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昇進、という名の。



 ……ずいぶんと久しぶりにこんな長時間の睡眠をとった気がする。目の前の時計が示す現在時刻は昼の1時。カチ、カチと鳴き続ける秒針と無駄にすっきりしている頭が無性にうらめしい。

 ここは署長室。俺がここに来るのは2回目だ。新人として配属された初日と、今日。今。

 俺はポニーテールの女に手刀で意識を飛ばされ、気絶した。んだと思う。そして目が覚めたら署長室の椅子にロープで縛りつけられていた。本当に短時間でいろんなことが起こりすぎて俺の軽くて隙間だらけの脳じゃついていけない。昨日のアレは何だったのか、どうして俺は縛られているのか、

…ミハル先輩は無事なのか。

 今のうちに情報を整理しておこう。

 昨日の帰り道、距離をショートカットするために裏道を通ってコンビニに行くことにした。先輩のスマホで暗い道を照らしながら道の半分ほどまで歩いたところで、不快な音とともにあのヌメヌメした化け物に遭遇。俺、先輩の順に道を戻って表通りに走り出したが、スマホが落ちた音を聞いて俺が振り返ったとき、そこに先輩の姿はなかった。俺はその後化け物に捕まり、動けなくなった俺を謎のポニーテールの女が解放。そして気絶させられ、今に至る。

…だめだ。わからないことが多すぎる。そのうえ俺は現在進行形で囚われの身だ。あぁ、俺が一体何をしたって言うんだ。

 今日もまたどこかでサイレンの音と爆発音、銃声がひっきりなしに聞こえてくる。もしかしたら自分たちが知らなかっただけで、あの音の大半が昨日の化け物の仕業なのかもしれない。おもわずぞっとした。自分は知らなかったとはいえ、原因不明の書類を何枚もそれらしい理由に書き換えてきた。同じ部署のやつらだってそうだ。その原因不明の原因が、あの化け物の類だったら、もしかしたら、自分は知らず知らずのうちに人々を最低な方法でだましていたのかもしれない。

冷や汗が額を伝う。俺は、粛清されるのか…?知ってはいけないことを知ってしまったのか…?

 秒針の音が静かに響く。チクタク、チクタク、チクタク。

 しばらくして署長が重い扉を開けて署長室に入ってきた。右腕には深い赤と黒の布を抱えている。彼は縛られている俺の目の前の机の上にその布を置き、彼自身は備え付けられた高級そうな椅子に座り腕を組む。しばらく無言が続き、およそ数分後。署長はゆっくりと口を開いた。

「えー。本山イシズ。君は今日から異特に昇格することになった。おめでとう。」

その一言とともに差し出された布は、よく見ると昨日ポニーテールの女が身につ行けていたものと同じコートだった。ご丁寧に帽子まで添えられている。昇格…異特?聞きなれない単語だったがそんな部署は存在していただろうか?

「異…特……?何ですか、それ。俺はクビになったわけじゃないんですよね…?あっ、あと、先輩は、ミハル先輩はどうなってしまったんですか!?」

「落ち着きなさい。本山君。」

俺が身じろぐたびに古いパイプ椅子ががたがたと叫んだ。それを署長がしずかに宥める。彼は組んでいた腕を机の上に優しく重ねた。

「すまないが、私も詳しくは知らない。だが暴れずに、安心してほしい。私の代わりにそのことについて話してくれる人物がここに来てくれている。」

入ってください、という署長の一言の後、コンコンという扉をノックする軽い音がし、床を軽く擦りながら扉が外の空気を室内に招待する。扉は後ろにあったため、縛られて身動きの取れない俺はそれが誰だか分らなかったが、固いハイヒールの音が耳に入った。コツコツコツ。俺はかろうじて動く頭を音のする右に動かした。視界に写る艶やかな黒。白いリボンでまとめられたポニーテール。

「異特からきました。今回の引き渡しを担当します。紫月キサラです。」

昨日のポニーテールの女が、署長のついている机の隣で立ち止まりキビキビとした動きで敬礼をした。まっすぐな二対のアメジストが俺をじっと見つめる。昨日は暗くてよく見えなかったが、彼女はかなり整っている顔をしている。彼女…紫月は敬礼をやめ、署長となにかを小声で話した後、署長を部屋から退出させた。部屋には二人だけ。彼女は俺を縛っていたロープをほどいて服を手渡した。差し出されたそれを思わずそのまま受け取ってしまったが、普通の布ではないのか、かなりの重量を感じた。少しひんやりしている。長時間座っていたせいで全身が痛みを感じたものの、この緊張した雰囲気のなかで背筋を伸ばすのははばかられた。ただ、俺は俺を見つめる彼女を見つめ返した。こほん、と咳払いをした紫月は苦い顔をして、俺に楽にするように指示を出した。こんな異常な状況で楽にできるかっつーの。

「まず、君が今一番心配に思っているだろう、平田ミハルについて話しておこう。」

先輩の名前を聞いた俺は勢いよく立ち上がった。バランスを崩し、転倒する。紫月が差し出した手を借りてゆっくりと立ち上る。俺は再びパイプ椅子に座らせられ、紫月は署長の椅子に座る。勝手に座っていいのかと心配になったが、先ほど署長が彼女の入出許可を出したとき敬語だったことを思い出し、彼女のほうが上の存在なのではという結論を頭の中で出した。

「君と平田は昨日、我々が異常性物と読んでいる類のものと接触した。君は、はっきりと覚えていることだろう。」

君は、というところに引っかかりを感じた。が、だからといって現状が変わることはないだろうからただ頷いた。紫月は変わらず顔をしかめており、左手で机の上のインク瓶を転がしている。

「安心してほしい。彼女は昨日の出来事をすべて忘れている。恐怖を味わったこともすべて。彼女は今、ほかの人たちと同じように日常を過ごしているだろう。」

「忘れ…先輩が忘れているのに、どうして俺は忘れていないんですか…?」

「…ここで話すのは難しいかもしれないな。外に車を用意しているから、君が今後所属することになる異特の本部に移動しよう。なにか必要なものや、話しておきたいことがあるなら何をしてもかまわない。ただし私に許可を取ってほしい。それだけだ。すまない。」

紫月は思っていたより表情が豊かなのかもしれない。彼女はほんとうに申し訳ない顔で俺にしっかり90度のお辞儀をした。俺はどうしたらいいのかわからなかったが、職場が変わるということはあの大量の書類を裁く必要はもうないのだろう。と思い、必要なものも、話しておきたいこともない。と彼女に伝えた。

 およそ1年、仕事をして過ごした建物の中を、静かに歩く。ロッカー、食堂、同僚や先輩と働いた書類整理室。一年間の出来事が順番に頭の中によぎった。俺は多々立ち止まったが、紫月は俺をとがめることはなく、ただ静かに、隣に立っていた。やがてエントランスにたどり着き、最後にもう一度だけ後ろを、警察署のなかを振り返った。一瞬、視界の端に長い茶髪が映った。

------声を掛けたかった。駆けつけて、またあの鈴を転がしたようなやさしい声を聴きたかった。………全部、伝えておけばよかった。

俺の肩を、紫月が軽くたたく。俺は紫月とともに、警察署を後にした。




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