08.
最後の野営も終え、旅は終盤。俺たちはようやく町にたどり着いた。
「久しぶりのお布団マジ最っ高ぅぅぅぅ…っ!」
宿のベッドにダイブするアサミ様は心から嬉しそうだ。
「野外泊が続いたからな、無理をさせてすまなかった。」
「あれはあれで楽しかったよ。馬とも仲良くなったし。」
そう。村でも比較的扱いやすい馬だったが、2頭はアサミ様に異様に懐いた。御者台に座っていると、彼女の肩に野鳥が止まることも数えきれないほどだった。
きっと王都についても、アサミ様は大勢の人に好かれるのだろう。
俺とは違って。そんな昏い声が胸の内で聞こえた気がした。
「ところで本当に同室で良かったのか?部屋には空きがあるんだ。やはり今からでも分けてもらったほうが。」
俺は部屋に並んだ2台のベッドを眺めながら、くだけているとはいえさすがに聖女様と同じ部屋で寝るわけにはと後悔しはじめていた。しかしアサミ様は俺の袖を掴むと小さく「やだ、一緒にいてよ。」とこぼした。
「私、子どものころずっと放っておかれて寂しかったから、夜一人でいるのが苦手なんだよね。日本にいた時は夜でも出かける場所があったけど、ここってないじゃん?ていうか外ガチの真っ暗じゃん。だからヴァンに傍にいて欲しい。…いびきうるさくても我慢するから。」
いつものがさつで破天荒な彼女とは違って、長いまつげを伏せた顔は薄幸の美少女のようだった。
二ホンでどんな暮らしをしてきたのか。この方のためならなんだってできる、そう思わせるような憂いた表情に一瞬流されそうになった。
「おい、おっさん全員いびきがうるさいと思ったら大間違いだぞ。」
「そうなの?てかヴァンはおっさんじゃないって言ってるじゃん。」
「いいんだよ、おっさんで。」
そう、特別なご令嬢を守る田舎のおっさん。それでいいと、自分に言い聞かせた。
その晩は宿で夕食をとった。この地域で採れるきのこをふんだんにつかったクリームソースがかかったローストポークは、パンにも白ワインにもよく合った。
アサミ様は食事よりもデザートに感激したようで、ずっしりと重ためのチーズケーキを2ピース、実に美味しそうに食べた。
満足のいく食事と、温かいシャワーを浴びてアサミ様はベッドに倒れ込んだ。
「お布団幸せぇぇぇぇぇ。」
スライムのようにだれきったアサミ様をベッドに座らせると、火魔法で彼女の髪を乾かした。
「至れり尽くせりだね。お姫様になったみたい。」
「王都にいけば、もっといい待遇が待ってるさ。」
あと3泊すれば王都に入るだろう。王宮に引き渡すことができれば、俺の役目も無事終わる。
旅は終わって、アサミ様とはお別れだ。こんな旅早く終われと思いながら村をでたはずが、そう思ったら少しだけ胸の奥が痛かった。
「ヴァンは、村帰ったら何すんの?」
「何も変わらない。ま、帰ってしばらくはたまった書類に忙殺されるだろうな。」
「それって楽しい?」
「楽しくなかったとしても、生きていくさ。」
また、元の暮らしが続いていくだけだ。
役場の連中の顔を思い出して少しげんなりしたが、彼らにもいいところがあるはずだと小さく首を横にふった。
「ふぅん。私さぁ、楽しいことしかしたくないから、やりたくないことがあったらすぐ逃げちゃうんだけど。村のこと好きじゃなさそうなのに、逃げずにちゃんと向き合うヴァンはすっげ偉いなって思うよ。」
「俺は。アンタが逃げてばかりの人間だとは思わないけどな。なんでも楽しもうという姿勢を、少し見習おうと思ったんだ。」
じっと俺を見上げるアサミ様の瞳を覗きこんだ。この目の強さと輝きを、覚えておこう。俺だってあの村でまだやれることがあるかもしれない。
「そっか。ヴァンならやれるって。」
ベッドの上であぐらをかいてそう笑うアサミ様は、今までで一番聖女らしく見えた。
アサミ様は本当に夜が苦手なのだろう。部屋の明かりを落としても、ずっと俺に話しかけてきた。
「ヴァン。私さ、本当に王都で迎え入れてもらえんのかな。」
「どうした?」
「いや、だってこんなナリで聖女とかさぁ、この国の人らからしたらふざけんなって話じゃない?実際村でもそうだったし。だからって好きじゃないカッコするのも違うしさ。あー!お城から追い出されたらマジでどうしよ。」
珍しく弱気な発言に、俺は思わずふっと笑ってしまった。
「もし追い出されたとしても、あんたは元気だし、器量もいい。それに誰とでもすぐ仲良くなれるだろ。馬だってあんなに懐いてるんだ。仕事はすぐに見つかるさ。王宮が身元を保証しなかったら、俺があんたの保証人になってやる。」
「ヴァン保証人になってくれんの?じゃあ、村に帰っても繋がってられるね。」
アサミ様は魔力が高いので、王宮が放り出したとしても引く手は数多だろう。
だから俺が世話を焼く必要なんてないのだが、あまりにも嬉しそうなので黙っておいた。
「王都にはうまいものが沢山あるんだ。酒もいいし、あんたが好きそうな甘味も屋台で安く買える。市場を自由に歩けるようになったら色々試してみるといい。」
「え~、楽しみ。そんなん絶対行くし!ヴァンのおすすめは?」
アサミ様は、目を開けていられなくなるまで俺の話を喜んで聞き続けた。
喋りすぎたせいか喉が渇いて、ベッドから起き上がって水を飲む。
アサミ様はさっきまで起きていたのにもう深い寝息をたてている。冷えないように肩まで布団をかけてやった。
あどけない寝顔は、まだ10代にも見えた。いくら強くても、この世界にたった一人飛ばされて、二度と家族にも会えないのだ。
彼女のこの先の人生がずっと幸せでなければ、あまりに割りに合わないだろう。
彼女の頭をそっと撫でる。腹の底にじわじわと沸いた甘い感情に気付かないふりをして、俺は自分のベッドに入った。




