05.
「ヴァン~~~お風呂入りたい。」
馬車酔いが解決して野営にも慣れ、旅は順調だと思っていたのもつかの間、アサミ様は突然ごね始めた。
最短距離を優先したため人里から離れた場所を進んでいたのが仇になったか。この辺りに宿泊できるような町はない。
「あと8日ほどで王都に着きますのでそれまではどうか…」
「もう十分風呂キャンしたよ。身体拭くだけなのもマジ限界。水でいいから風呂入らせて。」
「無茶言うな。」
思わず強めに突っ込んでしまい、さすがにこれは不敬が過ぎたかと反省したが、アサミ様はまったく気にしていなかった。
美しい容姿にそぐわない声で「おふろ~おふろ~」と駄々をこね始めた。
これなら生意気な口を聞いてとお叱りを受けた方がまだマシだとさえ思えてくる。
俺は小さくため息をついたが、ふとこの近くに川湯床があったのを思い出した。
「…ここから1時間ほど東に向かうと湯が湧く川がある。屋外で簡易的な囲いを設置して足をつけるくらいだが、それでも良ければ寄るか?」
半ばやけくそな提案だった。おとなしく王都まで送られてくれればいいものを、どうしてこうも予想もしない方向から俺を困らせにくるのか。
さすがのアサミ様もそれならと我慢してくれるだろう。しかし彼女は、俺の提案を喜んだ。
「えっ、露天風呂ってこと?ヤバっ!」
軽いノリで無邪気に喜ぶアサミ様に飽きれつつ、実際に見て黙ってくれればいいと、俺は詳細をお伝えすることなく川湯床まで馬車を走らせた。
まあ、足だけでもつかれば気は済むだろう。そう、思っていた。
森を東に進むと、少しひらけて川が流れている。河原の砂利を掘っていくと、熱い湯が湧いているのだ。川の水と混ぜて適度な温度にしてから浸かる川湯となる。
湯には古傷や打撲に効く薬効があるらしく、冒険者の間では情報交換されて重宝がられている密かな人気スポットだ。
目印は簡単。誰かが次に使う人間のため置いて行ってくれたショベルが突き刺さっている。
ここにもやはり、しばらく誰も使っていなかったのだろう。ショベルは古びて、半分砂利に埋もれていたが、湯は湧いているようだ。アサミ様はこれからやることに興味津々なようで。近くの岩に腰を下ろした。
俺は魔力でショベルを強化すると、ざくざくと穴を掘り始めた。それでも一人入れるくらいの大きさになるまでにはけっこうかかる。
「ヴァン、そろそろ交代するよ。休んできて!」
半分ほど掘り進めたところで、アサミ様は俺の傍までやってきた。
「は…?」
「え、だってダルいっしょ。入りたいって言ったの私だし、自分の風呂は自分で掘るよ。…って今のめちゃかっこ良くない?」
俺は一瞬、何を言われたのか理解できなくてショベルを握りしめたままじっとアサミ様を見下ろした。
村役場では面倒なことはすべて俺の担当で、それが当たり前で、誰かに代わってもらうなんて考えたこともなかった。
なんて言えばいいのか分からず動かない俺の顔を、無邪気なアサミ様が見上げている。
「どした?やっぱ疲れたでんしょ?こっからは俺に任せなっ!」
腕まくりをして細い腕を陽の元にさらしたアサミ様は、そういって俺からショベルを取り上げようとした。反射でつい、それを避けてしまう。
「ヴァンちゃん?」
「気持ちだけもらっておく。アサミ様の綺麗な手に傷がつく。…というか、その爪では難儀だろう。」
アサミ様は自分の指先を見てから、ああっ!と声をあげた。
「リムーバーないからどうしよって思ってそのままだったの忘れてた。」
「怪我しては大変だ、頼むから座っててくれ。」
「ごめんなさい。」
長い爪を眺めながらしょんぼりとうなだれるアサミ様に、思わずヘンな感情を抱きそうになって目をそらした。
「仮に爪が短かったとしてもアサミ様に頼んでないから気に病むな。これも護衛の仕事の内だ。」
アサミ様はぽてぽてと岩に戻ると再び腰を下ろした。
彼女が黙ると俺から話しかけることは何もなくて、ただ砂利交じりの砂を掘るショベルの音だけがあたりに響いていた。
ようやく座って入れるくらいの大きさまで湯床を掘り終わると、俺は川から冷たい水をいれて温度を調整した。それを見て、さっきまで大人しかったアサミ様が駆け寄ってきた。
「うわ~~マジで温泉、嬉しい。ヴァンありがとうー!」
「今、囲いを設置する。」
「うん、タオルと着替えもってくるねっ。」
それも俺がやろうと思っていたのだが、背中から伝わるはしゃぎっぷりを見ておまかせすることにした。
もしこれがトマム村だったら。聖女様に仕度をさせるなんてと粘り気のある声で批難されていたに違いない。そもそも川湯床に案内した時点で裁判ものだろうな…。
そういえば、アサミ様がよく喋るから気付かなかったが、こんなに静かで穏やかな環境にいるのは久しぶりだった。
川湯の周りに囲いを作って布をはり、外から見えないか確認する。
アサミ様が足を浸けるのに座りやすいよう一部を平らにならしてタオルを敷いた。
やはり本格的な入浴は王都まで我慢してもらうしかない。そう思っていたのだが、幌馬車から戻ってきたアサミ様はなぜか大荷物だった。
「アサミ様、それは…。あんたまさか、入浴するつもりなのか?」
「え?お風呂入るって言ったよね?」
「ここがどこだかわかってるのか?屋外だぞ?」
「いやだから、露天風呂っしょ?」
いくら護衛と囲いがあるとはいえ、女性がこんなところで入浴するなど言語道断だった。
しかしアサミ様の国ニホンでは外で風呂に入ることは珍しくないという。一体どんな異世界から来たんだと頭をかかえたが、当の本人は気にならない様子だった。
「タオル巻くからのぞいても大丈夫だよ。」
もはやこの破天荒に何をいっても無駄だと悟った俺は、少し離れた場所で川湯床の囲いに背を向けると、護衛に徹した。
後にも先にも、こんなにも緊張感のある護衛任務はなかったと思う。
何者だろうと、アサミ様の入浴が終わるまでは絶対にここに近付けるわけにはいかない。そう張りつめているこちらとは正反対に、囲いの中からは機嫌のよさそうな鼻歌が聞こえてきた。
全く、呑気にもほどがあるとため息をついてみたが、不思議といつもの心苦しさはなかった。




