12.
「みっともないところを見せてしまったな。」
ようやく落ち着いた顔をあげた俺に、アサミ様がうん、と笑顔で頷いた。
「んなことないって。ヴァンはずーっとかっこよかったよ。」
「そう言ってもらえるのは、世辞でも嬉しいものだな。」
「いやいやいや。初めて会った時からどえらいイケメンがきたと思ってたし。」
「それは…少々変わった趣味をしているのかもしれないな。」
アサミ様は俺の背中をもう一度バシっと叩いた。今度は、さっきよりも強く。
「もーっ!ヴァンは自分の価値をいろいろ下げすぎっ!今日だってここに来るまでに女子がちらちらこっち見てたの気付かなかったっしょ?私がどれだけ…っ!」
アサミ様はそこで言いよどむと、ぷいっと顔を背けてしまった。
俺は気が利かないし女性が喜ぶ扱いというのも不得手なので、知らず知らずのうちに何か気に障るようなことを言ってしまったのかもしれない。
「アサミ様?その、すまない。」
「いーよべつに。…手、握ってくれたら許す。」
はい、と差し出された手を、少し迷ってから握る。白くて細くて、俺とは別の世界を生きる人の手なのに、ひどく温かい。
どうやら許してもらえたらしく、アサミ様は上機嫌になった。
「ヴァンはこれからどうするの?冒険者に戻ったんでしょ?だったら―」
「ああ。東に冒険者やダンジョンが集まる都市があるからそこに行こうかと。」
東の大都市サンダードーム。あそこなら、俺程度の腕でもこなせる依頼が山とあり、食べていくには困らないはずだ。
そう思ったのだが、アサミ様は俺の手をぎゅっと強く握り返した。
「やだ!せっかく戻ってきてくれたのに行かないでよ。夜1人でもちゃんと待ってるから、ヴァンと一緒がいい…。」
目をうるませてこちらを見上げる彼女は、いつもの元気で明るい印象とは真逆だった。
今すぐ力任せに抱きしめたい。そんな衝動をぐっとこらえた。
アサミ様が好きだ。けれど彼女は聖女様で、俺たちはもう他人。
そっと、絡んでいた指をほどいて手をはなした。
「もっとふさわしい相手がいるだろう。アンタは聖女で、こっちは中流の冒険者。1人分の食い扶持を稼ぐのが関の山、家だって借りられない。仮に本当に顔が良かったとしても、俺じゃアンタを幸せにできない。」
俺はもう大丈夫だ。今だけ、この辛さを受けいれて彼女から離れるんだ。
アサミ様は俺のことなんてすぐに忘れるだろう。そう思って立ち上がろうとした瞬間、アサミ様が俺にタックルをかけてきた。
「ちょっと待てえぇぇぇぇぃっ!」
細身の彼女が座ったままタックルしたところで微動だにしないが、思わず彼女を抱き留めてしまった。
顔をあげた彼女の瞳は、少し怒っているようにも見えた。
「私にふさわしい相手は自分で決めるし、ヴァンに全のっかりで幸せにしてもらおうなんて思ってないよ。稼ぎも住むところも後からどうにでもなるっ!でも、タイプの顔と声だけはどうにもできないんだよ?聖女にふさわしいって理由だけで、私がどうでもいい貴族と結婚して死んだ目で暮らしてて、ヴァンはそれでいいと思ってんの?」
あまりの気迫に押されて、思わず「思ってません。」と敬語で答えてしまった。
よく考えたら、アサミ様が死んだ目をして暮らす姿が全く想像できないのだが。
でも、そうか。彼女が安心して大口をあけて笑っていられるのは、聖女としてふさわしい相手じゃないのか。
俺は、ふとカムイ宰相と面会した時のことを思い出していた。
あの時俺は宰相に何を頼み込んだ?彼女に可能な限り自由な生活を、大事に保護するより好きに生きさせてやってくれと言ったんはずだ。
「そうだな。一番大事なことを、忘れていたみたいだ。」
俺はゆっくりと立ち上がると彼女の前に跪いた。
「アサミ・シシクラ。どうしようもなくアンタが好きだ。俺の残りの人生をすべて捧げるから、どうか一緒に幸せになってくれないだろうか。」
アサミ様は隣にしゃがみこむと、俺の肩に頬を寄せた。
「…私さ、こんな感じだけど付き合ったら一途だしめーっちゃ尽くすよ?あとけっこう嫉妬深くて、女と二人ででかけるのも絶対許さないし。引くくらい束縛するかも。」
「ああ、問題ない。」
「本当に?嬉しいけど、これまでのやりとりのどこで好きになってくれたのかマジ謎なんだが。」
「俺を受け容れてくれる懐の深さだな。」
「ふ、それは否定できない。なんてね。でもよかった。てっきり女だと思われてないのかと思ってたぁ。」
「二人きりで旅をしてたんだぞ。なのにあんたは野外で風呂に入ったりひっついてきたり…意識しないように護衛に徹してた俺の身にもなってくれ。」
「なんだ、そっか。じゃあもう一押しか二押しすればよかった。」
「おい、俺の話を聞いていたか?…そっちこそ、俺なんかで本当にいいのか?」
「いいよ。まあでも体の相性次第かな。試してみる?」
「なっ…お前、若い女性がそんな破廉恥なことをっ…!」
耳まで熱くなって、思わず俺は口元を覆った。本当に、こんなにも美しいご令嬢がなんてことを言うんだ。
「真面目な話、私処女じゃないけどそこ大丈夫?」
アサミ様の瞳がゆらいでいた。今更そんなことを気に病むことはないのに。気にしていることがすごく愛しい。
「問題ない。まぁ。過去の男に死ぬほど嫉妬はするだろが。」
「それは頑張って上書きしてくれる?あとこっちの世界きてから誰とも寝てないからそこは安心していいよ。」
俺の答えに満足したのか、アサミ様はそういって笑った。
「そんな込み入った話はしなくてもいい。でも、そうか。そこまで打ち明けてくれたんだ。愛して愛して愛しつくすぞ。」
「ねぇ、その顔でそういうこと言うの反則すぎー」
アサミ様の後頭部に右手をまわすとそっと唇を重ねた。
「んっ…」
俺の腕にしがみついていたアサミ様の手は、ほどなくゆるんで俺の背中に回された。
「いきなりこういうことするのズルくない?」
「嫌だったか?」
「…めっちゃ幸せ。大好きだよ、ヴァン。」
ふふふ、とさらに笑ったアサミ様は、世界一可愛かった。




