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突発的

 先ほどから周囲に人影がない。ミヤコさんに会うために隊長室に入る前はたくさんの人があわただしくしていたのだが、みんなどこへ行ってしまったのだろうか。不安になってあたりを首が取れそうな速度で見渡す。

 あの部屋での説明が終わった後、すぐに一人の異特人員が俺を回収した。ドアの前で待機していたらしい。紫月が「よろしく頼む。」と言っていたため元からその予定だったのだろう。ちらりと前の人物を見上げる。ついさっき見たときの第一印象はいかついオッサン。この仕事は一般警察よりも肉体的な動作がおおいのだろう、物凄くゴツい。首も太いし、足音が重いし、肩幅なんてドア枠に引っかかりそうだ。自分ももしかしたら仕事を進めるうちにこんな大男になれるのだろうか?いや、ないな。もとから筋肉がつきにくい体質だ。そんなこととっくに知っている。無駄な憧れは抱くだけ脳のリソースが勿体ないと警察署の上官が言っていた。

 一言も発さないまま無機質な廊下を歩き進める。目的地すらも知らない今の状況がほんのり怖い。チクタク。廊下の壁にかかってある時計が今を知らせている。午後5時。窓の外を見ようと視線をさまよわせた。薄暗い。森の中だからかよりいっそう雰囲気を醸し出している。


「兄ちゃん、大丈夫か?さっきから呼吸が浅いぞ?」


「ひぃっ!?」


喉から空気の抜ける音がした。話しかけられた。俺のほうに振り向いて立ち止まったオッサンがこちらを見ていた。次の瞬間、ずしりとした足音を立てて近づいてくる。俺は直立したまま動けず、彼のことを見つめた。


「談話室まではもう少しだからな、安心しな。新人を置いていったりしねぇよ。」


「…ひぁい。」


オッサンは優しかった。呼吸が整わずに噎せ返ってしまった俺に蜂蜜の飴をくれた。某クマさんみたいだ。彼、今道さんはその場で俺の呼吸が整うのを待った後、朗らかに話しながら移動を再開した。


「そうか、兄ちゃんは見ちまったのか。そりゃぁ災難だったな。」


「はい。どうしてこんなことにとばかり考えてしまって…」


「そりゃそうだ。よく暴れたりせずに我慢したな。えらいぞ。」


今道さんは元囚人らしい。「人を助けるために人に害を与えたことがある」と、飴の包み紙を丸めながらあっけらかんと言った。その後は俺の過去についてのインタビュー。俺の話すことにぴったりのタイミングで合いの手を入れてくれたり、オヤジギャグで場を和ませてくれたり、おかげで談話室につく頃には俺は彼に自分から新しい話題を振れるほどには打ち解けていた。


「そういえば、談話室では何をするんですか?何かまたお話てきな?」


「いや、新人の歓迎会だ。今年はな、兄ちゃんの他にも新しいのが四人も来てる。だけど時間がなくて歓迎会できなかったからな、まとめてやっちまおうってわけだ。そろそろ夜も近づいてきたし、休憩もいるだろう?」


「なるほど、ということは、新人さんたちは俺より先に異特に入っているんですね。」


「そうだな。そんで今年の新人は皆優秀だぞ。たしか兄ちゃんと歳が近いやつが一人いたはずだ、仲良くなれるといいな。」


今道さんが談話室の無駄に清潔な白いドアをがっちりした手でノックした。すぐに中から元気のいい返事が返ってくる。 彼は俺の肩に腕を回してドアを勢いよく開けた。


「よぉ、皆楽しんでるか?」


「ナガレ、やっと来たか。さっさと始めろと周りがうるさいんだが。」


「はは、先に始めりゃよかったのに。」


「主役なくして歓迎会が成り立つと思うんですか?まったく…」


ドアを通ってすぐ今道さんに話しかけた異特隊員は俺たちにグラスを手渡すとすぐに部屋の奥の方へ戻っていった。意外と広い部屋の中に数十名の異特人員がひしめいている。これが全員アノマの被害者か犯罪者なのかと考えてしまい、すこし眩暈がした。そんな失礼(?)なことを考えてしまったことを悟られないように視線をさまよわせ、改めて制服を見比べることにした。赤い警官制服。全て同じように見えていたがよく見ると三種類の形がある。自分が所属することになったラプサー班の制服は、角襟と詰襟が重なった独特な形で、さらに白い手袋までついている。他の(おそらく)に比べて肌を出す面積が比較的少ない。角襟だけの制服に白衣を羽織っているのは希咲と同じイリカル班だろう。そしてまだ直接接触はしていないシークス班の制服。イリカル班と同じく角襟だけの制服だが、各々好きに改造しているのだろうか。他二班とは違って個性的だ。スラックスではなくショートパンツにしていたり、インナーにニット生地を仕込んでいたり…しかしどの班も共通して襟に六芒星の紋章がついている。あの、一般警察の紋章とは違う歪んだ六芒星。そっと、自分の来ている赤い制服の襟に触れる。指に伝わる固い感触。

 俺は今道さんに導かれて部屋の中心の机についた。先ほどドアのほうで渡されたグラスに液体がなみなみと注がれる。今道さんはその場全員のグラスが満たされたことを確認すると、高らかに宣言した。


「皆、今年の上半期はさぞ忙しかっただろう。だが今日くらいはゆっくりくつろげ!だが喧嘩はするんじゃねぇぞ。俺たちの健闘と、今年加わった5人の新人たちに、乾杯だ!」


「「「うおおおおおおお!!!!!」」」


閉め切られた部屋に雄叫びがこだまする。その声量に驚いてグラスを落としそうになったのは内緒だ。周りが騒がしく宴会を始めたが、俺は静かにグラスの中で頼りなく揺れる液体を見つめた。


「すまない、君も新人だろうか?」


しばらくそうして液面を眺めていると、左隣に座っていた青年に声をかけられた。条件反射で左を向く。そして後悔した。なんだこのきらきらとした雰囲気をまとう硬派なイケメンは。自分と同じ黒髪だというのに輝きが違う気がする。というか圧倒的に場違いではないだろうか、この人。自分とは正反対の存在と話すのはできれば避けたかったが、一度顔を向かい合わせてしまったため質問に答えるしか選択肢が残されていない。というか、彼は今、君も、と言った。つまりはこのイケメンも自分と同じく新人ということだ。


「あ、そうです、けど。」


「やっぱりそうだった!俺も新人なんだ!このテーブルにいるのは幹事のナガレ先輩と新人だけみたいだ。俺は先月ラプサー班に配属されたばっかりなんだ。これからよろしく!あ、俺の名前は理朝タカハルって言うんだ。21歳だよ。理科の理にモーニングの朝ってかいて…」


「お、おぉ。」


会話の勢いがすごい。さっきまでは大人しそうなイケメンだと思っていたが蓋を開ければ大型犬イケメンだった。まだグラスに口をつけていないのに彼の尻から尻尾が生えて、ぶんぶんと左右に激しく揺れる幻覚が見える。彼が前のめりに話すせいで俺と理朝?の距離は急激に狭くなる。ちかいちかい。まごうことなき陽キャだなこいつは。


「あー、ステイ。えっと、理朝さん、だっけ。」


「タカハルでいいよ!君の名前は?」


「も…本山イシズ、です。」


「イシズって言うんだな、よろしく!これで俺たちもう友達だな!」


…なんか友達になってしまった。いや、友好を深めるのはいいことだけど。二十歳を超えてから「友達」なんて言葉を聞くとは思っていなかった。どうせ陰キャだから。


「というか、さっきいっしーが来る前にほかの新人3人と話したんだけど、皆なんかピリピリしててさ。ようやくまともに話せる人が来てくれたって思って今テンション上がってて、」


「ア、ソウナンダ。ヨカッタネ(?)」


理朝…タカハルは一息でそこまで言い切って、勢いよくグラスを煽った。さっき注がれるときに見た瓶のラベルを思い出す。一般的なアルコール飲料、リークルだったが、結構度数が高かったはずだ。急性アルコール中毒で搬送されないか心配になってきた。タカハルが酒の味を雑に味わう隣で、俺は他の新人の様子を探った。自分たち以外の新人三人のうち、二人は男性だった。テーブルの端のほうで腕相撲に興じている。子供か。そばに置かれたグラスはとっくに中身を失っており、おそらく二人とも盛大に酔っているのだろう。見たところ二人とも20代後半だろうか。自分と違う年齢の人物が新人だというのは新鮮だ。そういやタカハルは21歳だと言っていた。…同い年じゃないか。意外な共通点に一人驚く。左を再び見ると、今道さんから新しい瓶を受け取ってリークルを注ぎなおしている様子が見えた。顔色に変化はなく、いわゆる"ザル"と呼ばれる属性の人間らしい。再び一気に飲み干し、幸せそうに笑っている。こんないかにも人畜無害そうな人間でも、異特に来ることがあるんだなぁ。彼は被害者か犯罪者どちらなのだろうか。多分被害者な気がする。出会って数分しか経っていないが彼に犯罪はできなさそうだ。俺が見つめていることに気づいたタカハルは興味を酒から俺へ移したようで、俺の背中をつついて遊び始めた。


「あの二人は被害者らしいよ。俺の数か月前に二人同時に配属されたらしいんだ。そこまでしか聞き出せなかったからまだどんな人かはわからないなぁ。それとさ、さっきから一人で手帳いじってる子も被害者らしいよ。こっちは会話拒否されたからそれくらいしか知らないんだよな。」


「会話拒否…」


「うん。まぁ俺も女の子にしつこく話しかけたのは良くなかったかなって思って反省なう。あ、なうって古いか。」


「…まぁ、なんか怖そうな雰囲気漂ってるね、彼女。」


「同じラプサー班だって言ってたから仲良くなろうと思ったのになぁ。残念。そのうち仲良くなると思うけど。」


「…ふぅん。」


俺はそれなりに相槌を打ちながら手持ち無沙汰にグラスを揺らした。せっかくもらった酒だが、残念ながら俺は酒が苦手だ。とくにリークルは。だから物欲しそうにこちらを見つめるタカハルにあげた。まぁ、なんか、友達らしいし。友好の印に好感度を上げておいて損はない。しかしこれで何杯目だ?


「怖そうってのはちょっとわかるかも。俺もあの子は話しかけづらいなって。」


「そのコミュ力で…?」


「ちょっと、全部聞こえてるんだけど。」


「ひぃっ!」


慌てて声のした方に振り向く。斜め右。先ほどまで手帳を眺めていた少女がこちらをにらんでいた。肩までのボブヘアが柔らかく揺れる。そんな穏やかな髪の動きとは裏腹に表情は嫌悪一色だった。美少女のキレ顔こわい。ミハル先輩も怒ったら怖かったな。ボブヘアの少女は勢いよく立ち上がり、テーブル越しにこちらの顔をのぞき込んできた。制服のスカートからのぞく見える白い膝がより幼さを感じさせる。ガーネットの瞳が何かを真剣に観察し、満足したのか彼女は姿勢を戻した。今俺とタカハルは仁王立ちの少女に説教をされているような構図になっている。


「ごめん、思ってたこと言っただけなんだ。」


「ちょ、た、タカハルさん!?」


「…へぇ、そうなの。」


今のはどう考えても悪手です。事態を悪化させないでくださいイケメン大型犬。目の前の少女の眉間の皺がより深くなる。こんな初日から喧嘩なんてしたくない。俺はどうにかして彼女の怒りを収める方法を脳内で真剣に模索した。しかしどうやら手遅れだったらしい。彼女は俺たちに向かって大きく口を開いた。


「あのねぇ、初対面の人間に対して……!」


ビーッ ビーッ ビーッ


しかし彼女が発した言葉は急に鳴ったサイレンの音にかき消された。騒がしかった室内が一気に静まり返る。ただならない雰囲気を感じ取ったのか、ボブヘアの少女はぽかんと開いたままの口を大人しく閉じた。およそ10秒。サイレンが鳴り響く。


『未確認アノマの報告を受けた。ラプサー班第三小隊、第四小隊は直ちに各隊隊長の指示に従って現場に移動を始めて。他班は一時待機。緊急連絡が再び本部に入ったらガイドラインに沿った行動を各自判断で開始して。準備出来次第、目標地点に行動開始。繰り返す。』


サイレンの後の放送は2回繰り返された。放送の声はおそらくミヤコさんだろう。俺はどうしたらいいか分からずタカハルの服の裾を指先で掴んだ。どうやらほかの面々はこういったことにすでに慣れているようで、こんな突発的な事件発生にも動じている様子はなかった。やがて放送が終わり、今道さんが静かに立ち上がり、全員に呼び掛けた。


「どうやら俺達にはちょっとの休暇もありゃしないらしいな…全班、全隊、持ち場に着け!第三小隊、第四小隊は一度エントランスホールに集合して作戦と今回対応するアノマについての情報共有を行う!各員行動開始!」


第三小隊が招集を受けているということだけを理解した俺はタカハルとボブヘアの少女に続いて談話室を後にした。

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