第1節 ― 目覚めた世界 ―
まぶしい。
それが、霧雨朔也が最初に感じたものだった。
閉じたまぶたの向こう側から、これまで知らなかったほど柔らかく、けれど鋭い光が差し込んでくる。
ひどく静かで、風の音も鳥の声もしない。
――ここはどこ?
朔也はゆっくりと瞳を開いた。
見知らぬ青空が広がっていた。
雲は細くちぎれ、どこまでも高い。
室町の山里で見ていた空とは明らかに違う。色が澄みすぎていて、空気まで透明に感じた。
身体を起こすと、布団でも藁でもない、ふかふかした柔らかいものが背中を押し返してきた。
朔也は驚いて跳ね起き、周囲を見回す。
そこは、白い壁と光沢のある床に囲まれた、小さな部屋だった。
木造でも土間でもない。見たこともない素材でできた四角い部屋だ。
「……ここ、どこ……?」
声が震えた。
自分が知る世界ではないことが直感で分かった。
父も母もいない。
あの夜の叫び声も、血の匂いも、酒呑童子の咆哮もない。
代わりにあるのは、静寂――
あまりにも静かで、胸の奥がざわつく。
朔也はふと、自分の胸元に手を当てた。
そこには父と母が作ってくれた首飾りがしっかりと残っていた。
幼い頃から肌身離さず持っていた、大切な守り。
失われていなかったことに、胸の奥がじんわり温かくなる。
「……おとう…さ……おかあ…さ……」
呼んでも返事はない。
涙がこぼれそうになったが、それより先に“異変”が朔也を包んだ。
――カツッ……カツッ……
どこからか奇妙な音が近づいてくる。
火打石と打金のような、けれど鉄の匂いもしない。
それはやがて、部屋の扉の向こうで止まった。
カチリ――
金属のような音。
朔也はびくりと肩を震わせ、無意識に身構える。
扉が、ゆっくりと開いた。
そこに立っていたのは、
鎧でも着物でもない、奇妙な衣を身にまとう女性だった。
髪は整えられ、手には薄い板のようなものを持っている。
まるで別の国の人間を見ているかのように、異質な姿。
けれど、その瞳は驚くほど優しかった。
女性は朔也を見るなり、息をのんだ。
「あら……目が覚めた?大丈夫?」
ゆっくりと近づこうとする動きに、朔也は反射的に後ずさる。
「来ないで……!」
朔也がそう言うと女性は立ち止まり、無理に近づこうとはしなかった。
ただ、困ったように眉を寄せる。
「ごめんなさいね。
私の名前は早永香織。
怖がらせるつもりはないの。
あなた、ずっと倒れていたのよ。
ここは安全だから、安心して」
何を言っているのか、朔也には半分も分からない。
けれど、不思議なことに――彼女からは危険な気配がしなかった。
酒呑童子のような圧も、殺意も、妖気もない。
ただ、温かい人間の匂いがした。
朔也は唇を震わせ、か細く問いかけた。
「……ここは……」
「病院よ。あなたはこの近くの公園で倒れていたの。放っておけなくて、ここに連れてきたのよ」
びょう……いん?
聞き慣れない言葉に混乱しながら、朔也は胸の奥にひとつの確信を抱く。
――自分は、知らない時代に来てしまった。
父と母を亡くしたあの瞬間。
光に包まれ、気づけばここにいた。
何のために?
どうして?
答えはまだ、どこにもない。
ただ、朔也の小さな胸の中には、ひとつだけ強い願いが残っていた。




