最終話
俺たちは護衛の生温かい目に見守られながらそのまま王宮へと向かった。
俺が会いにくることがあれば知らせるようにと、アサミ様はカムイ宰相に声をかけられていたらしい。
それ相応の処罰を覚悟していたが、翌日面会した宰相は、意外なことに騎士団入隊を勧めてきた。
「冒険者ギルドに確認させたが、剣の腕は確かのようだね。メンバーに恵まれなかったのかな。男の妬みは性質が悪いなんて、良くある話。別の場所で才を発揮すればいい。私が入隊推薦状を書こう。」
「しかし、騎士団など平民がそうやすやすと入れる場所では…」
「貴族が多いことは否定しないがね。それでも最近は優秀な平民にも広く門戸を開いているのだよ。こちらの事情を明かそうか。聖女のパートナーを王宮で管理できるに越したことはない。加えてキミは村役場の業務をほぼ一人で回していたのだろう?騎士道精神は持っていても、事務処理能力を持ち合わせている団員はなかなかいなくてね。君がいろいろ動いてくれると、こちらとしても手間が省ける。納得できたかな?」
カムイ宰相は階級制度よりも合理性を重んじる方だった。俺に目をかけてくれるのも先を見越してのことなのだろう。
まさか村役場で仕事を山ほど押し付けられていたことが、自分を助けるなんて思ってもみなくて、俺は深く頭を下げた。
「そういうことでしたら、アサミ様と宰相のために誠心誠意務めさせていただきます。」
「うん、軽々しく国や国王陛下に忠誠を誓わないところもいい。大きすぎる大義に命を賭けるものはすぐに揺らぐからね。騎士団は入ってしまえば実力主義だ。精進するといい。」
こうして俺は、結婚と同時に騎士団に入った。異例の扱いながらも受け入れてもらえたのは、ひとえにアサミのおかげだった。彼女の名を穢さないようにと必死に努力し剣を振るい続け、1年後には分隊長にまで上り詰めた。
「その腕で今まで何やってたんだよ。」
いろんな団員にそう聞かれて素直に村役場で働いていたと答えると、全員が驚いたのは笑い話だ。
アサミは聖女として特別な活動はしていないが、貴族サロンやお茶会に頻繁に呼ばれて忙しそうだ。今では化粧や髪結いの指南、爪の装飾を施すなど、ギャルアドバイザーとしての立ち位置を確立している。
聖女の中には王侯貴族と婚約して慈善事業に力を入れている者や、独立して飲食店を始めた方、冒険者になられた方もいる。
「初めて5人集まった時に誰か第2王子と結婚してほしいって言われたけど、どんな恋愛リアリティショーだって話よな。でも、バリキャリのミサキさんが手を挙げて、満場一致で決まったわけ。投資で儲けたのにこっち飛ばされちゃって、こっから取り返すって気合入ってたなぁ。第2王子は自分が引き受けて聖女代表になるから、他の4人の自由を保障しろ欲って言ってくれて。いやぁ、かっこよすぎてマジ惚れるかと思ったよね。」
聖女5人は仲が良いらしく、時々集まってジョシ・カイという名の情報交換をしているらしい。
ミサキ様というのはアサミ以上に男気がある方だったらしく、おそるべき語学力と知識を武器に外交活動で活躍されている。今では第2王子がベタ惚れとの評判だ。
俺が去ったあとのムトマ村のことは分からない。
一度だけ母親に手紙を出したが、村役場が大変で俺の文句を言われていい迷惑だからすぐに返ってこいという返事が、金の無心とともに届いた。それきり返事はしていない。
閉鎖的な村だから外から職員を雇うことはせず、いる人間だけでなんとかやっていくだろう。
村役場で働いていたことが、もうずいぶん昔のことのようだ。
そう思いながら総務室で魔獣討伐予算案を作成していると、後輩のエディに声をかけられた。
「分隊長、奥様がお見えです。この頃事務作業で残業続きでしたし、今日はもうあがられては?」
「ああ、そうさせてもらおうかな。この後もし第一分隊長がきたらこれを渡しておいてくれないか。」
俺はそう言ってエディに先日頼まれていた監査報告書を手渡した。
「えっ…もうできたのですか?」
「ああ。そう複雑な計算もなかったからな。」
村役場で老人たちにああだこうだと言われていたのに比べたら、なんてことのない仕事だ。けどそれが、ここではすごく感謝されるのは未だに不思議な気分だった。
「剣の腕が確かな分隊長にこんなことを言うのもなんですけど、文官でも十分やっていけそうですよね。」
「何事も経験だな。それじゃ、頼んだぞ。」
俺はマントを翻して総務室を後にした。
エントランスにはアサミと別の後輩のアレクが仲良く喋って俺を待っていた。
「あ、来た。アレク様、案内ありがとうございました。」
「いえ、こちらこそ差しいれをいただいて、光栄の極みにございます。」
「やー、ほめ過ぎだって。ただのお菓子だからね。」
うっかり素がでているが、深々と頭を下げたアレクは気付かなかったらしい。俺にも挨拶すると走り去っていった。
「おい。毎回疑問なんだがなんで猫かぶってるんだよ。かぶりきれてないぞ。」
「いいじゃん。良いとこの奥様ごっこ楽しいし。みんなの聖女様イメージ壊しちゃ悪いし?」
てへ、と笑うアサミに、俺は深くため息をついた。いつもこうだ。アサミが俺を迎えに来ると、必ずといっていいほど若い奴らに囲まれている。
「…お前、俺が嫉妬深いのわかっててわざとやってるだろう。」
「だって私のこと大好きなんだなーって伝わってくるから嬉しいんだもん。愛する旦那ぴには死ぬほど嫉妬に狂って欲しいし?」
そう言って俺の腕に絡みついてきた。ふわりと、上品な花の香りが鼻腔をくすぐる。これを他のやつらも嗅いでいたのかと思うと、正直心穏やかではいられない。
「だったら他の男の目に触れないように鎖でもつけて閉じ込めておくか?」
「ふふっ、ヴァンにならいーよ。」
何の抵抗もなく、アサミは笑った。
俺は時々、この澄み切った瞳を穢してはいないかと怖くなる。結婚して1年近く立つのに、まだ彼女に触れることに緊張することがある。女神を敬う気持ちに似ているのかもしれない。
「冗談に決まってるだろう。というかそんなこと俺ができるわけないだろう。」
「うん、優しいもんね。そゆとこも好きだし。」
安心しきって笑うその顔を、こんなところで見せないでほしい。今だって、ちらちらこっちを見ている見習いの奴らがいるというのに、彼女はそんな視線に全く気付かない。
俺は意識して声を低めると、彼女の耳朶に口を寄せた。
「そういうことはベッドの上で言ってくれ。」
腰に手をまわしてぐいっと抱き寄せると、アサミはぎゃっと顔を覆って小さく唸った。
「…ッ!もうほんとそれやめて。不意打ちで腰が砕ける、無理、エロすぎてしぬ。」
アサミがこれに弱いと知ってからは、時々こうして奇襲をかけている。
「こんなことで死ぬか。」
ほら、と腰から放した手を差し出せば、アサミがぎゅうと手を繋いだ。
彼女の指を彩っていた牙のような武装はもうない。けれども、短くなった爪には色とりどりの装飾がなされている。俺は彼女が楽しそうに爪を彩っているのを眺めるのが好きだ。アサミの隣にいられて本当に良かった。
もしもあの時、アサミを送り届けて村で息を殺して暮らし続けていたら、きっと魂は死んでいただろう。
死んだことにも気付かないまま、古くて薄暗い役場で他人に押し付けられた仕事を処理し続けていた。
俺は彼女に救われた。
その恩を、底がつきない愛とととに一生かけて彼女に還していこうと思う。
そんなことを誓いながら、ぎゅっと手を繋ぎながら、俺たちは二人並んで家へと帰った。
最後までお付き合いくださりありがとうございました!
異世界恋愛で男主人公モノ(わりと純愛め)という、需要はどこに?っていうお話ですが笑
書き手としてはめちゃめちゃ楽しかったです。
ここまで読んでくださったあなた様にも、面白かったー!と思って頂ければ嬉しいです。
まだ別の作品でお目にかかれることを願って。
ありがとうございました。
夕波




