11.
無断で馬を持ちだすわけにはいかないので、俺はひたすら近隣の町まで歩いた。そこで馬を買い、冒険者として路銀を稼ぎながら王都を目指す。
復帰するなら別の都市でと考えていたが、手紙を返せなくなったことをアサミ様に伝えておきたかった。もっとも、今や正式に聖女認定された方に取り次いでもらえるかはわからなかったが。
2ケ月ぶりに戻った王都では80年ぶりの聖女の降臨でにぎわっていた。
5人も召喚されたのだ、国としてもいずれ式典を執り行うと発表したこともあり、商人や旅芸人たちも集まってきて、すでにお祭り騒ぎだった。
初めて王都に来た時、この賑やかさに心躍ったものだったと懐かしく歩いていると、串焼き肉の屋台から威勢のいい店主の声が響いてきた。
「あいよ、嬢ちゃん。あんたえらいべっぴんさんなのに、ほんとうまそうによく食べてくれるねぇ。見てて気持ちがいいや。ほら、こいつはおまけだ。」
「え~おじさんありがとうー!これめっちゃ美味しくて好きなんだよね、マジ通うって話。インスタにあげれないのだけが残念だよ。いっただきまーす!」
聞き慣れた声と、聞き慣れない単語。ん?と顔を向けると、そこには口を全開にして串焼き肉にかぶりつく笑顔のアサミ様がいた。
「アサミ様、どうしてこんなところに…?」
驚いたのは俺だけだったようで、アサミ様はこちらを見ながらもぐもぐと咀嚼して、ようやく飲み込んだところで口をひらいた。
「え?だってヴァンが王都の市場には美味しいものがいっぱいあって屋台も安いからって言ったから。」
俺は額に手を当ててため息をついた。
「確かに言ったが、それにしては自由に歩きまわりすぎだろう。仮にもアンタはー」
アサミ様は人差し指を口元にもってくると、しーっと口止めをした。
「これでも護衛3人ついてんの。視界に入るとなんか監視されてるみたいで気分悪いからさ、いっそのこと一緒に回ろうぜって誘ってんだけどあの人達全然聞いてくれなくて。仕方がないから隠密してもらってんの。」
彼女の言葉に周囲を見回すと、確かに普通じゃない視線が俺に向けられていた。その鋭さに、彼女が丁重に守られているのだと安心する。
「そうか、ならいいんだ。」
「ていうかヴァンはこんなところで何してんの?会えてマジ嬉しいんだけど!あっ、でも手紙はもうちょい待ってね。完璧に綺麗な字が書けるようになってびっくりさせようと思ってんだよね。まあここで言っちゃったからサプライズ失敗だけど。」
手紙が行き違いにならなくて良かった。まさかこんなにすんなり会えるとも思っていなかったけど、そこはさすがアサミ様ということなのだろう。
「手紙はもういいんだ。少し、話せないか。」
「うん。私もヴァンと話したい。」
アサミ様は後方に向かって小さく頷いた。護衛に危険はないと知らせたのだろう。
俺たちは賑やかな市場を通り抜けて公共庭園のにやってくると、ガセボに腰を下ろした。
一緒にいた時は男装していたが、というかついさっきまで串焼き肉にかぶりついていたが、今は裕福な商家の令嬢のような白いワンピースを着て日傘を携帯している。美しい黒髪が映える服装で、爪は短くなったものの相変わらず派手な装飾で光っていた。
「見違えるほど綺麗になったな。」
「ほんとに?」
「ああ。」
俺はアサミ様をじっと見つめた。
いつでも、彼女は俺を対等に扱ってくれた。明るくて強くて、俺は知らず知らずのうちに彼女に救われていたのだろう。
俺は家を出てここにたどり着くまでの経緯を短く話した。黙って聞いていた彼女は「そかそか。」とだけ返した。
「アンタは口も悪いし人との距離感がおかしいし、怖い者しらずの非常識だ。」
「おぅおぅ、せっかく感動的な別れをかわしたのに、わざわざ戻って喧嘩うりにきたんか?」
商家のお嬢様は俺の一言によって一瞬でギャルに戻った。それが、妙に嬉しくて泣きそうになる。
「いや。破天荒だが笑った顔は可愛いし、いつだって楽しそうだし、あの村の誰よりも正しいと思う。俺はそんなアンタをみていると自分が恥ずかしくなるんだ。情けなくて悔しくなる。
あの村にいる限り、俺は本当の意味で評価されない。いて当たり前の、仕事が安定した手ごろな結婚相手だ。でも本当は、剣を持ってる時が一番生きてるって感じがするんだ。アンタに胸を張って再会できる人間になりたい。だから、地元を捨ててきた。それを、伝えたかったんだ。」
アサミ様はぱちぱちと長いまつげを伏せて瞬きして、うん、と頷いた。
「いいんじゃない?絶対その方がいいよ。」
「いいわけあるか。母親を捨ててきたんだぞ?」
「子どもを見捨てる親だっているし。」
アサミ様の声がふいに小さくなった。
「でも、苦労して一人で俺と妹を育ててくれたんだ。」
「それはまあ、たまに美味しいもんでも送って元気でやってますって手紙書けばいいんじゃない?知らんけど。」
ここまでべったりと張り付いてきた罪悪感が、彼女の一言一言で溶かされていくようだった。大丈夫だ、もうちゃんと前を向ける。
「俺は、自分のために生きて、本当にいいんだろうか。」
「いいに決まってるよ。この聖女アサミ様が許すっ!」
バシィっと背中を叩かれて、何かが落ちたのだろう。気付いたら涙が止まらなくて、うつむいた。
「すまない。男が泣いたりして。」
「別に泣きたいときは男でも女でも泣けばいいんだよ。私しか見てないし。ほら、よしよし。」
アサミ様はそう言ってうつむいたままの俺の頭を撫でた。
「ヴァンはマジで頑張った、偉いよ。」
気付けばアサミ様は俺を抱きしめて、ゆっくりと背中をさすってくれた。
「大丈夫。人生こっからだって。」
少しかすれた彼女の声が温かい。
ああ、どうしようもなくこの方が好きだと思いながら、俺はしばらく泣き続けた。




