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贖罪のため、天才画家「ジェーン・ドゥ」は今日も死者を描く  作者: 時神 ちる


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旧屋敷の少女

 ツァーリス家は名家である。数百年前の世界大戦の最中に大きな戦果を上げた騎士の家であり、弱者を助ける事を厭わない心意気を持った高貴な一族であった。


 当時の国王は戦争での功績とその心意気を称え、多くの富と権力をツァーリス家に与え感謝を示した。

 現代でも国内の貴族たちの中で特に大きな影響力を持っているツァーリス家だがこの家には現在、当主が居ない。


 ツァーリス家は代々、豪快に笑いながら贅沢を尽くすが、他者を助けることを迷わない心の暖かい人を当主としてきた。

豪勢で笑い声の絶えなかった賑やかな屋敷は、数年前に主人を失ってからは暗い雰囲気を持ちつつも変わらぬ美しさを保ってきた。


 それはひとえに屋敷を動かしている執事長、瀬高の努力の賜物と言える。

瀬高は元々、若くして先代当主付きの執事と屋敷の執事長を兼任しており、幼少時代からの献身により屋敷に務める者達からの信用も厚い人物である。

数年前に先代様が危篤となった際には、次期当主が戻ってくるまでの臨時当主との約束を交わし屋敷を守り続けてきた。


だが、「次期当主が戻ってくる」その希望が潰えた現在では瀬高は断固として認めていないものの、彼はツァーリス家の実質的な当主となった。



 ツァーリス家の屋敷には多くの使用人が在籍しているが、瀬高を除いて決して人の近寄ることを許されない場所がこの屋敷には存在している。


旧屋敷。

先代様が行った屋敷の増築によって旧屋敷と化した建物で、常に花々が美しく飾られた廊下を抜けたその先にある最奥の部屋。

そこは、あの方の死後から1人の少女のアトリエになった。


「お嬢様、朝食をお持ちしました。失礼しますよ。」

「...瀬高さん、何度も言ってますがお嬢様は辞めてください。」

「では、邏�ュ様とお呼びしましょうか」

「辞めてください。貴方でいいです。2人しかいないんだからそれで返事できます。」

「あの方から任された大事なお客様にそんな呼び方は出来ませんよ、邏�ュ様。」


「...はぁ、お嬢様でいいです。」

 瀬高は少し笑いながらも本日の報告を始めた。


「まず、先日レッツェルにて行われたオークションにて、お嬢様の絵画が800000ロントで落札されました。お見事です、お嬢様。」

「そうですか。」


 画材を弄る手を止めずに私は軽く返事をした。

オークションなんて別に興味は無い。私の絵につく価格に意味など無いのだから。


そもそもあれだって失敗作だった。あんなもの、あの人には見せられない。


「話は以上ですか?」

「いいえ?あと2つあります。長くなりますので、どうぞ朝食を食べながら聞いてください。」


 そういって瀬高さんは、本邸から持ってきた温かな朝食を机に準備し始めた。

 準備してる間に話してくれたら良いのにとも思ったが、しょうがない。

瀬高さんに文句を言うと明日以降のメニューに悪い影響が出る。

それに、今日は夢見が悪かったせいで寝不足だ。面倒事は避けたいところだ。


 机の上を見ると、今日の朝食はブリオッシュと苺のジャム。そして牛乳だった。甘めなジャムが私好みで好感の高い朝食である。

瀬高さんに好みを伝えたこと無いのにどうしてバレてるのか僅かに疑問に思ったが、少し考えてすぐに興味を失った。


「まず、お話の1つ目は、先程話したオークションの事です。落札された方は西側諸国の資産家、パトール家の現当主様でした。

その当主様が作品を受け取る際に是非、この素晴らしい作品を描いた画家に会いたいと仰っております。」

「そうですか。」


どうでもいい。私はここからは出られない。出ることなんて許されない。なぜ答えの決まっている質問をするのか理解ができないと私は素っ気なく答えた。


「... お会いしたくないようですので、お断りの連絡を入れておきますね。」

「はい。」


「そして落札額の800000ロントですが、新たにお嬢様の口座が出来次第、ツァーリス家から資金を流すことになりそうです。」

「口座なんて要りません。どうせ引き出せないですし。落札額は全てツァーリス家の資金としてもらって大丈夫です。私をここに置いていただけるだけで助かっているので、その分ということで。」

「十分すぎる金額ですが、お嬢様がそう仰るならそのように致します。」


興味の無い話を聞き流しながら甘いジャムを纏ったブリオッシュをモグモグと咀嚼してると、どうやら次の話題に移ったようだ。


「2つ目に、メイドの事です。

実は、近々お嬢様付きのメイド兼教育係を一人付けることにしました。」

「...」


貴重な苺ジャムを零した。

意味が分からない。教育係?私は貴族では無いし教養も社交界も関係ないはずだ。そもそもなぜ今更そんな話になるのか。


「必要ありません。瀬高さんがご存知のように私はこの屋敷から出ないし、屋敷の業務に携わっている訳でも無い。」


「そうなのですが、実は社交界の関係で私が明日からの数日間、屋敷を空ける事になりまして...

こちらの屋敷に入れるのが私だけでしたので、お嬢様のお世話と花の入れ替えを含め、屋敷の掃除諸々ができない事と今後同じ事が起こることを考え、急遽代わりの者を選ぶことになったのです。」


「教育係に関しては?」

「この機会にお嬢様の交流を広めようと、勝手ながらこの瀬高が考えました。」


「事情は分かりました。まず、瀬高さんが居ない間は屋敷の掃除は結構です。部屋と廊下の花も交換しなくていいです。どちらも数日程度なら特に問題もないでしょう。

食事だけ大広間の机に持ってきていただいて、他の部屋には一切入らせないようにお願いします。

そして、再度言いますがメイド兼教育係は私には必要ありません。私がこの部屋どころか屋敷に人を入れられない理由は瀬高さんも分かっているのでは?」


「...分かりました。お嬢様にはあまりにも急な話だったようですね。メイドの選定は保留で、明日からはひとまず代わりの者に食事を運ばせます。私が見てなくても必ず食べてくださいね。」

「善処します。」


はぁ、今日はいつもよりも食べられると思ったのに話のせいで結局いつもと同じくらいしか食べられなかった。


食べるのを諦めたブリオッシュをお皿に戻して口を拭いていると、瀬高さんは私の頭を撫でながら今日も朝食を食べれた事を褒めた。これもいつものルーティンだ。


素早く片付けを済ませた瀬高はいつも通りの綺麗な姿勢でドアの前まで歩いて

「そういえば、先程伝え忘れてたのですが本日はレクシー様がいらっしゃるそうです。」


と、極めてさりげなく本日一番の厄介事を伝えてきたのである。

今日は厄日なのかもしれない。

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