06
「ふ~。生き返ったあぁぁぁぁぁ。」
肩にタオルをかけ、濡れた髪をそのままに囲いから出てきたアサミ様はやはり美しく、男の恰好をしているというのに妙な色香が漂っていた。ただし、黙っていればの話だが。
「ヴァンも入ってきなよ。」
「…は?」
「だって、掘るだけ掘って入りませんとかありえないっしょ。」
「はなから入らんつもりだが?」
アサミ様は信じられないものを見るような顔つきでええ、と呻いたが、それはこっちの態度だろう。
「入ったらさっぱりするよ?」
俺は無駄な攻防をするのに疲れて、足だけつけることにした。それくらいなら、何かがあったとしてもすぐに対処できるだろう。
「ちょっとここへ。」
俺はブーツを脱いで足を湯につけながら、彼女を隣に座らせた。それから火魔法でゆっくりと彼女の髪を乾かした。
「うおっ、すごい!人に頭乾かしてもらうのって気持ちいい。」
アサミ様はそう言って目をつぶると、されるがままにじっとしていた。なんだか、ひどく毛並みのいい犬をトリミングしている気分だった。
髪を乾かし終える頃には、じんわり温まってきた。足湯だけでも、日々の疲れがほぐれていくような感覚が心地よい。俺は少しだけ気を抜いて、掌に湯を掬うと顔を洗った。埃っぽい街道を通ってきたから気持ちが良くて、俺はもう一度湯を掬った。
「それ、さっきまで私がほぼほぼ裸で浸かってたお湯だよ。」
「ごふっ…!」
顔に湯をつけた瞬間そう言われて動揺したのか、へんなところに水が入ってしまったらしい。鼻の奥にツンとした痛みを感じながら俺はアサミ様を睨んだ。
「なっ、いきなり何言い出すんだ。」
「ただの冗談だって。」
隣で頬杖をついて楽しそうに俺を見上げるアサミ様と目が合った。
妙な罪悪感にとらわれて思わず目をそらしてしまった。負けた、となぜか思った。
「あんたな、こんな場所でおっさんをからかって、何があっても文句言えんぞ?」
「ヴァンはそう言っても私が嫌がることはしないでしょ?それなりにいろんな目にあってきたから、こう見えて人を見る目はあるわけよ。あとおっさんっていうけど私とそんな変わらんし。せっかくヴィジュいいんだから、おっさんおっさん言ってないで街で美女ひっかけてきたらいいのに。」
からかっている様子は見られない。いや、いっそからかわれていた方がマシだ。俺は出会ってから今までずっと感じていたことを口走ってしまった。
「信じられない。清楚で可憐で人形のように美しいのに、なんでそんなに口が悪いんだ。」
「あははっ。マジでよけーなお世話。褒めてくれたから許すけど。」
俺の言葉は何一つ彼女に響かない。
いや、村にいる人間が囲んだって、彼女なら堂々と反論するだろう。
冒険者にも、時々こういう奴がいた。心の中にしっかりブレない軸を持っている人間。
そういう奴は、土壇場でも自分を見失うことはない。俺にはない強さだと、密かに劣等感を抱いていたことを思い出した。
「そういや初めて会った時さ、アームカバーつけてたじゃん。」
そんな俺の苦い思い出など知ることもないアサミ様は話題を変えた。
「アームカバー?」
「ほら、あのシャツの袖が汚れないようにつけてた苔色の。アレはマジでおじさんっぽかったけどね。イケメンなのにクソダサいって思ってたよ。せっかくいい体してんだからあんなのつけないで、腕まくりして仕事すればいいのに。」
「あれは…村の婆さんにもらって」
「使わなきゃいいじゃん。」
「そういうわけにいくか。親切を無碍にすることは、村では軽犯罪と同じ扱いだ。村中で俺が悪いと言いふらされる。前なんて、見合いを断り続けてたら不能じゃないのかって医者に連れて行かれたんだぞ。」
「あはははは。よけーなお世話だクソババア。べつによくね、不能でも。」
「よくないだろ。というか不能ではない。」
俺は医者に連行されて、あやうく下履きを脱がされそうになったことを思い出した。
今でも吐き気がするほど屈辱的で胸糞の悪い記憶だが、アサミ様が大口をあけて笑い倒すので、少しだけ気持ちが軽くなった気がした。
中身はともかく、聖女様だ。彼女の笑い声には、邪気や陰気を払う力があるのかもしれない。
そんなことを考えていると、笑いすぎて涙目になったアサミ様が俺の背中をポンと叩いた。
「ヴァンさあ、そんな地元捨てちゃえば?」
「俺は長男で、一人息子だ。父親の代わりにあの家を守る責任がある。」
「でも近くに子持ちの妹がいるんでしょ?なら孫の顔は見れてるんだし、あんま気にしないでいいんじゃない?」
若かった俺は、アサミ様の言う通り気にしないで村を出て、冒険者になった。だが俺は冒険者を辞めた。母を見捨てることはできなかった。所詮出戻りの男が、それくらいは背負わなくてどうする。
「…いや、俺はいいんだ。そろそろ出発しよう。」
何がいいのかうまく言えなくて、俺は立ち上がって首にかけていたタオルで顔や足を拭うと靴をはいた。
アサミ様が何か言いたげだったが、スコップを湯床の近くに立てると、おとなしく幌馬車の荷台に乗り込んだ。




