやばいっすよ!やっぱりちゃんと食べてないし寝てもないからッすね!子供は大きくなるのがお仕事なんすよ?ちゃんと生活しないとメっす!」
顔の前でバッテンを作り可愛こぶるレクシーにイラッとしながらも大人しく話を聞く。無駄な口を挟まない事が最も早くこの苦行から解放される方法だからだ。
「よし、だいたい終わったっすね!じゃ〜あ、最後はいつも通り俺とお話しましょうね!
お嬢に今日は話したい出来事いっぱいあるんすよ〜!!」
この後、話しをするといったのにほぼ一方的に喋るレクシーにやっぱりこの人は頭のネジが足りてないな。と冷めた目で見つつ、壊れてるから殺人を犯すのか、殺人を犯してたから壊れたのか...。
おそらくレクシーは前者だろうな。
闇に光る薄紅色と顔の返り血、斧を振り上げてる構図にしたら見応えのある絵になりそうだ。疲れ気味な脳でくだらない事を考えてこの診察が終わるまでの時間を潰した。
それから数時間後、診療終了時間を大幅に過ぎても大広間に降りてこないレクシーを、瀬高さんが探しに来てくれるまで私は頭のおかしい話をひたすら聞かされていた。
最後らへんは治療とは関係ないであろう、殺人から得られる快楽についてや使いやすい拷問器具とその見極め方について話していたらしい。
話の中に軽く出てきた両親と幼少期を聞いた感じ、やはり家庭環境はかなり恵まれていたようだった。
レクシーの騒がしい声とは違う、重いノックの音が部屋に響き瀬高さんが部屋に現れた。
「レクシー様、お時間を過ぎていますがお嬢様は大丈夫でしょうか?」
「あ、もうこんな時間っすか!ま〜た、俺が話しすぎちゃったっすね!
んじゃ!そろそろ俺、帰りますわ!お嬢、また来ますね〜!」
と相も変わらず楽しげにササッとドアの外に消えていったのであった。
瀬高と共に隠し部屋から出たレクシーは、門までの道のりを歩きながらいつもよりは真面目な声で話し出した。
「瀬高さ〜ん。お嬢のことっすけど、ちょっと話していいっすか?」
「もちろんです。お嬢様の容態はいかがですか、レクシー様。」
「うーん。まぁ、今回は出なかったっすけど、あれ多分良くなってる訳じゃないと思うんすよね〜。
身体的にはすこし肥えてたし筋肉もマシにはなってたっす!髪も肌ツヤも前よりは断然マシ。あとは俺個人に慣れたのもあるかもしれないっすけど、声にちゃんと反応して相槌が打ててました。
自分の意見も言えてきてたし何より目が前よりは死んでなかったっす。これらは瀬高さんのお陰っすね!すげぇっす!
こんな感じで、少しずつまともになってきてるっすけど、肝心の心はまだまだ長期戦覚悟っすね!」
「レクシー様はお嬢様をしっかりと見てくださる。それが私にとってどれだけ頼もしいか。私自身ができる事など大してありませんので、せめて出来ることはやりきろうと思います。どうぞ、これからもお嬢様をよろしくお願いいたします。」
不意に立ち止まった瀬高が綺麗なお辞儀でレクシーにお礼を述べた。
瀬高の整った顔に当たる夕日が綺麗だな、と別なことを考えながらいつもの調子でレクシーは軽く本心で答えた。
「任されたっす!大丈夫、またしばらくしたら来るっすよ〜!俺としても早く元気になったお嬢に会ってみたいっす!
それで、薬なんすけどトラクミラはいつも通り出すっすけど、他のは前回とは変えてこれとこれで行ってみるっす!大体、2ヶ月分あるから早めに無くなったり副作用が出たらすぐ電話くださいっす!」
「分かりました。今回もありがとうございます。」
「困った時はお互い様っすからね!」
そんな言葉を残し、眩しい笑顔を浮かべたレクシー・ホーストンは屋敷を離れていく。
「良くなってる訳じゃない」
門から後ろ姿が見えなくなった頃、瀬高の脳内ではレクシーの発した言葉が再生され続けていた。
「旦那様、坊ちゃん。私はどうすれば良いのでしょうか。」
酷く悲しげに呟いたそれに、返事をする人間はもういない。
時は戻り、レクシーが部屋から出てすぐのこと。
私はようやくアトリエへと戻ってきた。
数時間ぶりの部屋は今朝開けた使いかけの画材の香りと部屋に飾られている僅かな絵、落ち着く香りと存在を感じて、疲れ果てた心はようやく少し落ち着いた。
厄日を無事に終えた私は夕食を取ることも諦めて緩慢な動きでベッドに入り、疲れを癒す夢の旅に出たのであった。
今日は久しぶりに私の先生に、あの青年に夢で会える気がして夢見心地に微笑んだ。
イーゼルに掛けられたキャンバスは未だ、白いまま。




