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第三小隊、配属。

 希咲と共に資料室を後にする。今度はおいていかれそうにならなかった。きっとゆっくり歩いてくれたのだろう。言動は冷たさを感じるが悪い人ではないのだろう。


「さて、キサラのことだからあなたはラプサー班に入ることになるんじゃないかしら。よかったじゃない、一番暇な班で。」


「え、ラプサー班って、たしか、」


「特攻班。大丈夫よ、最初は危なくないし、忙しくもないし、優秀な上司ばっかりだから。同期とかは知らないけど。そもそも異特ってアノマを知ってしまった人だけじゃなくて、表でやらかしちゃった人も配属されるのよね。変わった人が多いというか、変わった人しかいない事は心に留めておくことをお勧めしておくわ。」


「えぇ…」


大丈夫、人殺しとかはいないから。と肩をたたかれる。励ましになってませんよそれ。希咲はこの施設について詳しいらしく、なんの滞りもないまま施設案内が終了した。それにしても広い。食堂も寮も備え付けの本部と言うと聞こえはいいが、実際のところ職場に住んでいるのと同じだ。ちなみに俺が今まで住んでいたマンションは無事解約されたらしい。持ち物は先に寮に到着しているそうだ。まったくもって手際がいいが自分の部屋を物色されたと思うとすこし恥ずかしかった。


「お、終わったか。すまないな希咲。」


「あなたに頼んでもどうせまともな説明すらしないんでしょ?だったら私がやったほうがいいわ。」


「さすが希咲だ。私のことをよく知っているな。」   


希咲に連れられて最初に自分が入ってきたエントランスに行くと紫月が制服の上着を脱いだ比較的ラフな格好で壁に寄りかかっていた。気のせいだろうか、彼女の周りにはだれも近寄ろうとしない。半径数メートルだけ、見えない境界線でもあるみたいだ。が、当の本人はにこにこと柔らかい笑みを浮かべている。


「はい、これで私の仕事は終わり。後はラプサー班のやつらで好きにどうぞ。」


「感謝する。彼はもちろん、今日から私と同じラプサー班に所属してもらう。さあ、次は私の仲間たちに会いに行こう!」


紫月は満面の笑みで俺の所属する班を告げた。希咲の予想の通りだ。紫月は希咲といる時だけ少し声のテンションが上がっているように感じる。車の中で話したときの堅苦しさは消え去っていた。こうしていると普通のかわいらしい女性である。変わらず常にサーベルを携えていることを除けば、だが。紫月はいそいそとちかくの椅子に掛けてあった上着を着こみ、俺についてくるように言った。紫月について数歩歩いてから、後ろを振り返った。希咲が小さく、俺たちに向かって手を振っていた。こちらも小さく振り返してから『特攻班』と記されたドアの中に足を踏み入れた。


「君はこれからラプサー班の隊員として仕事をしてもらう。ラプサー班は全部で5つの隊に分かれていてだな、数字が小さければ小さいほど強い。その分出動回数も減るが、もちろん危なくもなるぞ。」


「そうですか…え、死ぬことってありますか?」


「…めったにないぞ、下の方の隊では。」


「あるんですね。」


「…」


紫月は気まずそうに視線をそらした。そりゃ化け物と対峙する仕事なら死者が出るに決まっている。が、なんとも無遠慮な質問をしてしまった。もちろん死ぬのは怖い。でもいまさら死がなんだというのだ。表の人は皆自分のことを忘れている。もとから存在しないいのちならいっそのこと、全力で死に急いでやろう。でもなるべくいたくなかったらいいな。あとグロさも控えめでお願いしたい。紫月はだまりこんでしまった俺を横目で確認してから、こほん。と咳ばらいをした。


「…君が所属することになる隊は第三小隊だ。丁度中間にあたるな。」


あ、逃げたな。


「第三小隊は人間性が優秀な人が多い。これから君に会ってもらう隊長は私が一番尊敬している人物だ。優しくてお茶目でかわいらしいけど、あくまで上司だから礼儀正しく頼むぞ。」


「あ、はい。わかりました。」


お茶目でかわいらしい…?脳内の隊長像が大きくぐにゃりと形を変える。想像していた威厳のある人影が弱弱しくなってしまった。 エントランスのドアからつながる長い廊下を渡り、さらに一枚のドアを超えてようやく別棟にたどりついた。なんだか病院みたいだ。妙に清潔感のある室内と複雑な通路=病院。しっくりくるのはきっと自分だけじゃないはずだ。この別棟も先ほどの室内と同じように一本の太い廊下からいくつもの部屋に分かれているようだ。ただ先ほどまでと違ってたまーに血痕が残っていたり、壁に武器が立てかけてあったりとどことなく狂気を感じる。紫月の軽い説明を聞きながら廊下を歩き進めた。本当に軽い。「ここは医務室だ。」、「ここは保管庫だ。」、「ここが大浴場だ。」という、本当に最低限の説明しかしてくれない。これは希咲の言う通り彼女に案内してもらわなくてよかったかもしれない。それと分かったことがもう一つ。紫月は第三小隊の副隊長らしい。ちゃんと偉い人だった。すれ違う人がみんな敬礼をしながら「副隊長!」と声を掛けている。そういやラプサー班の人たちは紫月を避けないようだ。…話しかけに来た人々の足が震えてるのは見なかったことにしよう。


「あの、そういえば、隊長さんのお名前をお伺いしてもいいですか?事前に知っておいた方がいいかなと。」


「ん、ああ。そうだな。名前は尾ノ払ミヤコだ。年齢は27だったはず。あの人のことだからサバを読んでいる可能性もあるけどな。」


「はぁ…」


今まで想像していた脳内の隊長がさらによくわからない人になってしまった。ミヤコ、という名前から察するに女性なのだろうか。それにしても今時○○コなんて名前珍しい。そんな名前は令和後期ごろにとっくにすたれてしまったものだと思っていた。というか教科書でしか見たことがなかった。 やがて一つの重々しい扉の前で立ち止まる。札には『第三小隊隊長室』と書かれている。ごくり、と喉が鳴った。ここに例の人物がいるらしい。すみません、ペットボトルの水、一本ください。多分声が出ません。そんなことを考えている俺の背を紫月が軽くたたく。


「大丈夫だ、緊張しなくていい。ミヤコさんは気さくな人だ。むしろ所属が第三小隊でよかったな。少なくとも、まともに会話ができるぞ。」


余計に不安を煽らないでくださいませんか。ねぇ。

紫月は軽くノックの音を響かせた。そして、ゆっくりと扉を開ける。


「失礼。紫月だ。ミヤコさん、新入りを連れてきました。」


部屋の中は薄暗かった。目をしぱしぱさせて光量に慣れさせる。物は少ない。校長室に既視感を覚える配置で机やソファーが置かれていた。そして部屋の一番奥、新聞紙で全面を隠された窓の前に、一人の人物がこちらに背を向けて立っていた。腰まで伸びた長い赤毛。くせ毛なのかくるくると外側に向かって存在を激しく主張している。背は結構高く、背中しか見えていないのにも関わらず強者の風格を感じた。紫月の声に反応したその人物はゆっくりと振り返り……


「おっ、いらっしゃーい。待ってたよ。」


耳障りの言いテノールが響いた。


「いやー、災難だったね。記憶消せないから裏の住人になってね、って。まったく、シークス班は何をしてるんだろうね。あぁ、初めまして。オレは尾ノ払ミヤコ。ラプサー班第三小隊隊長だ。ミヤコさんって呼んでくれてかまわないよ。」


差し出された手は肌色が一切ない。比喩じゃない。隊長は全身余すことなく何かしらに覆われていた。手は白い手袋、首元は制服の詰襟、耳はかっちりとしたヘッドフォン、そして顔は仮面で覆われていた。仮面に口はなく、目の部分は広い範囲が黒で塗りつぶされており、まるで宇宙人のようだ。得体のしれない存在を目の当たりにしてしまった。話し方が気さくなのがまた別の違和感を作っている。


「…」


「うーん、怖がってる?キサラ、これってこわがってるのかい?」


「本山、返事をしてあげてくれ…」


俺が困惑で固まっている間も隊長、もといミヤコさんの演説は続いた。曰く、アノマの影響で光を受け付けない体になってしまったのだと。曰く、自分は怖くないただの変な格好をした人間なのだと。そして紫月はまじめに自身の安全性を主張するミヤコさんのフォローを行った。


「アノマの影響でちょっとでも光に当たったら酸化しちゃう体質なんだよ。肌一ミリも出してないけど人間だから、こわくなーい、こわくなーい。」


「本山、ミヤコさんはすごい人なんだ!自分自身に課せられたペナルティをかるがる超えて、どんな任務も完璧にこなしてしまうんだ!」


完全に停止した俺の周りをぐるぐるちょこまかと動き回りながら解説をする二人に向かって俺が思考がまとまらない脳から唯一絞り出せた言葉は、


「…男性、なんですね。」


だけだった。


「あぁ、女性だとおもっていたのかい?たしかに名前のせいで間違えられることはよくあるよ。でも覚えといてね、オレの名前は都市って意味のミヤコ。」


「は…はぁ………」


そうですか。間違えてすみません。 ミヤコさんは始終落ち着いていて、見た目を除けば学校の先生のようだ。見た目を除けば。だが紫月の話を聞く限り本当にすごい人なのだろう。たしかに顔を見る前まではその背中から溢れんばかりのオーラが見えた気がする。後は声がいい。普通に声優にでもなれるんじゃないだろうか。


「よし、無事に反応ももらえたことだし、第三小隊についての説明をしようか。今日はきっと説明ばかりで退屈だと思うけど我慢しよう。実践なんてこれら死ぬほどあるからね。」


「…」


程なくして紫月が椅子とホワイトボードを運んできた。両肩を彼女に抑えられ、大人しく席に着く。まったくもってこの数日はすべての理解が追い付かない。持ってきたものを手際よく配置し終えると、紫月は俺の視界の左側へと下がった。邪魔にならないように避けてくれているらしい。


「そこまで難しい話はしないよ。その辺は別の人に頼んでおいたからね。」


紫月が持ってきたホワイトボードの一番上にはでかでかと大きな字で『ラプサー班のおしごと!』と書かれていた。ミヤコさんは一本の棒(よく教授とかが使ってる先に赤い印がついているもの)をどこからともなく取り出して、ボードの面を叩いた。カツン、カツン、と軽やかな音が二回。


「ラプサー班の仕事は二つだけ。脱走したアノマをもう一度捕まえることと、新たに発見されたアノマを捕獲すること。全ての班の中で、この班がアノマに一番近くまで接近する必要がある。」


俺は死んだ目でホワイトボードを見つめた。ミヤコさんが棒で指した図は何を描いてあるものなのだろうか。?が記された丸をなにやら細長いもので叩いているヒトデ…おそらくアノマと異特の人物なのだろうが、あまりにも絵心がない。俺の左側で待機していた紫月が自慢げに胸を張って「あの図は私が描いたんだ。」と自白してくれた。お前かい。


「はい。授業は以上。おつかれさまー。」


「え、みじか…」


説明は2分もなかった。希咲がラプサー班は暇だと言っていたが、ほんとうに仕事はその二つしかないらしい。目だけでなんどかミヤコさんに確認を取ったが、笑顔で(実際は表情なんて分からないけれど)頷かれた。


「色々気になることがあると思うけど、さっきも言ったように、明日に予定してるレクリエーションでアステラにでも質問したらいいと思うよ。」


「アステラ…?」


また新しい人が出てきてしまった。お願いだからこれ以上情報量を増やさないでほしい。俺が足りない脳みそを必死にひねって今日の出来事を覚えようとしているのを他所に、紫月がこれまた誇らしげな表情でカラカラとホワイトボードを引いて部屋の中の扉の先へ消えた。これで今、俺は得体のしれない人物と二人っきりだ。ちがう意味でドキドキがとまらない。ぶっちゃけよう。気まずい。


「アステラはシークス班の代表だよ。アノマについて、彼以上に知識を極めてる人はないんじゃないかな。」


「そう、なんですか。」


ミヤコさんは手に持っていた棒をやさしく机の上に置いて、俺に近づいてきた。コツ、コツ、コツ。静かな部屋に彼のブーツのヒールが地面をたたく音だけが広がった。二人の距離はおよそ2m。先ほどまでそれなりに距離が離れていたこともあり、近くでその姿を見るとよりいっそう威圧感を感じた。思っていたよりもしっかりした体つきをしているようで、顔を見るには首を少し上にあげなければいけない。


「んー、まだオレが怖い?」


「……」


怖くない、とは言えなかった。自分の理解を超えた出来事に囲まれたせいだろうか、しばらくは何も信じられる気がしない。思わず足が数歩後ろに下がって、逃げ出したい、と自我を出した。そんな俺を目の前の彼はじっ、と見つめ、ふぅ。と息を吐いてからゆっくりとした動作で胸の前で腕を組んだ。


「仕方ないよね。慣れるまでは近づかなくてもかまわないよ。ただしオレの指示が聞こえる範囲で行動してくれると助かるかな。よろしくね、イシズ。」


数分前と同じように、真っ白な手袋で覆われた大きな手が再び差し出された。が、今度は震える心を落ち着かせて、そっと自分の手を同じように伸ばした。数秒の握手。ほんのすこし触れただけでわかる手のひらの厚みと固さ。自分の知らないせかいで、この人はこの人なりの努力をしてきたのだろう。そして俺は今、全く新しい空間でいきなり適合することを求められている。信頼する相手は選ぶべきだが、少なくとも今は周りの言う通りにしていた方が安全だろう。初めて警察官として仕事を始めたときのことを思い出しながら、俺はこの先に待ち受ける日常をぼんやりと思い浮かべていた。

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