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[長編版]三度裏切られたので堪忍袋の緒が切れました  作者: 蒼黒せい


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第5話

(うぅ…今日もダメだったわ)


 あれから二月後。

 ユーニスは重い足を引きずりながら職業斡旋所を後にしていた。


 酒場を出てからすぐその足で職業斡旋所に出向き、働ける場所を探した。

 しかし、なかなか見つからない。


 その原因は、ユーニスが身分を明かさないせいだ。

 もうドミニクと離縁したため、結婚前であるシン伯爵家の令嬢という立ち位置に戻る。今は、ユーニス・シン伯爵令嬢なのだ。


 働き口の一つには貴族の子女の家庭教師がある。

 仮にも伯爵令嬢であり、侯爵家の次男とはいえ女主人も務めたのだ。できると思っていたけど、問題として立ちはだかったのがまさかの身元証明。


(どうしよう…身元を明かせば、お父様にバレてしまうわ…!)


 貴族の子女に教えるのだから身元確認は当然求められるのに、それをすっかり失念していた。

 身元を明かせば、離縁したことが分かってしまう。確実にシン伯爵はユーニスを家に連れ戻すにちがいない。居場所もバレてしまうし、何としても避けたい。


 身元を問わない働き口もあるのだが、そこでも振る舞いが仇となった。


 明らかに平民には見えないユーニスの振る舞いに、斡旋先が貴族だと察してしまうのだ。

 にもかかわらず、身元をはっきりさせないせいで、何らかの事情を抱えた厄介者だと思われてしまう。事実その通りなのだけど、お貴族様の厄介ごとに関わりたくないと、ここでも弾かれてしまったのだ。


 働く当てがない。まさかの事態に焦りばかりが募り、変なことすら考え始めてしまう。


(それとも、ドミニク様に復縁してもらう?……ダメ、ダメよ!もう無理だわ!)


 一瞬思い浮かんだ最悪の案に、かぶりを振って否定した。

 しかし、一度彼の顔を思い浮かべてしまったら、あの辛かった日々まで連鎖的によみがえってくる。


 ユーニスは、ドミニクの婚外子を抱いた女性が初めて訪れた時を思いだしていた。



 ***



 それは、屋敷の中で次の茶会に参加する招待状を選んでいたときだ。あまり社交が得意ではないし、立場上それほどつながりも求められない。知り合いの茶会だけに絞ろう招待状を眺めていた。

 すると、ふと門付近が騒がしくなっているのに気付く。


「何かしら?」

「確認してきます」

「頼んだわ」


 侍女が確認のために部屋を出ていく。

 窓から外を覗くと、どうも騒いでいるのは女性だ。門付近で門番と言い争っているのが見えた。部屋にまで金切り声が聞こえてくる。


(一体何なのかしら?)


 窓から椅子に戻り、しばらく待っていると廊下の方が騒がしくなってきた。侍女が戻ってきたけど、焦っているのが分かる。

 そして、侍女の報告を聞いてユーニスは驚きのあまり、しばらく開いた口が広がらなかった。


「この子はドミニク様の子です!」


 門に来ているのは赤子を抱いた女性で、彼女はそう叫んだようだ。

 どういうことと思うも、ドミニクはまだ店舗に出ていて屋敷にいない。

 彼に緊急事態として戻ってくるよう遣いを出しながら、ユーニスは妻として女性のもとへ向かった。


 不安と動悸からいつしか足は早くなり、侍女がついてこれなくなっているのに気付いていない。


(嘘よ。ドミニク様が外で子どもを作っていたなんて。きっと人違い…人違いのはずだわ)


 あの優しい彼が、自分という妻がいるのに外で他の女性と関係を持つはずがない。

 そう思いながらも、やけに響く心音にめまいがしそうになりながらも応接間へと向かった。


 応接間に入ると、赤ちゃんを抱えた女性が座っている。

 若い女性だ。身なりは普通で、貴族には見えない。おそらく平民。

 その腕に抱えている毛布に包まれた赤ちゃんは、見た限り生まれてまだ数日ほどだ。


「あなたが、ドミニク様の奥様?」


 応接間に入ると、その女性側がいきなり話しかけてきた。

 畏れ多くも侯爵家の嫁であるユーニスに対し、あるまじき態度であり、使用人たちの目も厳しくなる。

 だがユーニスは今はそんなことを気にする余裕がなかった。相手の無作法なんかよりも気にすべきは、その腕に抱えている赤ちゃんの父親が誰なのかというその一点のみ。

 早く確認したくて、気が急いてしまう。少し乱れた呼吸も気にせず、ユーニスは女性に応対した。


「ええ、そうよ。あなたは?」

「私はメリンダよ。ドミニク様はどこ?」

「夫はまだ外よ。今連れ戻させているわ。ところで……その子は本当に彼の子なの?」


 信じたくない。そんなはずはないと思いたかった。けれど、女性は口角を上げ、自信満々に言い放つ。その表情が、なんだか勝ち誇っているかのように見えて、つい目つきがきつくなる。


「ええもちろん、ドミニク様と私の子よ。まだ生まれたてだから分からないかもしれないけど」


 確かに子どもは眠って目を閉じているし、髪の毛も産毛程度しか生えていない。見た目だけでは何とも言えなかった。


 しかし、女性のやたらと自信ありげな態度が気になる。

 ユーニスの知り合いにも、子どもを産んだ夫人はいる。彼女たちはそれは生まれた赤ちゃんを愛おしそうに眺めていた。その表情は、まさに母親の顔と言っていい。


 それに比べ、この女性はなんだろう。そこにあるのは母親の顔とは言い切れない、むしろまだ『女』の顔だ。その証拠に、女性はさっきから周りを見渡してばかりで、腕に抱いた子どもを見ていない。平民の家にはない、豪華な調度品の数々に目を奪われているように見える。

 幸い子どもは寝ているから余裕があるのかもしれないけど、どうも気になる。

 それに、そもそも彼女が何の目的でここに来たのかだ。それをまだ明言していないのも腑に落ちない。


 ただでさえ、夫が浮気をしたのかもしれない懸念がある状況で、女性の態度も不審。何を考えていいのか分からなくなってきた。

 ユーニスは応接間にいることをやめ、ドミニクを待つためホールに向かった。あの女性と同じ空間にはいたくなかった。


 しばらく待っていると、彼が屋敷に帰ってきた。

 焦る彼を応接間に通すと、彼は女性を見て息を呑み、誰からも分かるほどに動揺した。


「め、メリンダ…?」

「ああ、ドミニク様!会いたかったわ!ほら、あなたと私の子よ」

「ま、まさか、本当に…?」


 それだけでわかる。

 彼にはその自覚があるだけの行為を、彼女としたんだと。


(そんな……ドミニク様……)


 ユーニスはショックのあまり崩れ落ちた。

 優しくて誠実だと思っていた夫のとんでもない裏切りに、目の前が真っ暗になり、立っていることなどできそうもない。



「すまない!」


 気付いたとき、ユーニスは寝台に寝ていた。ショックのあまり気絶してしまったらしい。

 そして起きると、夫が頭を下げて謝ってきた。


 寝台から身体を起こし、彼が下げた頭のつむじを見ながら、ユーニスは何も言えなかった。


「メリンダとは、その……彼女が、恋人に冷たくされて辛いんだと相談を受けていて。人が恋しいと助けを求められたから……だから、その……1回!たった1回だけなんだ!」


 ドミニクの言い訳を、ユーニスは他人事みたいに聞いていた。

 赤ちゃんがいるということは、ドミニクとメリンダは10か月ほど前に関係を持っている。つまり、よその女を抱いた手で自分も抱かれていたのだ。


 それに気付いた時、ユーニスは鳥肌が立っていた。


(おぞましい…!優しい人だと思っていたのに、この人の優しさは誰彼関係ないのね…)


 助けを求められたら、誰であっても応えるのは素晴らしいと思う。

 けれど、妻がいるのに他の女性を抱くのは、本当に優しさと言えるのか。ただの優柔不断なだけじゃないのか。


 他の女に触れた手で自分にも触れる。それは、彼にとってなんてことのない日常に過ぎないのだろうか。そう邪推すらしてしまう。

 ユーニスはおろかにも全く気付かなかった。夫が他の女性を抱いていても、その変化を感じとることができなかった。そんな自分が情けなく思うし、全く感づかせないほどに日常を送る夫の異常さに恐怖も感じる。


(この人にとって……女性を抱くことも人助けでしかない。だから、何でもない顔していられるのね)


 ドミニクはだんだんと、自分は求められたから仕方ないんだとの言い訳から、ユーニスへの愛を叫ぶだけになっている。

 その声には涙が滲み始めていた。


「ぼくが本当に愛しているのはユーニスだけなんだ!頼む、信じてほしい!」


 ドミニクの下げた頭を、虚ろな目で眺めながらユーニスは考えていた。


(私は…どうしたらいいのかしら?もし、彼を許さなかったら、離縁?そしたら、実家に戻らなくちゃいけない…それは、イヤだわ。そうよ、たった1回だもの。この程度許す器量を見せないと、ダメよね)


 今ここで許さなければ、状況が悪くなるのは自分の方だった。離縁すれば実家に戻ることになり、あの恐ろしい父の下でまた生活しなければならない。出戻りでは、すぐに次の結婚も決まらない。子どもの親を確定させるため、女性側には1年間の待期期間が求められるのだ。

 そんなにも長い期間、父の下にはいたくなかった。それは、自分以外の女性を抱くような男と婚姻するよりも耐えがたい苦痛だ。


 唇をかみしめ、怒りと悲しみをなんとか心の隅に押し込めると、ゆっくりと息を吐く。

 なんとか笑顔を作るけれど、それがどれだけ苦痛を押し込め、泣き出したい衝動を抑え込んだものか。泣き笑いにも似た表情で、ユーニスは夫に向き合う。


「……ええ、分かってるわ、ドミニク様。本当にあなたが愛しているのは、私なんですよね」

「っ!じゃあ!」

「ええ、許すわ」

「ありがとう、ユーニス!」


 許しを得られ、感極まったドミニクが抱き着いた。


「っ!!」


 しかし、自分の身体が彼を拒絶したのを感じた。

 ドクンと心臓が嫌な音を立て、全身の毛が総毛立つ。鳥肌が立ったのが分かったし、とっさに彼を突き飛ばしたい衝動に駆られた。それを押しとどめるのに、奥歯を強くかむ。


 ドミニクはユーニスの変化に気付いていない。ただ、許してくれたユーニスに感謝するばかり。

 彼は全然ユーリスを見ていないのだ。


 それが分かり、許した自分の判断を後悔しかける。


(大丈夫……大丈夫よ、私)


 震える手を必死に抑え、なんとか彼の背に自分の腕を回した。一秒でも早く離れてほしいと思いながら。


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